強者達の談話 〜別名:苦労人達の座談会〜 by(宰相 連改め)みなひ 「はぁーっ、やーっと終わったわねぇ」 あるうらうらかな昼下がり、自称御影宿舎ナンバーワンの男、如月水木は伸びをした。所々色とりどりに染められた、蜂蜜色の髪がしゃらりと揺れる。 「そうですね。水木さんお疲れ様でした。どうぞ」 「ありがとー」 彼の「対」である桐野斎が、ことりと香しいお茶を置いた。給仕盆を抱えて、緩やかに笑う。 「とにかくは、よかったです」 「まあね。まったく手間のかかる奴らよねー。おかげでアタシ達まで引っ張り出されちゃってさ」 「上総くん、意地っ張りだから・・・・」 「ま、あの二人はあれでいいとして、問題は外野って感じよね」 「?」 黒目がちの目をぱちくりさせる青年に、如月水木はいたずらっぽく笑った。お茶を一口飲んで、話を続ける。 「今頃飛沫、眉間にこーんな皺作ってるわよ」 「御影長が、ですか?」 「そう。飛沫よ」 湯飲みを片手に、如月水木は頷いた。笑顔全開。何かあるらしい。 「あの渚ってコ、面接すっぽかしちゃったじゃない。それで、特務三課の主任予定者ってのから、御影本部にキョーレツなクレームが来たんだって。それも文書でよ。返答を要求する事項が、箇条書きでズラリって三十個並んでたんですってー」 「三十個、ですか・・・・」 「そう!もうすっごい、やな奴よねー」 話している内容とは裏腹に、如月水木は嬉しそうだった。彼は現役の「水鏡」。事務仕事には関係ない。所詮は他人事だ。レッツ高みの見物。 「それは、大変ですね」 「ま、いーんじゃない?アイツら普段楽してんだから、こーいう時くらい働きゃいいのよ」 「はあ・・・・・」 「はーい、二人ともお疲れっ」 話す二人の真ん中に、ひょいと栗色の頭が現れた。桧垣閃である。彼は面倒見のいいベテラン「水鏡」で、御影宿舎の賭け事一切を取り仕切っている。 「何話してるの?それって、オイシイ話?」 「そうねー、オイシイと言えばオイシイかしら。『他人の不幸は蜜の味』、よね」 「ふむふむ。御影長もタイヘンだよねー、でも水木ちゃんかっこよかったよん。ヘタレなコには愛のビンタ!」 くるりと目玉を回し、檜垣閃はにっこりと笑った。如月水木はフンと鼻を鳴らす。 「閃〜、あんたこき使うんじゃないわよ。あいつあんたの身内でしょ?きっちりしつけなさい」 「身内は流ちゃんだもーん。海瑠くんは弟子。しつけは、バッチリだったよー」 「なに言ってんのよ。あのコぐじぐじしちゃってさ、イライラしたわよ。あのバカもバカだし」 上総流に渚海瑠。彼らは御影宿舎でも腕の立つ中堅だ。といっても、このところ「対」の解散だなんだとすったもんだの問題を起こして、今は御影長の命にて雲隠れしている。 「まあまあ、海瑠くんはいろいろ考え過ぎちゃうからねー。時々蹴り出さないとダメなのよ。流ちゃんもヘンなとこ臆病だからね。いや、水木ちゃんの喝がなけりゃ、ほーんとやばかったよ。感謝感謝」 「おだてても何もでないわよ。というか、ギャラちょうだい」 「えー?いいじゃない。あいつらは互いに面倒見させないと。それとも水木ちゃん、どっちか面倒見てくれる?」 「ジョーダンじゃないわよ。あんなはた迷惑な奴ら、どっちもごめんだわね。斎、おかわり」 水木は湯飲みを差し出した。「対」の青年がそそくさとおかわりを入れる。その後彼は厨房へと取って返して、何かを食卓に置いた。 「どうぞ」 「わー、わらびもちじゃない〜。いろいろある〜」 「はい。黒蜜ときなことウグイス色のきなこを使ってみました」 「きゃー、おいしそう〜」 今までの不機嫌はどこ吹く風。如月水木は笑顔全開でわらびもちをほおばった。もぐもぐ。幸せそうな表情。 「んー、おいしー」 「おれは黒蜜もらうかな」 「斎、三杯酢ねぇか?」 ずいとごつい手が伸びて、わらびもちを一つつまんだ。口の中に放り込む。御影本部でも古参の「御影」、榊剛だ。 「剛ちゃーん、ところてんじゃないのよ?三杯酢はないんじゃない?」 「変わんねぇよ。こちとら任務帰りだ。なんかさっぱりしたものくれよ」 「夕食用の酢の物があります。たことキュウリとわかめですけど」 榊剛の言葉に、桐野斎が答えた。剛はにんまりと笑みを浮かべる。 「酒、冷えてるか?」 「はい。この間の吟醸酒が、まだあったと思います」 「もってこい」 「わかりました。確かどて焼きもあったと思います。持ってきますね」 青年はにこりと笑って、厨房へと姿を消した。彼は本職の(それも、御影宿舎で一、二を争う)「御影」である。それが何故、厨房の内情に詳しいのか?(そりゃあ、趣味で手伝ってるからだろう) 「剛〜、ちょっと、斎を使うんじゃないわよ」 如月水木がぶすくれた。さっきの上機嫌はどこ行った? 「いいじゃねぇか。減るもんじゃなし」 「減るわよ!絶対減る!斎はアタシのオトコなんだからっ!」 如月水木はがなる。がなられた榊剛はまるで無視だし、檜垣閃はおもしろそうに様子を窺っていた。遠巻きに見ていた御影本部の皆さんは、やれやれと溜息をついている。 「ともかくさー、あの二人が片付いて、よかったよね」 間合いを見計らって、桧垣閃が言った。 「海瑠くんが抜けるとさー、『水鏡』のローテが辛くなるのよ。あいつ、結構器用にこなせるから」 「そうですね。同期がいなくなると、おれも寂しいです」 かしゃり。食事盆を置きながら斎も言った。盆の上には冷酒と酢の物、どて焼きの小鉢がのっている。 「どうぞ。剛さん」 「おう」 「斎っ!酌なんてすんじゃないわよっ!」 律儀で優しい青年に、如月水木は怒鳴っている。怒りはモロに嫉妬だ。怒鳴られてしまって青年は、慌てて「すみません」と謝った。 「あいつら、今どこにいんだ?」 水木の嫉妬はまる無視で、榊剛が言った。流と海瑠の大騒動の折、彼は任務に出ていた。美味しいところを見逃したのはくやしい。 「実家に帰るって言ってたよ。その前に、淮の国に寄るってさ。今頃は海って感じ?」 彼らが旅立つ前にこっそり、御影研究所に行った閃が答えた。どうせ手紙等渡したのだろう。閃は彼らと同郷であり、今はその村には彼の配偶者が暮らしている。 「海ねぇ。焼けるのはヤだけど新鮮な魚介類ってのはいいわね。エビとか、カニとか、アワビー!」 「魚も新鮮でしょうね」 「そうそう!淮の国って、美容にいい塩があるって噂よ。塩もみするといいんだって」 「揉み出したい脂肪があるってことだな」 「お黙り!」 わいわいと話は進んでゆく。そこへ、誰かが通り過ぎた。 「あ、羅垓ちゃんじゃなーい。元気?」 「おお」 呼び止められた男はこちらを向いた。赤銅の髪。同色の瞳に浅黒い肌。黒髪の青年を連れている。 「どこ行くの?今から任務?そっちも一緒?」 「まあな」 「土岐津、羅垓さんと組んだんだ」 「斎先輩。羅垓さんが誘ってくださったので、助手としてやらせて頂くことになりました」 「よかったな。頑張って」 「はい」 桐野斎の励ましの言葉に、土岐津千早はにっこりと笑った。いろいろと苦労を重ねた彼である。うまくいって欲しいものだ。 「じゃーね」 「じゃあな」 「失礼します」 「羅垓ちゃん、土岐津ちゃんも頑張ってねー」 ふりふり。桧垣閃に手を振られて、羅垓と土岐津千早は去っていった。羅垓は後継者を見つけたようだし、千早は半端者の境遇から解放されそうだ。それは、めでたいことと言えるだろう。 「さーて、アタシは仮眠とろっと。睡眠不足はお肌の敵っ」 「あ、そうだー。おれも御影長に呼ばれてたんだ。次の任務の打ち合わせ」 「またかよ」 「最近さー、みんなちょっとばかし激務だよね。普段細かい任務片付けてる奴らが、今遊んでるからねー」 コキコキ、首を鳴らしながら閃が言った。桐野斎が頷く。 「そういえば上総くん達、任務たくさんこなしてましたから・・・」 「えーっ、それじゃあいつらの穴埋め?アタシ達がやってるのー!」 「そういうことになるね」 「まあな」 御影本部の手練れ達は、お互い顔を見回した。一瞬、流れる特殊な空気。 「・・・ふうん。それって、ちょっと許せないわね」 如月水木は腕を組む。美しくメイクされた目をすうっと細めた。桧垣閃は何が起こるかと目を輝かせ、榊剛はおもしろそうに酒を飲む。水木の「対」である桐野斎は、おろおろと場を取り繕おうと口を開いた。 「水木さん、上総くん達は御影長の命令で・・・」 「決めたわ!」 びしりと中指を立てて、如月水木は宣言した。 「あいつら、帰ってきたらいーっぱいこき使ってやるからっ。覚えてなさい!」 フフフフフフフフ。如月水木は不敵に笑った。なんだか、任務時以上に燃え上がっている。 御影宿舎のみなさんは、「またか」と深い溜息をつきながら、それぞれの任務へと返って行った。 そして半月後、当の犯人達は遭遇する。 如月水木と御影宿舎の皆さん達による、楽しい使いっ走りの嵐に。 それは、甘い休暇を過ごした彼らをキリキリ引き締めるには、十分の嵐だった。 おわり |