◆この作品は「水鏡映天」の桐野篝さんのイメージを壊す可能性があります。いやんな方は御回避を(^^;◆

 御影本部ナンバーワンの「対」である桐野斎と如月水木を、ある人物が最初に訪れて半年。
 彼は、再びやってきた。




イっちゃったおじさん再襲!   by(宰相 連改め)みなひ




「斎、自然薯はお好きですか?」
 御影宿舎南館の面会室で、彼は穏やかに微笑んだ。傾げた小首と共に、長い黒髪が流れる。
「はい。自然薯は桐野の父が好きで、よくとろろご飯を作りました」
 彼の前には、はにかんだ表情でトップクラスの「御影」、桐野斎が座っている。
「そう言えばそうでしたね。玄舟は食にこだわりが多くて・・・・。でもよかった。今年はどこも自然薯が豊作です。珍しくはないですが、なかなか質のいいものが届きましたので、今日はここに持って参りました」
 言いながら彼は横の袋を探り、中から何やら取り出した。自然薯である。これは大きい。
「わあ。すごく立派ですね」
「でしょう?これだけのものになると、多様に使えるかと思います。どうぞ」
「ありがとうございます。重いですね。食べ甲斐があります」
 自然薯を手に、桐野斎はにこりと微笑んだ。その笑みを受け、彼は更に慈しむ笑みを浮かべる。
「これは精がつきますからね、『御影』の激務には持ってこいです。どうぞ、滋養を摂ってください」
「御気遣い、本当にありがとうございます」
 彼の言葉に、桐野斎は礼儀正しくお辞儀した。顔を上げて驚く。今まで笑んでいた彼が、心配そうに見つめていた。
「篝さん、どうかされたんですか?」
「斎」
「はい」
「少し、痩せましたね」
 彼の細い指先が、斎の頬に触れた。すぐ両手になる。「御影」である青年の、顔をすっぽり包み込んだ。
「あの者に、酷使されているのではないですか?」
 漆黒の瞳が、斎の黒目がちの双眸を捉えた。心底案じているような表情。斎が苦笑を返す。
「大丈夫です」
「しかし・・・」
「おれ、少し背が伸びたんです。痩せて見えるのは、そのせいだと思います」
 言い淀む彼の手を取り、斎は照れたように笑った。がばり。瞬時に彼は、青年を抱きしめる。
「斎!なんとけなげなっ!なんといじらしい!」
「ええっ、あ、篝さん!」
 いきなりの熱い抱擁に、桐野斎が目を丸くした。その時。
 どっかーん。ガラガラガラッ。
 轟音と共に、面会室の壁が崩れ去った。誰かいる。
「ちょっとあんた!なに人のモン触ってんのよっ!」
 崩れた壁の向こうには、御影ナンバーワンの水鏡、如月水木が仁王立ちしていた。


「まったくジョーダンじゃないわよっ!人の目ェ盗んで、セコいことしないでよね!」
 御影宿舎南館の面会室で、如月水木は逆上していた。彼の前には、「対」の青年と長い黒髪の男がいる。 
「み、水木さん!」
「おや。結界を破れましたか」
 怒れる水木に、彼、桐野篝は冷静だった。壮齢には見えない整った顔を向け、婉然と微笑む。
「あったりまえじゃないのっ!あんなヘナチョコ結界、アタシにかかれば屁でもないわよっ!」
「そのわりには、時間が掛かったようですね」
「お黙りっ!」
 がなる水木に彼は負けていなかった。丁寧語でアタック。慇懃無礼が武器らしい。
「さっさとその手を離しなさいよ!斎は、アタシのものなんだから!」
「斎はものではありません。人権侵害で訴えますよ」
「あんたこそ泥棒じゃないのっ」
「失礼な。言葉の意味を調べてから言ってください。辞書をお貸ししましょうか?」
「き-----------------っ!屁理屈ぬかすんじゃないわよっ!」
 どうやら彼は、対水木用の対策を練ってきたようだ。さすがに前回、売り言葉に買い言葉で乗ってしまった失態を反省したのか?
「全く。ともかくは、その器の狭さをなんとかしませんとね。御影本部のいい恥さらしです」
「なんですってぇ!あんたこそ世捨て人のくせにっ!さっさと山へお帰り!」
「山に帰るのはあなたでは?山猿が迎えてくれますよ」
「もー我慢できないっ!かかってらっしゃい!」
「や、やめてくださいっ!」
 構えをとる水木に、「対」の青年が叫んだ。必死な顔。ふるふると肩が震えている。
「どうか、ケンカしないでください」
 斎の黒目がちの目は既に潤んでいた。水木と彼を交互に見つめて。
「お願いです。篝さんも水木さんも、おれにとっては大切な人です」
「斎っ!なんでアタシがこいつの後なのよ!」
「ええっ、それはその、年功序列で・・・・」
「なるほど。礼儀を重んじるあなたらしいです。この者にはもったいない」
「なんですってぇ!」
 斎の涙の嘆願を以ってしても、二人の争いは鎮火しそうになかった。どうする斎!誰か止めてよっ。
「あのあのっ、どうか・・・・」
「大丈夫です」
 おろおろと半泣きの斎に、彼はにっこりと微笑んだ。すっと、斎の白い頬に手が添えられる。
「篝さん・・・・」 
「心配無用です。斎、私はあなたを悲しませるつもりはありません」
 頬の手はそのままに、彼は斎を覗きこんだ。黒曜石の瞳に、彼の姿が映る。
「あなたがこの者を『対』に選んだのですから、不本意であれそれを認めざるを得ません」
「何よ。すっごく失礼」
 水木が突っ込みを入れる。
「けれども、だからこそあなたがこの者に過度の負担を背負わされないよう、私には監視する義務があります」
「誰が決めたのよ。誰が」
「黙りなさい!」
 くるり。外野の水木に彼は叫んだ。水木はべーとばかりに舌を出す。
「斎は与儀の血を引いています。私には与儀の血を、あの美しい金眼を守る義務があります!」
「あーら金眼保護協会?アタシは斎が金眼でなくてもいいわよー。あれがなかったら、思いっきり斎をやっちゃえるものー」
 桐野篝の主張に、如月水木は答えた。もちろん、大いばりに胸を張って。その時。
 フフン。
 明らかに鼻で笑う音がした。元「御影」で現在護国寺でもかなりな位置にいる桐野篝が、思いっきり不敵に笑っている。
「戯れ言は、ここだけにして頂きたいものですね」
「何よ」
「あなたが斎を、ですか」
「だから何よ」
「お役に立ってこその言葉、ですよ?」
 にこり。ひどく艶やかな顔で、桐野篝は笑った。まとう気が恐ろしい。
「ほーう。おもしろいこと言うのねぇ」
 如月水木も笑った。妖しいほど美しい微笑み。渦巻くオーラが音を立てる。
「んじゃ、あんたが受けてみる〜?って、ジジィヤるほど酔狂じゃないわよ」
「ジジィ?」
 ピシン。目に見えない稲妻が走った。彼は斎の頬から、スッと手を退ける。
「今、『ジジィ』と聞こえましたが?」
「あら。耳は達者なジジィなんだー。『イっちゃったジジィ』に進化ね」
 ばしん。崩れた壁がさらに粉砕した。青白いものが走る。やっぱり攻撃結界だ。斎は蒼白になった。
「水木さん!」
「邪魔すんじゃないわよ」
「篝さん!」
「下がりなさい」
「お願いです。お二人ともっ!」
「「うるさい!」」
 ダブルで怒鳴られ、桐野斎は十メートルほど吹き飛ばされた。御影宿舎南館から、追い出されたのだ。
「やめてください〜」
 斎の必死の声が響く。その声を無視して、戦いの火蓋は切って落とされた。


 御影宿舎の北館の屋上には、大勢の「御影」や「水鏡」たちが集まっていた。
「はいはい〜、いい席まだあるよ〜。あられにおかき、熱いお茶!まんじゅうもあるよ〜」
 男達の間を器用に巡り、売り子しているのは檜垣閃、これでもトップクラスの「水鏡」だ。
「御影宿舎のアイドル、桐野斎を巡って元御影長補佐と現御影宿舎トップの水木が対決!こんな見物はないよ。どっちが勝つかの賭けはもうすぐ〆切っ。お早く参加してね〜」
 にこにこと閃は売り続ける。これは稼ぎ時だ。いいイベントをありがとう。
「お前、どっちに賭けるんだ?」
 男達の中にいた長い黒髪の青年が、自らの相棒に尋ねた。
「もっちろん、水木さんに決まってるだろ?」 
 尋ねられた青年は、栗色でピンピン撥ねてる髪と同色の目を隣に向ける。
「すげぇなー!水木さんの術、間近で見られるんだ」
「ここの席代、払って財布すったくせに」
 黒髪の海瑠(かいる)のつっこみに、焦げ茶髪の流(りゅう)は動じない。
「いいんだよ!水木さんの術だぜ?全財産出しても惜しくないって」
「しかし、お前明日からどうするんだ?」
「え?そりゃ、お前に借りて・・・」
「・・・・・・いいんだな」
 気もそぞろな流の隣で、ぼそりと海瑠は念を押す。流はわかっていない。この相棒に貸しを作ると言うことは、どういう事になるかを。
「流、本当にいいんだな」
「いいって!ほら、始まるぜ!」
 栗色の髪の青年が指さす先に、青白い閃光が走った。ばしん。一撃で御影宿舎南館の屋根に穴が開く。普段斎が破ってつぎはぎだらけだった南館の屋根は、いとも簡単に崩れ落ちた。
 ひらり。すたり。
 瓦礫と粉塵の中から、二つの影が飛び出す。金色の影と黒い影。水木と桐野篝である。
「いっくわよー!」
「お相手します!」
 かけ声と共に二人は飛び上がった。砕破と結界。はたまた空中戦の連続。ありとあらゆる術が繰り広げられる。
 ばしん。びしん。バチバチッ!
 瞬く間に、御影宿舎南館が粉砕されてゆく。被害が他に及ぶことはない。なにしろ水木以外の御影宿舎全部の「水鏡」達が、(必死に)結界はって南館以外を守っているから。
「水木さーん、篝さーん」
 轟音とどろく中に、斎の声が響いた。必死で叫ぶ斎の後ろで、榊剛がなにやら言っている。あ、斎の肩を抱いた。混乱している斎をいいことに、剛の手が肩から腰に動いた。
「お願いですっ、やめてくださーい」
 叫ぶ斎の隣で、剛はすりすりセクハラしている。ほんとはもうちょっとイイ所を触りたいが、暴走されたら事だ。
 御影宿舎の皆が見守る?中、如月水木と桐野篝の戦いは続いた。


「見苦しい建物が消えて、風通しがよくなりましたね」
 真っ赤な夕日が照らす中、桐野篝は穏やかに笑った。場所は瓦礫の山の上、かつての御影宿舎南館である。
「消えてってねぇ、あんたがぶっ壊したんじゃない」
 がしゃりと瓦礫を踏みつけ、如月水木が言った。最新モードの服は破け、所々焼けこげている。
「私だけではないでしょう。あなたも、しっかり破壊してましたよ。もちろん、私には及びませんでしたが」
「なんですって?」
 にやりと不敵に言われて、如月水木はムキになった。冗談じゃない、アタシの方が壊したわよ。
「なーに言ってんのよ。息切れしながら結界張ってたくせに」
「おや、ゼイゼイ言っていたのはそちらでは?」
「あーら耳までイカレちゃったかしら〜?」
「『耳は達者』と、あなたは仰いましたよ?」
「キ-------ッ!口の減らないジジィね!」
「私はジジィではありません!しかし・・・・」
「しかし?」
「いい運動に、なりました」
 ふわりと微笑み、桐野篝は告げた。如月水木は意表をつかれる。何よ。なんなのこの上機嫌な顔。
「宿舎の建設費用は、護国寺で持ちましょう。こちらで手配します」
 素早く印を組みながら、桐野篝は言った。水木は喚く。
「なによっ!いいかっこしちゃって!」
「これですべて許可したわけではないですよ。私は斎を見守り続けます。では」
「なんであんたが許可すんのよ!ちょっとこら!待ちなさいよ!逃げるな-------!」
 水木の叫びを無視して、桐野篝は白煙と共に消えた。転移の術。見事な消えっぷりである。
「ちっくしょう!やり逃げだわ!」
「水木さーん」
「ん?」
「助けてくださいー」
 ふと振り返ると、御影宿舎北館の屋上に斎がいる。斎が剛にのしかかられている。
「冗談じゃ、ないわよ---------!」
 如月水木は高らかに吠えて、北館の屋上へと飛び上がった。

 
 その後。
 御影宿舎の南館は、護国寺御用達の大工達によって建て直された。そして南館から少し離れたところに、水木と斎専用の別館がある。それはこれ以上建築物に被害が及ぶことを恐れた、御影長苦肉の策だった。

おわり