| 自覚さえしていなかったものが、自分を動かしてしまった。 おれは今、あいつと夜に沈んでいる。 night by (宰相 連改め)みなひ ひょっとしておれ、アホやろか。 熱に浮かされた頭で考えた。下肢にはあいつの手が纏わり、翻弄されてしまっている。首筋に。鎖骨に。胸に。熱い唇。 「んっ」 肌をきつく吸い上げられ、思わず声が漏れてしまった。痺れるような感覚。身体を波打たせた。思わず苦笑した。なんで。なんで、こんなこと。 逃げたらええのに。やっぱりアホやな。 妙に納得して、おれはおかしくなった。どういったわけだかわからない。それでもおれは、ここでこうしている。 『お前が、先の方がいい』 自分をこんなにしてしまう前、至極まじめな顔で相馬は言った。 『そうした方が楽なはずだ』 抑揚のない言い方。冷静な言葉。普段と何ら変わりない。笑うしかなかった。なんだか自分一人だけが、動揺している気がする。 ラクや言うてもなあ……。 情けなく零しながら、半分諦めた。今の自分に、その提案をどうこう言う余裕はない。シーツを握り、迫りくるものに耐えた。限界。駆け抜けるものに、身体が仰けぞってしまう。解放。一瞬、空白になる意識。 ・・・・・・はあ。 ぼやけた頭で、ゆっくりと唇を舐めて潤した。麻痺したままの思考。身体を支配するだるさ。 ぼんやりと空(くう)を見て、気配に気づいた。見上げると、相馬が覗きこんでいる。まっすぐな、何一つ偽らない眼差し。 ああ、そうか。 その時、意味もなく納得した。 これやったんや。 相馬の目。全てを見透かすような瞳。「答え」に気づいてしまった。こんなにアホで情けないことを、敢えて受け入れる「理由」に。 完敗やな。 知った事実に打ちのめされる。最初から自分は惹かれていたのだ。相馬に。この目に。 「少し、左に移動してくれないか」 完全に諦めてしまったおれに、相馬は言った。なんや。何を言い出すねん。昔から、そうやったけど・・・・・・。 「右肩に負担をかけないようにすると約束した」 何かと問うおれに、相馬は言葉を返した。右肩。そういえば行為の最初の方で、そんなことも言っていたか。 「そういうわけにもいかない」 どうでもいいと告げるおれに、相馬は言葉を返した。即答。呆れているうちに、相馬が上体をずらしている。 うわ、なにすんねんっ。 ぐいと抱え上げられた右脚に、おれは焦って抗議した。相馬はいつもいきなりだ。過去のあの日々と同じ。 「続きだ」 相馬の短い一言で、おれの抗議は封じられてしまった。言い淀むうちに、最後のトドメが追加される。 「俺は、お前を全部、解りたいと言った」 宣言。自分を惹きつけてしまった、あの目が言った。まっすぐおれだけを捉えて。捕まえられてしまったおれは、手を挙げるしかなかった。 今更やけど、どう考えてもおれ、アホや。 自らに侵入してきたものに、ひしひしとそう感じた。いつだっただろう、その行為が同性間でも可能だと、こいつに教えたのは。 こうなるんやったら、いらんこと言わへんかったらよかった。 圧迫感と苦痛。自分が揺るがされそうな、漠然とした不安。何かが壊れてゆく。だけどそれを、心地よいと思ってしまう自分もいる。 どうしてやろな。 ひたすら耐えながら思った。どう考えても苦痛に思えるこの行為を、自分は受け入れている。いくら自分が惹かれているからと言って、ここまでしなくていいと思うのに。だのに、何故。 バレてもうたから・・・・かな。 もう一人の自分が呟いた。 おれが隠していたものを、相馬はつきとめてしまった。ヒントなどない。いつでもうまく、覆い隠してきたものを。 ほんとはおれ、気付いて欲しかったんかも。 漠然と思う。それが真実かを確かめる前に、何も考えられなくなった。 相馬の目。逃げないそれが、最初は煩わしかった。誤魔化すことができなくて、そのうち苦手になって。 最後は見透かされている気さえして、怖がる自分を必死で隠した。だけど。 怖れと同じくらい、おれはあの目を求めていた。焦がれていることを認めず、忘れたふりをしながらも、おれは切望していたのだ。綺麗に隠しきった自分を、あの目に暴いてもらうことを。 そして。 あいつは、おれを見つけた。 その目で細かに観察し、二年にわたる考察を経て、ついに。 見つけ出されたおれが、全てをゆるした。恐れながらも、切望していたおれが。おまえを待っていたのだ。 おれは逃げられなかった。 相馬、おまえから。 逃げられるほど、強くなかった。 目が覚めた。背中が温かい。首を後ろへやると、ふさふさと固めの黒髪が見えた。 ふと思いだす。事が終った後、あいつの言った台詞を。 『何故、お前は俺に会いに来たのだ?』 本当にわからない。といった様子で訊いた。 『それと何か関係あるのか?』 冗談じゃない。それじゃあ、おれはなんであんなことしたんや。 『判らない』 わからんのに、やったんかいな。 もっていきようのない情けなさが、ふつふつと盛り返してきた。なんか、腹立つ。ごそごそと身体の向きを変えた。 「おいっ、相馬!」 大声で呼んでみる。返事はない。 「起きんかい!」 さらに大声で呼んでみる。今度は耳元で言った。だのに、返事はない。 しばらくして、相馬はごろりと寝返りを打った。まだ眠っている。 規則正しい呼吸。目を閉じている為か、幼く見える顔。温かい身体。 こら、あかん・・・。 ついに根負けした。深く溜め息をつく。これでは当分、起きそうにない。 ほんまに、こいつなんも変わらへんわ。 何度目かの諦めとともに、視線を窓の外に移した。あたりはもう、明るくなっている。 さて、これからどうしよ。 ぼんやりと思う。相馬に会いたい。それだけでこの町にやってきた。これからの行き先は、まだ考えていない。 「・・・・・・どこでも、いっしょやねんけどな」 ぼそぼそと呟く。今まであちらこちらを放浪してきた。自分のこれから。そんなこと考えもしないで。ただ必死に、現実から逃げ続けていた。 相馬は、どうすんねんやろ。 頬杖をつきながら、ちらりと横を見やった。相馬は熟睡している。寝ている時でさえ、しっかりと結ばれた口元。 『俺は、お前を全部、解りたい』 あの口が言った。 まっすぐな瞳で。淡々とした口調で。強い意志を秘めた声音で。相馬はおれに、告げたのだ。 全部か・・・・。 思いだして、苦笑する。多くのものを隠し続けた自分。いくつもの顔がある。それを全部、解りたいのか。なかには、おまえの知りたくないものもあるだろうに。 「まっ、ええわ」 頬杖をとき、おれは考えるのをやめた。詮ない事。ごそごそと相馬の肩のあたりに潜り込んだ。互いの温もりが肌を伝う。心地よさに眠くなってきた。これからのことは、また後だ。今はこのままでいたい。 「おやすみ」 相馬の耳元に囁き、おれは一人、目を閉じた。 I spend the night with you. And, the answer was discovered. END |