春暁   byつう







 
かつて霧の国において、学び舎を経ずに忍となった者はいない。
 白は、その最初のひとりとなった。
 学び舎に属さない者には、当然のことながら卒業試験もなく、さらには中忍試験すらなかった。白はいきなり実戦で成果を上げ、上層部もそれを認めざるをえなかった。
 再不斬は白の訓練を他人にまかせることはなかった。一対一で、寝食をともにして修錬にあたった。
 あの子供は、鬼人の手付きだ。
 だれ言うともなく広まった噂。上層部はその噂を黙殺した。それが事実であろうがなかろうが、忍の仕事さえまっとうしていればよい。
 むろん、異を唱える者もいた。白がどれほど多くの任務を果たそうと、とどのつまりは「鬼人」のおまけではないか、と。
 白自身に忍としてどれほどの力があるというのか。疑問の声が上がり、上層部はあえて白の異動を通達した。追い忍部隊への転属である。
 霧隠れの里に来て、はじめて白は再不斬の手を離れた。



 一カ月後。
 白は再不斬のもとに返された。以後、いずれの部署にも所属する必要はないとのことだった。再不斬は無言のまま白を引き取った。白は首に傷を負っていた。
 左うしろ。もう少し深ければ動脈に達していたであろう。
「何があった」
 その夜。庵にもどるなり、再不斬が訊ねた。白は土間に跪座して頭を垂れた。
「すみません」
「何があったのかと訊いている」
 白は微動だにしない。再不斬は白の腕を掴んで板の間に引き上げた。
「しくじったのか」
 白は二十日ばかり前、ほかの追い忍ふたりとともに木の葉の国に隣接する小国に派遣されたはずだ。
「仕事は、片付けました」
「それなら……」
 再不斬はふと、白の包帯の際にある痣に目を止めた。
 まだ新しい。打撲などの欝血とはあきらかに違う、紅い跡。
 再不斬の左手が、白の首にのびた。
「これは何だ」
 ぐっと、指がくいこむ。白は唇を震わせた。
「答えろ」
 地底から這い上ってくるような低い声で、再不斬は言った。


 仕事は簡単だった。追い忍が三人もかかるほどのことはない。自分ひとりでも十分だったのに、と白は考えていた。
 抜け忍の死体を処分し、霧の国に帰る舟に乗った。一人は舵をとり、もう一人は見張りに立ち、残りは仮眠をとる。
 白が仮眠のために横になって半時ばかりたったころ、交代した忍のひとりが衾の中に入り込んできた。
「……なんの真似です」
「おまえ、色子なんだってな」
 侮蔑の響き。手が腰紐にのびてきた。
「違います」
 白は身を引いた。
 たしかに、男の生理的欲望を処理する方法は知っているが、それを生業としているわけではない。自分はあくまでも忍なのだから。
「鬼人の手付きなんだろう? もっとも、もう捨てられたんだっけな」
 くくっ、と男は笑った。
「秋の扇……か。まだ春だってえのに、可哀想に」
 秋扇。秋になって打ち遣られた扇。顧みられなくなった情人の例えである。
 自分が再不斬の側を離れたことで、そんなふうに思われていたのか。お払い箱になった色子なら、長期の仕事の際に夜伽をさせるのにちょうどいい、と。
 男は白の肩を押さえた。カツン、と顔の横に小柄を突き立てる。
「動くと、危ないぜ」
 余裕たっぷりに、言う。白は男を睨んだ。
「やめてください」
「見かけによらず、気が強いんだな」
 男の顔が近づいてくる。鎖骨の上にねっとりとした感触。白は瞬時に身を返した。
 つっ、と左の首筋に痛みが走る。しかし、それも計算済みだった。血が襟を濡らしていく。男は慌てて手を離した。
「何やってんだ、おまえ……」
 皆まで言う暇はなかった。
 男は自分の小柄をのどに突き立てられ、数秒後に絶命した。


「……それで、もう一人は」
 再不斬は問うた。
「死にました」
「おまえが、やったのか」
「はい」
 もうひとりの男も同じだったから。
 同僚の死体の側で、白を蹂躙しようとした。怪我をしているからと侮ったのか、男はあまりにも無防備だった。
「……暗部も堕ちたものだ」
 再不斬は苦笑した。
「おまえの力がわからぬようでは、な」
 白の首を掴んでいた手が、すっと襟元に入った。滑らかな肌。肋骨のひとつひとつを確認しながら、指が下りていく。
 帯がゆるめられ、裾が大きく乱れた。細い脚のあいだに手がのびる。白は一瞬、身を固くした。
 何が為されるかはわかっている。再不斬は白の男の部分を目覚めさせ、欲求を満たしてくれるだろう。そしてそののちは、白が再不斬の要求に応えねばならない。
「え……」
 白は驚いて顔を上げた。再不斬の指が、いままで触れたこともない場所に進んでいた。
「再不斬さん……」
「ひざを上げろ」
 ひっそりと命じる。白は言われた通りにした。
「あっ……」
 指は、さらに奥にくいこんでくる。背中がぞわぞわと震えた。ゆっくりと中で動かされ、白はすわっていられなくなった。
 どういうことなのだろう。これは。
 はじめての感覚に、白は混乱していた。息を荒げて、再不斬の腕にしがみつく。
「……そのままでいろ」
 白の背をがっしりと抱えて、再不斬は言った。白は声も出さずにうなずいた。
 するりと、指が逃げた。下肢の緊張がほぐれる。再不斬は白の体を持ち上げて、自分の上に乗せた。
「ん……っ」
 白は息をつめた。指とはくらべものにならぬほどの圧迫感。腰骨が、ぎしぎしと音をたてそうな気がする。
 完全にそれが納まったとき、白は以前、再不斬に口を使う方法を教わったときのことを思い出した。
 罰かもしれない。
 あのとき自分はそう思った。苦しくて、つらくて。でも、そうではなかった。あれはこの人が求めていたことだった。きっと、これも……。
 再不斬が奥で動き出す。白はそれに合わせて呼吸した。
 苦しい。苦しい……。もう、声を出すことさえつらかった。
 白はぎゅっと目を閉じて、躰の中の熱に必死で耐えていた。




 有明の月が、灰紫の空にうっすらと浮かぶころ。
 白は再不斬のひざにもたれるようにして眠っていた。
「よくやった」
 再不斬はつぶやいた。
 生成り夜具に広がる長い黒髪をそっとなでる。その横顔は、少なくとも「鬼人」のものではなかった。




(THE END)


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