選択   by(宰相 連改め)みなひ




ACT13

 なぜ。
 どうして。
 何故この男が、俺の部屋にいる。

「鍵はしなくていいよ」
 扉を閉めようとする俺に、社銀生は言った。
「けれど」
「必要ないって言ってるのよ。いつから逆らうようになったの?」
 笑顔で告げられ、俺は扉から手を退いた。これ以上はいけない。危険だと本能が告げる。
「びっくりしたって顔ねー」
「・・・あの」
「なんで来たかって?言ったでしょ。一週間くらいでまたくるって。忘れた?」 
 忘れてはいない。前回から、それくらい時間が経過していることもわかっている。でも、なぜここに?
「んー、ちょーっとしつけが甘かったみたいだから、原点に還ろうと思って。ここ、狭いけどいい部屋だよね。きれーに片付けてあるし」
「・・・・銀生・・・・さん・・・」
「お、初めて名前呼んだんじゃない?けどダメだね。裏でイロイロやってるイヌは」
「・・・ちが・・・」
「ちがわなーい。嘘までつくの?こりゃだいぶ締めなきゃダメね」
 小刻みに首を振る俺に、社銀生は困ったように告げた。弧を描く口元。笑みが更に深くなる。
「来い」
 命じられて背が震える。一歩を踏み出そうとして・・・・足が、動かない。
「来いと言ってんのよ。早くこっちに来い」
 震える足を無理矢理動かし、そろそろと寝台へと近寄った。一歩一歩、踏みしめるごとに凄まじい気が押し寄せる。気を緩めた途端、刺し貫かれそうな。
「・・・・来ました」
 やっとの事で前にたどり着き、そっと膝を折った。唇を噛み締め、覚悟して下を向く。
「ほら、ちゃんと上向いて」
 いきなり髪の毛を鷲掴みにされた。ぐいと引き上げられる。目の前の男の、すぐ眼前まで近づけられて。
「お前、他の奴にヤらせたでしょ」
「!」
 落とし込まれた言葉に、自分の耳を疑った。どうして知ってる。それに、「取引」で守られるのは流のみ。俺の「歓迎会」など関係ないはず・・・・。
「いけないよねぇ。あーんな弱っちー奴らが、俺のもんに手を出すなんてさ」
 弱い。奴ら。まさかあの消えた「御影」達は・・・。
「俺ね、自分のおもちゃ他人に触られんの、一番ヤなのよ」
 ならばどうすればよかったのだ。こいつの為に、身を守れと?
「だから、お前にもお仕置き」  
 宣告。冷たく耳に響いた。
 がたん。
 髪の毛ごと床に引き倒される。頭と頬をしたたか打った。軽く回る視界を堪えながら身を起こして。
「お願いです、ここでは・・・・」
「何言ってんのよ。ここでやるからいいんでしょ?」
「やめてくださいっ!」
「ダーメ!」
 半ば金切り声で叫ぶ俺に、奴は馬乗りになってきた。片手で印を組む。青白く光る指先。触れられただけで、両腕が動かなくなる。
「逃げらんないよ」
 身を捩って逃れそうとする俺の、足を封じながら銀生が言った。手足は全く動かない。ただ物か何かの様に、床に転がされて。
「この術はお前には解けない。なんせトクベツだからね」
 この上なく優しく微笑み、社銀生はそこを掴んだ。


 動きを封じられる。
 自由になるはずの声さえ、今は出せない。

「・・・・っ・・・く」
 必死で歯を食いしばる。隣の部屋には義弟が、流がいる。
「ほらほら、声が漏れてるよん。そんなじゃ隣に聞こえちゃうよ?」
「く!あ!」
 強く握り込まれて、悲鳴に近い声がでた。唇を噛む。声を出してはいけない。出したら、流が気づいてしまう。
「ほらー、今のは聞こえたよ?もうすぐ気になってこっちに入ってくるかな?びっくりするだろうねぇ」
 部屋の鍵は掛けていない。いつもは張っている結界さえも、今日は影も形もなかった。たった一枚の薄い扉だけが、この行為を外部から遮断している。
「・・・ねが・・・・・ぎんせ・・・・・」 
「哀願か、それもいいねー。潤む目が艶っぽいよ。拒絶もしちゃったし、今日はいろいろ見られて楽しいね」
 笑いながら貫かれた。噛み締めた奥から声が飛び出す。抑えようのない、苦痛と別のものが入り交じった声。
「うーん、ギャラリーがいるのっていいね。俄然張り合いが出てきちゃう。今日は、いつもよりいー声で鳴いてもらおうっかな」
 手が。身体に打ち込まれたそれが。慣らされた身体の快楽の場所を巡回してゆく。逃れたくても逃れる道はない。抑えたくても声を抑えられない。責められて焦らされて掻き回されて、何も見えなくなってゆく。
「ああっ!や!あ!んっ、あ!」
 いつしか俺はイヌになっていた。快楽を餌に鳴くイヌ。もっとくれと乞うて鳴く。被った人間の皮を脱ぎ捨てて。
 苦痛なら耐えられたかもしれない。あの三人が与えたような、自分本意に過ぎ去ってゆくものならやり過ごせたかも。でも。
 社銀生はそんなに甘くはなかった。快楽という毒で全てを剥ぎ取る。麻痺させて溺れさせて人を捨てさせる。プライドなどとっくに粉砕されて。
「ちょっといい子になってきたかな?んじゃこっちで証明してよ。できたら、またご褒美あげるね」
 自分の名前も忘れ去っていた。ただ主人の声だけを聞き、主人の望むとおりにする。いつまでたっても終わりのない、快楽の海が見える。水底の海草に足を捕られて。
 哀願。その声さえも出なくなった。ただ、足掻くような息になって・・・・。
 視界が真っ白になった後、俺の記憶はそこで途切れた。


 結局俺は社銀生の「お仕置き」を受けた後、ベッド上の生活を余儀なくされた。この時はさすがの桧垣さんも、言葉がなかったらしい。いつもは多弁な彼が、黙々と俺の世話をし続けた。

やっと床から動けるようになったのは、四日目の朝のことだった。








〜エピローグ〜

「初任務、楽勝だったな」
 意気揚々と流が告げる。帰還した俺たちは、御影宿舎の長い廊下を歩いていた。
「ああ。でもそれは桧垣さんと榊さんがいてくれたからだろう。これからは、そうはいかない」
「ええーっ。あんちゃん達見てただけじゃん。変わらねぇよ」 
「一度防御してもらった。あの術をくらったら、大きなダメージを受けだだろう。お前が突っ込み過ぎるからだ」
「ちぇっ」
 「歓迎会」より十日が立った頃、俺達は桧垣さんと榊さんと四人で初任務に出た。任務はごく単純なものだったが、無事成功におさめる事が出来た。
「あーあ、腹減ったなぁ〜。オレ、食堂でなんか食ってこよ。おまえは?」
「俺はいい。先に、任務報告書を仕上げたい」
「そっか。頼むな」
「次の任務はお前が書けよ」
「わかってるよ。んじゃな」
 言い捨て駆けだしてゆく。流はいつもどおりだ。あの日のことも、何も言わない。
 眠っていたのだろうか。
 ふと思う。できればそうであって欲しい。あの時の俺は、誰にも知られたくない。特に流には。たとえ義弟を守る為であっても、していることに変わりはない。
「海瑠さん」
 振り向けば桐野がいた。任務服を着ている。装備も一式身につけて。任務か?
「任務ですか?」
「ああ、今帰った。初任務だったんだ」
「それは無事の御帰還、おめでとうございます」
「ありがとう。桐野、お前もでるのか?」
「はい。西亢の砦近くの、殲滅作戦に参加します」
「そうか。なら水木さん、帰ってきたんだな」
 安堵を交えて告げた。この十日ほど、俺は御影宿舎内のことを知らなかった。自分の身体を回復させるのに、精一杯で・・・。
「海瑠さん、その・・・いいえ」
 俺の告げた言葉に、桐野は躊躇いながら返事をした。浮かない表情。
「水木さんは、お帰りになっていません」 
「えっ」
「聞くところの話によると、連絡が取れないそうで・・・・任務には、別の方と参ります」
「桐野・・・・」
 驚く俺を見つめて、桐野斎は寂しそうに笑った。すこし、諦めた表情。
「あの人なら大丈夫です。それに、最初からいい話過ぎたんです。新入りでも補欠のおれと、御影でもナンバーワンの水木さんなんて・・・・」
 桐野の言葉に、俺は何も言えなかった。せめて何か言葉をと思って口ごもる。何をどう言えばいい。気休めなど虚しいだけだ。
「気にしないでください」
 迷う俺の表情を見てとったのか、桐野が笑んで言った。
「任務、おれがんばります。頑張って成功させて、あの人に報告できたらって思います」
「そうだな・・・・がんばれよ」
 そうとしか告げられなかった。誰も代わりにはなれない。桐野は桐野の道をゆく。
「では」
 ぺこりとお辞儀をして、桐野は出口へと進んで行った。きっと集合場所へと行くのだろう。後ろ姿が小さくなる。その時。
『おめでとー』
 遠話が聞こえた。あの男だ。ここに来ているのか。
『初任務、成功したって聞いたよ。今日はお祝い。“吉膳”の弁当と、よーく冷えた洲の酒があるよん』
『今、行きます』
 あの男の波長の遠話で答えて、俺は歩きだした。南館の奥。あの部屋へと。
「おかえり」
 部屋の扉を開けると、社銀生が食卓からこちらを迎えた。
「ただいま帰りました」
「堅苦しい挨拶はなしよ。さ、一杯いきましょ」
 藍色のグラスをすいと持ち上げ、社銀生は緩やかに微笑んだ。俺は一礼をして任務装備を外し、食卓へと進む。
「これ、いいでしょ。こないだ任務先で見つけたのよ。注いで」
 深い藍色のグラスが、光を受けて輝く。俺はこくりと頷き、グラスに冷えた透明な液体を注いだ。

 
 これが俺の「選択」。
 正しいかどうかは未だわからない。それでも。
 自らを信じて、己が道を進むしかない。
 それしか・・・・ないのだ。


end