『闇に散る雪』 byつう
何故、とは訊かなかった。
それが仕事だったから。自分が為すべきことさえわかっていればいい。
そして、白はそれをした。
山間の小さな村だった。隠れ里でもない、ただの山村。その村人を全員抹殺する必要があったのかどうか、白にはわからない。
ただ、あの人がやれと言った。それ以外の理由など要らない。
「一人も残すな」
襲撃前の再不斬のことば。白は無言でうなずいた。
仕事は、半時たらずで片づいた。武器らしい武器も持たず、あっけなく骸になった人々を打ち捨てて、二人はその村を後にした。
夜半。墨色の空からちらちらと雪が舞いはじめた。
「今年は冬が早いですね」
囲炉裏に薪を足しながら、白が言った。
このぶんだと、明朝にはだいぶ積もっているだろう。おそらくあの村にも。
多くの血を吸った土は、いまごろ凍りはじめているのだろうか。
「白」
薄い夜具の上に座していた男が、低い声で言った。
「はい」
「薪は、もういい」
「……はい」
白は、すっと立ち上がって男の前に進んだ。
「再不斬さん」
意向を伺う。自分の考えが正しいのかどうか。
男の手がのびてきた。髪を束ねていた頭巾を外し、上衣の襟を開く。腰帯を解かれた段階で、白は夜具に上がった。
大きな手が肌をまさぐる。あちらこちらを行き来して、何かを確かめているかのようだ。いつもより性急さのない愛撫。今日はすべてを求められているのだと白は思った。
指の彷徨がいったん止まり、再不斬は白の頭を軽く押さえた。白は再不斬の下衣に手をかけた。その場所に顔を近づけ、教えられた通りにゆっくりとあごを動かす。
はじめてこの行為を命じられたとき、それがなんの目的で行なわれるのか理解できなかった。自身はまだ子供で、男の生理がどのようなものか実感するには至っていなかったのだ。
罰なのかもしれない。
ぼくが、術を覚えるのが遅いから……。
息苦しさに喘ぎながら、そう思ったことを覚えている。
もちろん、いまは違う。これはぼくの役目。この人のために、この人が望む通りのことをする。
両の頬に再不斬の手が掛けられた。白は顔を上げて、体を起こした。
このままでいいのだろうか。
再不斬はいつも、すぐに動ける態勢で事を行なう。すなわち、四肢が拘束されないような形で。
白の戸惑いを察したかのように、再不斬は腰を上げた。片膝をついて、白の体を倒す。
夜具の上に、長い黒髪が広がった。囲炉裏の火が白の滑らかな頬をぼんやりと照らす。まっすぐに見上げるその目の横に、再不斬の口布がはらはらと落ちた。
顔が近づいてくる。白はそれに応えようとわずかに口を開けた。
舌がからめとられ、吸い尽くされる。めまいにも似た感覚が訪れる。下肢にのばされた手は次の準備を始めていて、白はそれに備えてひざを高く上げた。
「……!」
再不斬が深く入り込んできた。しばらくそのまま動かない。
「……は……あ……」
熱い。じりじりと背中から焼けていくような気がする。白は再不斬の首に腕を回して、体を震わせた。
「そうだ」
再不斬が囁いた。
「続けろ」
再不斬の顔に、かすかな笑みが見えた。
「つ……つづけ……ろ、って……」
絶え絶えに、白は言った。
どうすればいいのだろう。この熱を。ぼくは、もう抑えきれない。
白はかぶりを振った。これではだめだ。こんなことでは……。
再不斬が、ある一点を攻めはじめた。最後通告のように。
「……再不斬……さ……」
限界だった。自分でも信じられないような声が上がる。
囲炉裏の火がひときわ大きく燃え上がったとき、白の体はがっくりと夜具の上に崩れ落ちた。
手水鉢に水を入れる音がした。
いつのまに練絹を用意していたのだろう。再不斬は体を拭いていた。
「再不斬さん……」
白はそろそろと体を起こした。まだ頭が重い。こんなことははじめてだった。
「使え」
再不斬が練絹を投げた。ほわほわと湯気が上がっている。
「お湯を?」
「あとで茶でも飲もうと思ってな」
再不斬は自分が使っていた練絹を手水鉢の中に放りこみ、夜着をはおった。
白は練絹を取って、下肢のあいだを拭った。幾分時間がたっているためか、汚れが固まっている。再不斬が湯を沸かした理由を察して、白は唇を噛んだ。
「すみません」
か細い声。
「ぼくは……あなたの望む通りにできませんでした」
自分の熱に負けた。なんて、情けない……。
「いや」
再不斬は襟を合わしつつ、言った。
「おまえは、為すべきことをした」
「え……」
「一人も残すなと、言ったな」
小さな山村での、今日の仕事。
「はい」
「おまえは、ひとりも見逃さなかった」
それが幼い子供であっても。
白は再不斬を見つめた。
「そう……だったのですか」
試された。
白はようやく合点した。それなら、わかる。何故、あの村を襲ったのか。
忍の仕事に大義は要らぬ。ただ、為すべきことを為すのみ。
苦しまなかったはずだ。
白は思った。あの子は……苦しまなかったはずだ。母親とともに、恐怖を感じる暇もないままに冥府へ旅立っただろう。
あのときの、自分と同じぐらいの子供。
『白っ……逃げて!』
思いっきり、自分を突き飛ばした母。父の刃に対峙して、ぎりぎりまで守ってくれた。
『ごめんな、白……』
泣きながら、血にまみれた剣を振り上げた父。
「おれは、いい拾いものをした」
再不斬は白のあごを持ち上げた。
「このうえもなく、な」
唇が重なる。
思わず、すがりそうになった。この強い腕に。
白は目を閉じた。
「いい子だ、白」
囁きが、首筋をかすめていく。
慰めも励ましも要らない。そう。ぼくがここにいる意味は。
ただ、この人の望むままに。そのためだけに、ぼくは居る。
求められるままに、白は再び体を開いた。
明日はこの庵を出る。次の仕事は、また過酷なものなのだろう。
大丈夫ですよ、再不斬さん。ぼくは、あなたの武器ですから。
いつまでも。ぼくは、あなたの……
(THE END)
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