◆このお話は、『本日モ荒天ナリ〜御影出張所日記〜』のACT3と4の昏×碧サイドです。◆ 

 ぎぎぎぎいいいーーー。
 不快音をたてるドアを、あいつが開く。
「藍にーちゃーんっ」
 飛び跳ねるように中に入ってゆく背中を、安堵して見つめた。徐々に目が霞んでゆく。仕方がない、今回は出血し過ぎた。だけど。

 ああ、もう大丈夫だ。
 中にはあの男と、何より銀生がいる。
 奴ならあいつを守ってくれるはずだ。
 俺が、奴に従う限りは。

 そう思った瞬間、目の前が真っ暗になった。

 あいつの隣にいること。
 あいつを守りきること。
 それだけが俺の望む、生きる意味。




意味  by (宰相 連改め)みなひ




 一番古い記憶にあるもの。それは、赤。
 おそらく血の色だと思う。自分のものか、俺を産み出した人のものかはわからないのだが。
 俺が生まれて間もない頃、俺の一族は滅んだ。理由は一つ。一族の半数が発狂して、互いに殺し合ったのだそうだ。
「この血はあらゆるものを見通しちゃうからねぇ。たくさん視え過ぎて、心が耐えられなかったんだろうさ」
 他人事のように言った男がいた。何分の一とはいえ、自分も同じ血をひいているくせに。それが銀生。幼い頃よりずっと俺を監視してきた者。そして、この命をも握っている。
 俺が血を受け継ぐ一族、「昏」は、和の国で最も選れた力を持つ一族だと言われていた。
 銀髪。蒼眼。自らの能力を解放する時、俺達は姿を変えた。全てを見透かす瞳。あらゆる情報を感知し、処理しうる頭脳。一族の者同士、思念まで共有してしまう能力。それらはすでに、人の枠を超えていた。
 昏一族は血族結婚をくり返していていた。今となっては、何が彼らをそうさせていたのか知る術もない。だが、何となくわかるような気もする。たぶん、彼らは求めたのだろう。もっと「視える」ことを。もっと「解る」ことを。
 悲しいかな彼らの血はそれらを可能にした。だからこそ、より濃い血を求めたのだと思う。結果、その血が彼ら自身を滅ぼしたのだが。 
「お前は昏一族の能力が凝集された作品だからねぇ。ちっとやそっとじゃ死なないよ」
 いつだったか、銀生はそう宣言した。余計なことを言う。そういうことは知りたくない。自分が何者であるかを知らずに、早くこの生を終わらせてしまいたかったのに。
 十八年前、一族が殺し合った際に一人が都へと逃れた。彼はそこで発狂し、都の人々へと牙を向けた。たった一人の「昏」は、多くの犠牲を出してしまった。理性という抑制を離れた「昏」の能力。人々にとっては、恐怖以外の何ものでもなかっただろう。
 その惨事から、昏一族は「銀鬼」と呼ばれるようになった。 
 俺は一人、その凶々しい出来事を生き残った。当時遠隔地にいた銀生が「昏」の村に駆けつけた時、俺は殆ど死にかけていたと言う。本当はそのまま死んでいたかった。けれど。最も濃い「昏」の血を受け継ぐ俺は、その血故に死ぬことができなかった。
「ま、上もまだお前を失いたくないみたいだし、俺も勝手に死なないように見張ってるから。無駄なことはしないでよね」
 刃物を持つ手を捻り上げ、銀生はいつも面倒くさそうに言った。物心ついてからこのかた、俺は死ぬことを許されなかった。人々の憎しみ深い「銀鬼」なのに。「昏」である事以外、誰も俺を望んでいないのに。何をやっても制止される。大抵の傷なら生命に差し障りない。生きてゆくことを忌まれながら、生きてゆかねばならない。未来などなかった。
 そのうち、俺は諦めてしまった。何も見ない。何も聞かない。ただ、死なずに生きてゆく。それだけの日々をおくっていた。が、しかし。
 一つだけ、ましなことはあった。
「ねえっ!おきてようっ」
 碧い目にいっぱい涙を溜めて、泣いた奴がいた。それが碧だ。何故そんなことをしたのかわからない。突然の落石。気がつけば自分の能力を解放して助けていた。「昏」の力をコントロール出来なかった頃だったから、当然身体に支障が出た。自ら放った力にズタズタにされながら、それでもあいつを守っていた。
「ち(死)んじゃやら(だ)ーーっ」
 必死だった声。始めてホッとした。俺の生を望むものがいる。生きてていいのだと思った。
 碧とは偶然出会った。俺は人里離れた森で、隔離して育てられていた。突然現われ犬ころのように懐いてきた碧。うざったいとさえ思っていた碧が、心の中に入り込んでいたのはいつだったろうか。
 碧は知らなかった。
 俺が「昏」である事を。だから近づいてきたのだ。そして毎日まとわりついてきた。「昏」ではない、「俺」に。
 落石事故の後、二人は引き離された。あいつは里親に引き取られ、別々の道を歩むはずだった。けれど数年後、俺達は学び舎の最終訓練で再会する。
「『昏』が何だって言うんだよっ!そんなの、関係ねぇっ!」
 学び舎を卒業し、おれの「水鏡」になるべく訓練を受けていた時、碧は言い放った。俺が「昏」であると知った後も。
「昏」の意味を知りながらも、あいつは求めてきたのだ。「昏」ではなく「俺」を。
 その時から俺は生きようと思った。碧が求めてくれる限り、生きていたいと。


「昏っ!!」
 派手な音と共に、金色の頭が入ってくる。碧い瞳。大きく零れそうに見開かれている。
「いま、おまえが目を覚ましたって聞いて……大丈夫か、昏。ごめん。おれのせいで……」
 碧が駆け寄ってくる。横たわる俺のもとへ、真っ直ぐに。先に病室を訪れていた、義兄である上司に目もくれず。
「お前のせいではない」
 思い詰めた顔に事実を述べた。淡々と言葉を継ぐ。
「俺が敵の力を見誤っただけだ」
「でも、おまえが引き上げようって言ったときに、すぐ城を出ていたらこんなことには……」
「うるさい」
 ぴしりと断じた。あれは俺の判断ミス。碧がどう言おうが、俺達は城を出るべきだったのだ。最悪、碧の動きを封じてでも。俺には可能だったのに。
「なっ……なんだよー。せっかく人が謝ってんのに……」
 への字に曲げられた口。泣きそうな顔で言った。
「謝るぐらいなら、バカな真似はするな」
 畳み掛けるように言う。後悔などいい。お前は先を見ていろ。碧が「あのなあっ」と突っかかってくる。しかし、それ以上何も言えないはずだ。
「碧」
 頃合いを見たのか、桐野藍が風呂敷包みを差し出した。どうせ弁当か何かだろう。いつまでも、盲目的に過保護だ。
「うんっ。食べるよ。にーちゃんに弁当作ってもらうのって、すっげえ久しぶりだよなっ」
 碧が風呂敷包みを解いている。重箱の蓋を開けた。嬉しそうな顔で、卵焼きを頬張っている。
 食べることも忘れていたのか。
 碧の記憶がそれを伝えた。心配させてしまった事実を心の中で悔やむ。一つのことに関わってしまったら、他は何も見えなくなる碧。だけど、だからこそ俺は救われているのだと思う。「昏」ではなく、「俺」しか見てないあいつだから。

『すまない。次は、こんなミスはしない』
 
食べ続ける碧の顔を見ながら、俺は心の中で言った。

 
 俺は生きる意味を持っている。
 どんなものであろうと、それだけでいい。
 意味がある限り、俺は生きてゆけるのだから。


終わり

『本日モ荒天ナリ〜御影出張所日記〜』へ