光の中で、あの人と目覚める。
そんなの、叶いようのない夢だと思っていた。
けれど、今・・・・。
光の中〜特訓の翌朝〜 by(宰相 連改め)みなひ
微睡みの中、背中に衝撃を受けた。ゴトン。はずみでベッドから転がり落ちる。したたか、頬骨を床に打ちつけた。
・・・・あれ?
とっさに受け身を取れなかったことを、自嘲しながら考える。なんか、おかしい。
疑問を感じ、この数十秒の経過を思い返した。確かに今、おれは背中を蹴られた。経験が浅いとは言え、おれだって御影のはしくれ。眠っていたとしても、誰か近づけば気配ぐらいわかる。ということは。もともとおれは、誰かと眠っていたのだろうか。
誰だろう。
まだぼんやりしている頭を、ゆっくりと持ち上げた。のそのそと身を起こす。後ろを振り向き、視線をベッドの上へとやった。
・・・うそ。
それを見た瞬間、おれは息を忘れた。あまりにも鮮やかな、絵画みたいな光景だったから。
「う・・・・ん」
遠く思い描くだけだった人が、おれの寝床にいた。
窓いっぱいに差し込む光の中で、水木さんが眠っている。閉じられた瞼。長く金色の睫。白い敷布の上には、睫と同色の髪が広がっていた。
金の波みたいだ。
思わず見とれてしまった。豊かな髪。一本一本、緩やかにカーブを描いている。まるで、海の波だ。
それらが全部、太陽の光を受けて煌めいていた。そして、その下から覗く白い肌。
どうしよう。
わけもなく狼狽えてしまった。目に移るものが、あまりにもきれい過ぎたから。
思い人の肌には、色とりどりの刻印が散らばっていた。昨夜の記憶が甦る。それらはみんな、自分がつけたつけたものだと思いだした。
信じられない。
記憶は確固としているのに、心が信じきれないでいた。濃く淡く色なす刻印。全部、生まれた時からあるもののように、水木さんの肌に馴染んでいたから。
確かめていいだろうか。
思うより先に身体が動いた。立ち上がりベッドへと上がる。古くて粗末なそれが、ぎしりと小さく軋んだ。手を伸ばし、思い人の白い腕をそっと取った。二の腕の裏辺りに、そっと唇をつける。きつく吸い上げようとした時。
「こら」
ぱしんと後頭部をはたかれた。驚いて口を離す。はたいたその人の方を見た。
「いくらアタシがキレイだからって、おイタはダメでしょ?」
眠そうな瞼の中から、悪戯っ子の目が見つめている。緩く弧を描く口元。どきりと鼓動が跳ねた。
「水木さんっ」
どんどん顔に血が上がってゆく。頭は混乱し放題だ。どうすれば、なんて言えば・・・・・・。
「・・・・・すみません」
小さくなって謝るおれに、水木さんの白い手が伸びてきた。額の近くで一旦止まり、ぱんと軽く弾いてゆく。反射的に目を瞑った。
「ばーか」
意地悪そうな笑み。くすくす笑いながら、身を起こそうとしている。顔を少し歪めた。慌てて背中の下に手を入れ、ゆっくりと抱き起こす。水木さんの両手がするりと、首に巻きついた。
「ありがと」
薄茶色の目。透明度の高いそれに、情けなさそうなおれの顔が映っている。なんだか申しわけなくなった。
「あ、いいえっ、その・・・・・申し訳ないです」
しどろもどろに言うと、水木さんは大きく吹き出した。おれの首にしがみつく様にして、肩を震わせている。おれはどうしたらいいかわからなくて、ただ呆然としがみつかれていた。
「・・・・・あの・・・・」
情人の笑いは止まらない。不安になって声を掛けようとした。でも。こんな時、どう言えば。
「あー、もう、なっさけないわねぇ〜!」
笑いと呆れがない混ぜになったような声で、水木さんが言った。おれはうっと息を詰める。首がぐいと引き寄せられた。間近に、夢にまで見た人の顔。
「でも、仕方ないわよね。こうなっちゃったんだから」
悪戯っぽく言う。更に顔が近づき、打ちつけた頬骨がぺろりと舐められた。おれは動揺する。額を汗がどっと流れた。
「忘れないでね」
頬骨から移動した唇が、赤くなってるだろう耳に囁いた。張りのある高めの声。鼓膜を心地よく揺さぶる。
「アンタは、アタシのオトコなんだから」
何でもないことのように、水木さんは告げた。おれはただ、緊張する。やっぱり固まってしまった。
「返事は?」
「えっ」
「返事よー。もう、ちゃんと聞いてよね」
「ごめんなさい」
殆ど習慣で謝っていた。ぱかんとまた、頭を叩かれる。
「これで三度目。アンタって、何言っても謝ってるわねぇ。イヤになんない?」
また謝りかけてやめた。これで四度目。今度こそ、水木さん怒ってしまう。
戦々恐々と窺うおれに、思い人の顔が困ったように歪んだ。ずきりと胸が痛む。水木さん、困ってるんだ。おれがちゃんとしてないから。
「いいわ」
「え?あのっ・・・」
「そういう所、アンタらしいものね。だから、もういい。来て」
ひっそりと囁かれた意味が分からない。どこに行くのだろうか。それとも。
「バカね。こんなキレイな顔が近くにあったら、キスするに決まってるでしょ?」
笑いながら言葉が継がれる。ホッとして顔を近づけた。唇を合わせる。
ああ。水木さんなんだ。
今さらながらに思った。それまでのガチガチだった緊張が、あっという間に溶けていく。心が落ち着きを取り戻し、ゆっくりと唇を離した。
「やっぱり、アンタにはこれが一番効くわね」
くすりと笑いながら、目の前の人が言う。色づいた唇。ほんのりと紅い。不意に、身体の奥がずきんと疼いた。
「・・・・・あ」
それに気付いてしまった。赤面してゆくのがわかる。自分の意志とは関係なく、変化してゆく身体。必死で隠そうとした。
駄目だ。
今、こんなになってしまったら。
でも、どうして。
昨夜、あんなにしてしまったのに。
「元気ね」
不意にそこを包まれた。背中が跳ね上がる。まずい。水木さんに見つかってしまった。
怒られるだろうな。
項垂れて覚悟していたおれに、叱責の言葉はなかった。疑問に思って目を開ける。上目遣いに見た。
「・・・・・水木さん」
「本当、おバカさんねぇ」
泣きそうに見上げるおれに、目の前の人は微笑んでいた。少し呆れたような、優しい顔で。
「自分のオトコが勃ったくらいで、怒るわけないでしょ?けっこう、おいしかったのに」
言われた言葉に驚く。
「おれ・・・」
「よかったわ。合格よ」
何が合格なのかはわからない。でも、これだけはわかる。おれは、この人といていいのだ。これからも。
「で・・・・どうする?」
嬉しさで胸がいっぱいのおれに、水木さんは訊いた。小首を傾げて。誘う瞳で。すぐに気付いた。
「いいんですか?」
戸惑いながらも、訊く。本当は欲しい。でも、この人の身体も大切だから。それに、あんなことの後だし・・・・。
「今さら、よ」
ゆるりとそこを掴まれた。背筋を何かが駆け上がる。理性は簡単に弾けた。
「早朝レッスン、開始ね」
肩を押す。笑みながら水木さんが倒れていった。重みをかけないように伸し掛かる。あとは、流れに任せた。
光の中に、おれはいる。
水木さんと一緒に、確かにいるのだ。
焦がれた人と、焦がれた場所に。
麻薬のような声を聞きながら、おれは水木さんを抱きしめた。
〜おまけ〜
早朝レッスン終了後。
「水木さん」
「ん?何よ」
「あの、先程合格と言われましたが、どういうことなんでしょうか?」
「え?もちろんあっちがイイってことじゃない〜。よかったわね、相性ばっちりでさ」
「あっちって・・・・・まさか、あれですか?」
「当ったり前よ〜。何だと思ってたの?」
「いえ、別に。ちなみに、不合格だとどうなってたんでしょうか」
「へ?そんなの決まってるじゃな〜い。アタシが上やんのよ。大丈夫。アタシ上手いから。試す?」
「・・・・・遠慮します」
「えー、ケチ。斎ってワガママ〜(ちっ、いつかやってやるわよ)」
「・・・・・すみません(なんか、油断したら襲われそうだな)」
終わり