◆この作品は「水鏡映天」の桐野篝さんのイメージを壊す可能性があります。いやんな方は御回避を(^^;◆

 「御影」誇るナンバー1の対、斎と水木が組んで早二ヶ月。
 その日、御影宿舎には、ある人物が訪れることになっていた。




イっちゃったおじさん来襲!   by(宰相 連改め)みなひ




「ちょっとー、何でアタシまで会わなきゃいけないのよ!」
 形のいい唇を尖らせて、如月水木は抗議した。白い肌にピンク系の口紅がよく似合う。所々色の違う髪の毛さえ、彫りの深い顔だちによく合っていた。
「篝(かがり)は斎の対を見極めにくるのじゃ。お前がいなくてどうする」
 苦虫を噛みつぶした顔で、壮年の男が返した。彼は現御影長、飛沫である。
「どーしてそいつが見極めなんてすんのよっ!斎が誰と組もうが、斎の勝手じゃない!そうでしょ、斎っ!」
 くわっとばかりに見つめられ、黒髪黒眼の青年がびくりとした。彼が訪問を受ける中心人物、桐野斎である。
「み、水木さん〜、どうか落ちついてください」
「これで落ち着けって言うの?冗談じゃないわよっ」
 水木はヒステリー状態である。無理もない。今まで自他共に御影ナンバー1を極め、好き放題やってきたのだ。唯一、斎と対になるきっかけの出来事以外は。
「だいたいねぇ、その篝って奴は何者なのよっ!」
「篝はかつてここにおった。名の知れた『水鏡』であり、前の御影長と対を組んでおったのじゃ。決して怪しいものではない」
 飛沫が重々しく告げる。
「篝さんはおれを西亢の牢から出して下さいました。それだけじゃないんです。その後もいろいろと御世話になって・・・・」
「何ですってぇ!身体のお世話じゃないでしょうねっ!」
 必死で説明しようとする斎に、もはや逆上おねェさんと化した水木が叫んだ。今度は嫉妬も入っている。ぐいと相棒の襟首を掴み、ぐらぐらと揺すりまくった。
「どーなのよ。斎!言・い・な・さ・い」
「みみみみずきさんっ。それは誤解です。おれはきっちり、約束守りましたって・・・・」
 半べそをかきながら斎。がくがくと揺れながら言っている。ちなみにその約束とやらを、水木は一部しか覚えていなかった。全部言われたとおりに守ってきた斎とは、雲泥の差と言えよう。
「篝さんは見極めをされたら山に帰られます。別にずっといらっしゃるわけでも、任務を邪魔されるわけでもありませんっ。だから・・・」
「当ったり前でしょう!んなことしたら許さな・・・・・結っ!」
 いきなり水木が防御結界を張った。キッとばかりに、入口のほうを睨む。
「・・・・水木さん?」
「何よ。小賢しいマネしちゃって。出てらっしゃいよっ!」
 窺う斎をまるまる無視して、水木は扉に怒鳴った。沈黙。扉はしんと静まり返っている。
「どーしたのよ。扉が固くて入れないのかしらぁ?何なら、壊してあげてもいいのよ〜」
 剣呑に見つめながら、水木が扉に話しかける。斎はわけがわからずオロオロし、飛沫は心底嫌そうにこめかみを押えた。その時。
「困りましたね」
 落ちついた声と共に、静かに扉が開いた。
「待つこともできませんか」
 扉の向こうには、長い黒髪の男が立っていた。するりと部屋に入ってくる。漆黒の瞳。流れるような身のこなし。憂いのある表情。今日の訪問者、桐野篝だった。
「いらっしゃーい。挨拶は?」
「篝、久しゅう。元気にしておったか」
 水木の問いなどなかったように、飛沫が言う。
「お蔭様で。飛沫様も息災で何よりです」
 同じくまる無視状態で目を閉じ、篝は返した。
「篝さん、お久しぶりです。過日はありがとうごさいました」
 遠慮がちながらも、斎が礼儀正しく挨拶した。篝はそれを受け、にっこりと微笑む。水木の前を素通りして、斎の前に立った。
「少し、痩せたようですね」
 白くしなやかな手が、斎の頬を囲む。水木のこめかみにびきりと怒りマークが浮き上がった。
「あのような者と対を組み、苦労しているのではないですか?」
 心の底から心配しているように、桐野篝は尋ねた。
「いいえ。水木さんはすごい人です。おれの方こそ迷惑掛け通しで・・・・」
 苦笑しながら斎が返す。篝は困ったように眉を寄せた。
「あなたは人がいいですからね。ぞんざいな者に、いいように扱われてないかと心配です」
「ちょっと、そこのおじさんっ」
 張りのある声が響いた。少し高めの。水木の声だった。
 ぴきん。
 その場の空気が一瞬で凍る。斎はどうしようという顔で飛沫を見、飛沫は知らんという表情で横を向いた。
「・・・・・すみませんが・・・・」
 水木など眼中になかったかのように振る舞っていた篝が、ギギギと首を回した。水木の前に進む。茶色の目を見据えながら、ひっそりと訊いた。
「今、『おじさん』と、聞いたような気がするのですが」
「言ったわよ〜。お・じ・さ・んって。悪い?」
 にんまりと挑戦的に水木。ぴきり。篝のこめかみに青筋が立った。
「私には、桐野篝という名前があります」
「ええーっ。おじさんだからおじさんって言ったんじゃなーい。それとも、『イっちゃったおじさん』って呼んじゃおっか?」 
 さも面白そうに、水木が言った。
「イっちゃった?面妖なことを言われるのですね。さすが、面妖な身なりをしているだけあります」
 ブリザード吹き荒れるような笑顔で篝。その場の気が異様に高まった。
「水木さん、篝さんっ。もうやめ・・・」
「「黙ってなさいっ!」」
 危険を回避しようと割って入った斎は、二人のハモりに硬直した。すごすごと尻尾を丸めて引き下がる。びくびくと様子を窺った。
「だいたいねぇ、アンタ何者なのよ。何の権利があって、斎に干渉してくんのよっ」
「彼は私の大切な人です。私の愛する与儀の血を、彼は受け継いでいます。当然の権利です」
「斎はアタシのオトコよっ!!」
 キレそうな勢いで水木が叫ぶ。篝は無表情でそれを聞き、一つため息をついた。くるりと斎を振り返る。
「可哀想に。あなたは経験が浅そうでしたから。ここへやる前、手ほどきをしておけばよかったですね」
「何ですって!」
「斎、世の中にはいいものとそうでないものがあります。それを見分けるには経験と知識。どちらもあなたには足りませんでした」
「アンタ!アタシがよくないって言うの!」
 水木の逆上をよそに、篝は深い哀しみの眼差しを斎に向ける。斎は完全に固まってしまっていた。
「こら、おっさん!こっち向きなさいよっ」
「『おっさん』?『おじさん』ばかりか、そのような失礼なことを」
「アタシはイイんだから。上手いわよ。人気者だったんだからっ」
「私は『おじさん』ではありません。そのような、むさくるしいものになった覚えはないです」
 食い違ったままの言い合いは続く。誰にも止められようがなかった。
「ヤってもない奴が、勝手に決めつけるんじゃないわよっ」
「私が『おじさん』かどうか、知りもしないくせに」
「やるっての!」
「お相手します!」
 噛み合わないはずの言い合いは、思わぬ方向でまとまった。それで双方の結論がでるのか不明であるが、水木も篝も退くつもりはない。
「では、どこでお手合わせしますか?」
「じゃ、アタシの部屋で・・・・」
 そう水木が言いかけた時、凄まじい速さの影が二人の間を通りぬけた。がしりと水木の腰を抱く。ひょいと肩に抱え上げ、扉を砕破して部屋を出た。
『あれ?』
 抱え上げられながら、水木は我に帰った。
『この状況・・・・・もしかして・・・・』
 すごいスピードで廊下を駆け抜けている。角を曲がった。見覚えのある棟に入る。見慣れた部屋に入った。どすんと寝台に放られる。
『やっぱりー!』
 のしりと身体の上に乗ってきたのは、紛れもなく金眼の相棒だった。
「さ、斎っ。アタシが悪かったって・・・・」
 無駄だとは思うが、水木は一応、謝ってみる。
「アイツがどう言ったってさ、アタシ達、『対』なんだし・・・」
 宥めにかかろうとした。がぶり。返事に首筋に牙。ああ、駄目だ。止まらない。
『”お手合わせ”が、まずかったんだろうねぇ・・・』
 今頃そんなことを思ってしまう。だが、後の祭りだ。もう遅い。
『ま、仕方がないか』
 ついに水木は諦めた。既に衣服は破られてるし、気持ちは収まらないままだ。この際、乗ってしまうことにする。
「さい」
 完全に抑え込まれながら呼ぶ。白い肌を噛んでいた金眼が、きろりとこちらを向いた。
「アタシ、ムシャクシャしてるの」
 光を吸い込むそれを、見つめながら水木が言う。
「だから、満足させてよね」
 投げられた言葉に、金眼は一瞬、僅かに開いた。すぐに奇麗に細まる。牙の見える口元が、にやりと弧を描いた。


 水木と斎が去った後の部屋では、篝と飛沫が話していた。
「飛沫様、斎は暴走していたようですが、宜しいのでしょうか」
「構わぬ。斎がどう暴走しようと、止めるのは水木しかおらぬし、一番手取り早い」
「は?」
「あれを止めるのに、水木は術など使わぬ」
「どういうことでしょうか」
「惚れた弱味、ということじゃな」
「・・・・はあ」


終わり