桜のしるべ byつう
なんだか、違う人みたいだ。
髪の毛はくくってるし、里の忍服だし、額宛てもしてる。コドモたちを怒鳴るときの顔ったら。血管キレるよ、そんなに怒ったら。
なんだか、新鮮。イルカって、あーゆー顔もするんだな。
あーあ。早く会いたいよ。こんなとこから、変質者みたいに覗いてるんじゃなくて。
じいさんも厳しいよなー。人の恋路を邪魔してくれちゃって。ロクな死に方しないぞ、きっと。
カカシはアカデミーの演習場の木の上にいた。
厳重に結界を張って。まちがっても、イルカに気づかれないように。
年が明けてすぐに、カカシは暗部を抜けて里に戻ってきていた。春には、新しく下忍になる子供たちの試験を行なうことになっている。
その予行演習も兼ねて、火影はカカシに「模擬試験」を実施した。生徒のためではなく、試験官のための。
この一カ月、カカシはすでに下忍になっている者たちを相手に試験を行なってきた。その結果は、火影を悩ませるのに十分であったらしい。
なにしろ、合格者がひとりもいなかったのだから。
下忍たちのショックは大きかったようで、中には忍を辞めたいと申し出る者までいた。
火影は言った。下忍に必要なのは、命令されたことを確実に行なう能力だと。
カカシは反論した。忍であるからには、下忍も中忍も上忍も関係ない。忍として、その場その場に最適の行動がとれるかどうか。それこそが重要なのだと。
「おぬしの口から、そういう言葉を聞くことになろうとはな」
困ったように、しかし、うれしそうに火影は微笑した。
「この四年は、無駄でなかったと見ゆる」
そう言われたとき、カカシはやっとイルカに会えると思った。火影も認めたのだ。これで、だれにはばかることなく会いに行ける。
が、火影はさらなる関門を用意していた。
うずまきナルト、うちはサスケ、春野サクラ。
この三人を、下忍試験に合格させること。もちろん、目こぼしナシで。
彼らが下忍試験に合格すれば、カカシの麾下に入ることになっている。なにしろ、九尾と「うちは」である。いざというとき、ほかの者が太刀打ちできるはずがない。
火影は、万一ナルトたちがそれぞれの業に負け、里に仇なすことがあるときは、カカシに彼らを処分させる気でいるらしい。
「ほーんと、いい性格してくれて。でも、じいさんの思い通りにはいかないよーだ」
子供たちを前にして、イルカがトラップの見分け方を実地で教えている。
あと少しだよ、イルカ。もうすぐ、オレはあんたに会いに行く。そしたら。
きっと、笑ってくれるよね。いっぱい、いっぱい、抱きしめて。
もっとも、アカデミーの中じゃマズイから、場所は考えないといけないけれど。
唇も頬も首筋も肩も、背中も腰もすらりと伸びた四肢も。全部、覚えている。もちろん、いちばん熱い場所も。
『待っています』
あんたの言葉を糧にして。
『もう一度、あなたと会う日まで』
その日のために。
がんばったんだよ、オレ。ほんとに、ほんとに、がんばったんだから。
でも。
わかるよ、イルカ。あんたも、オレとおんなじぐらい、がんばったってこと。
どんなに怒られても殴られても、子供たちはみんな、あんたを見ている。きらきらした目で。
あったかいオーラが、みんなを包んでいる。あのとき、オレを包んでくれたものと同じ。
あんたは、みんなのことを大切に思ってる。それはちょっと妬けるけど、同時にうれしくもある。
あんたは、オレにくれると言った。もう一度、あんたを。
だったら、いまのあんたは、あのころよりももっとあたたかい。もっともっと、オレを満たしてくれるから。
オレの全部で、あんたを感じたい。あんたの全部で、オレを感じてほしい。
ここまで待ったんだから、あと少しぐらい、どうということはない。
今度こそ本当に、だれにも文句は言わせないから。
生きようね、イルカ。一緒に生きよう。
いまはまだ会えないけれど。
あんたの道標は右に、オレの道標は左に。
もうすぐ、オレたちはひとつになれる。
その日。
雪解けの川に、彼岸桜の花弁がちらほらと舞い降りていた。
(了)
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