無への帰結 byつう
いつでも、俺を殺していい。
再不斬は言った。体を繋いだままの状態で。
霧隠れの里から山ひとつ離れたところにある滝のほとりで、再不斬と白は暮らしていた。
暗部の中でもふたりは、いわば別格の扱いを受けている。任務はほとんどがS級。それも多数をターゲットにするものが多かった。
このところ、大きな仕事はない。白は籐籠を手に薬草を摘んでいた。いくつか毒草も採取する。
籠が七分目ほど埋まった。こんなものかな。中身を確認して、白は立ち上がった。滝の横の急な斜面を下りる。
眼下に庵が見えてきた。再不斬以外の気配に、一瞬、足を止める。
戸がすっと開いた。見覚えのある顔。
あれはたしか、霧隠れの長老付きの中忍だ。ここ一年ばかり、再不斬が水影の身辺を探るのに使っている。
復命のとき以外、再不斬は水影の館に入ることはできなかった。霧隠れの上層部は、再不斬が水影とその周囲の者たちに不満を持っていることをよく知っていたから。
うかつには動けない。再不斬はおのれの志を遂げるための機会を、ずっと伺っていた。
「戻ったか」
戸口に立ったところで、声をかけられた。
「はい」
籠を置いて、答える。再不斬は土間で武具の手入れをしていた。クナイを研ぐ音が静かに流れる。
白は鉄鍋に水を入れ、囲炉裏の上に吊るした。ウサギの肉と大根の葉の汁ものを作り、干し芋とともに方盆に乗せる。
再不斬が無言のまま板の間に上がってきた。箸を取って、肉を食む。白もそれに倣って、やや遅い昼餉を摂った。
食事のあと。
白が後片づけをしていると、再不斬はゆっくりと口を開いた。
「さっきの男だが」
長老付きの中忍のことを言っているのだろう。手を止めて、上座を見遣る。
「館うちのことを知らせに来た」
「それで、なんと」
「来月朔日。夜明け前に、水影を殺る」
「では……」
いよいよか。白は唇を噛み締めた。
「手筈は」
「詳細は、ほかの者たちが揃ってからだ」
ひそかに集めた仲間。再不斬に心酔する者たちは、いままで地道に忍としての務めを果たしていた。叛意を悟られぬよう、文字通り忍んで。
「それなら、夕餉はたくさん作らなくてはいけませんね」
にっこりと笑って、白は言った。
その夜、庵には次々と仲間が集まってきた。再不斬が館の様子と水影の動向について説明し、各々に役目を振る。それぞれに当日までに為すことを確認し、ひとり、またひとりと闇の中に散っていった。
この庵で過ごすのも、あと数日。事が成っても成らなくても、ここに戻ることはあるまい。
夜具を整えながら、白はこれまでのあれこれを思い出した。再不斬に拾われて、ここに来た日のこと。つらい修錬の日々。そしてはじめて体を交わしたときのこと。
求められて、望まれて、必要とされて。
しあわせだと思った。もちろん、いまも。
「白」
横から大きな手がのびてきた。上衣が払われる。二の腕を引かれ、白は再不斬に取り込まれた。
広い胸。強い腕。
顔を上げた。唇が近づいてくる。白はわずかに唇を開けてそれを受けた。
舌が絡まる。「気」が混じり合う。じわじわと、震えるほどの喜びが浮かび上がってくる。
唇が離れたあと、目で問うた。なにをすればいいのか、と。再不斬もまた、それに視線で答えた。
しっかりとついた筋肉に沿って舌を這わせる。いつ見ても、この人の体はきれいだ。傷跡ひとつない。あれほど過酷な任務の中にいるというのに。
ああ、でも。
白は脇腹のあたりを凝視した。わずかな傷痕。ほとんどわからないほどの。
その跡に、そっと口付ける。あのときは危なかった。こちらもぎりぎりの状態で、余裕などなかったから。
戦闘術の特訓の際、あと半歩踏み込んでいたら、自分は再不斬を殺していただろう。
「どうした」
頭の上から、声。はっとして上体を浮かす。再不斬の手がそれを止めた。
「……これか」
くすりと再不斬は笑った。
「面白かったよ。あのときは」
「面白い?」
「ああ。俺が自分の死を考えたのは、あとにも先にも、あのときだけだ」
再不斬は白のあごを掴んだ。
「本当に、おまえは俺を楽しませてくれる」
下肢のあいだに手がのびた。体がびくりと跳ねる。
「どんなときでも……な」
うしろを探り、押し広げる。白はひざを立てて、次の要求に応じた。
「……っ……ん……」
目を閉じて、それを感じる。待ち望んだ瞬間を。とめどなく声が溢れた。
熱い。熱い。
体の中で溶岩がうごめいているかのようだ。その熱に焼かれて、この身は灰になる。あなたの手の中で崩れていく。
「いい子だ、白」
低く深い声音。耳元で、次の語が発せられた。
「いつでも、俺を殺していい」
なにを言った?
この人は、いま……。
思考が停止した。と、その直後、腰を大きく揺らされた。背中に衝撃が走る。
『いつでも、俺を殺していい』
再不斬は言った。体を繋いだままの状態で。
奥で息づく熱源が、思いの激しさを証明している。それ以上なにも考えられず、白はかぶりを振った。
なぜなのかはわからない。けれど、あなたが望むなら、ぼくはなんにでもなる。この身は器。あなたのためだけに存在する一個の道具。
『再不斬さん……』
意識を飛ばす直前に、白はその名を呼んだ。
たったひとりの、大切な人を。ぬけがらでしかなかった自分に、いのちを与えてくれた人を。
そうですね、再不斬さん。もし、あなたが命じてくれたなら。
ぼくはあなたを殺します。大丈夫。あなたのかけらも残さぬように、ぼくの息すら残さぬように。
すべてを無に帰して。
(THE END)
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