楽園のとびら byつう
はじめて知った。
人には皆、等しく命があるのだということを。
四年前。研究所からひとりで暗部宿舎に戻ったあと、カカシはしばらく懲罰房にいた。施設の一部を破壊した責めを負って。
「あのあとさー」
夜具の上でイルカの髪をもてあそびながら、カカシは言った。
「仕事するのが、すっごく苦しくなってね」
「苦しい?」
いまだ余韻の中にいるのだろうか。ぼんやりとした表情で見上げる。
まったく、そーゆーカオをするから、また元気になっちゃうんだよ。オレはうれしいけどね。何回でもイルカを感じたいから。
「ん。べつに、それまでとおんなじこと、やってるだけなんだけど……」
腰を引き寄せ、熱の残る場所を探る。イルカは小さく声を上げて、身をよじった。
「でも、はっきり伝わるようになったんだ。命が終わるときの気持ちが」
それまでは、だれを殺そうが何人殺めようが、なんにも感じなかった。命じられるままに、ターゲットを狩る。邪魔者は消す。それだけのことだった。が、イルカと離れてからは、どの仕事のときも相手の「気」を必要以上に感じるようになった。
むろん、忍として敵の気配を読み、動きを予測するのは当たり前だ。その点に関しては、以前も同じようにやっていた。ただひとつ違ったのは、それまでまったく気にしなかった感情がわかるようになったこと。
恐怖、怯え、苦悩、驚き、さらには悲しみや未練。そういった「人」としての心の動きが、いやでも見えてしまう。
「そしたら、苦しくなってねー。けど、仕事はしなくちゃいけないし。ほーんと、忍ってキビシイよ」
だれにでも、等しく命がある。味方だけではなく敵にも。そして皆、大切な人や大切なものを持っているのだ。それを知ったうえでなお、自分たちは刃を振るわねばならない。
「イルカに早く会いたくて……がんばったんだ、オレ」
首筋に舌を這わせる。眠りかけていた体が、ふたたび上気しはじめた。
「それでも、四年と一カ月と十二日かかっちゃったけど」
「……また、そんなことを」
掠れた声。
「おれだって、四年と一カ月と十二日……待ってたんですから」
わかってるよ。ずっと、待っててくれたっていうのは。でも、知ってほしいんだ。離れていたあいだのことを。一日だって、空白にしたくない。
「ねえねえ」
視線を上げて、訊いてみる。
「今日はさー、何日分ぐらい埋めてくれるの」
「何日でも」
言ってくれるねえ。いいのかな、ほんとに。……本気にしちゃうよ。
ぐい、と脚を押し上げた。奥まで一気に身を進める。イルカのあごが上がった。のどの曲線がきれいにしなる。
「やっぱり、いいなあ。イルカの中って」
はじめてのときにように、カカシはじっくりとイルカの感触を味わった。腰から背中を這い上がる快感。汗の匂い。震える唇。そして息遣い。五感のすべてがイルカによって頂点に導かれていく。
ゆっくりと動くと、それに合わせてイルカも体を揺らした。互いに知り尽くした体だ。どこをどうすればいいか。いま、どうしてほしいのか。わずかなシグナルだけで察知することができる。
「なんだか、さっきより早くない?」
埋み火が残っていたからかもしれない。すでにイルカの体は最終的な状態になっていた。
「もうちょっと、このまんまでいたいんだけど」
「そ……んな……」
「ムリ?」
「……」
たしかに、つらそうだな。カカシは身を起こした。
「え……」
呆然と、イルカが目を見開く。そりゃそうか。いきなりいなくなられちゃ、びっくりするよな。
「先に、してあげる」
ひっそりと言った。その方がいいよね。でないと、オレをゆっくり感じてもらえない。ほんとは両方とも一緒に登っていけたらいいけど、今回はちょっとタイミングがずれてるから。
カカシはそっと、顔を伏せた。イルカの手が肩にかかる。イヤなのかな。いままでにも、何度かしてるのに。
爪が肌に食い込む。舌の動きに反応して、肩を掴む手に力が入る。
いい感じになってきた。それにしても、いまになってガマンしなくてもいいのに。そんなに強情はるんなら、手加減なんかしてやらない。
するりと、指を忍び込ませた。熱をはらんだ部分をかき回す。頭の上で哀願にも似た声が聞こえたが、それはきっぱりと無視した。
何日でも、って言ったのは、イルカだよ。だから、もうあきらめて。
ことさら強く吸い上げる。艶めいた声とともに、イルカはとうとう己を解放した。
そのあと、イルカは素直だった。半ば放心状態だったのかもしれないが。
カカシが繋がりを解いたとき、イルカはほとんど気を失っていた。
「まーた、やっちゃったなー」
がしがしと銀髪をかく。
「イルカ……イルカ? だいじょーぶ?」
このまま眠らせた方がいいのかもしれないが、なんとなく気になる。イルカはうっすらと目を開けた。
「……失言でした」
やっと聞き取れるぐらいの声で、言う。
「イルカ……」
「今度から……二日分ぐらいにしておいてください」
足りないよ、それじゃ。
言いかけて、ぐっと唇を結んだ。ここで言っちゃダメだよな。イルカに嫌われるのはイヤだ。
「わかった。……ごめんね」
「もう、いいですよ」
困ったような顔をして、笑う。ふと思い出したかのように、イルカは語を繋げた。
「さっきの話ですけど」
「うん」
「もっと苦しんでくださいね」
「え?」
「それが、命を奪う者の義務です」
苦しむことが。痛みを知ることが。
イルカに会うまで、知らなかった。人を傷つける痛みを。失うことの苦しさを。イルカに教えてもらった。泣くことの意味も。
「おれたちはどうせ天国には行けませんから、一緒に地獄に堕ちましょう」
冗談まじりに、イルカは言った。
地獄、か。そんなもんがあるんならね。ああ、でも……。
「オレは天国に行くよ」
にんまりと笑って、カカシは断言した。イルカはきょとんとしている。
「だって、イルカが一緒なら、どこだって天国だからね〜」
この世のどこにいようとも。
別の世界に行こうとも。
あんたがいれば、それでいい。それだけで、いい。
(了)
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