月の道標 ｂｙつう
扉を閉めてすぐに、唇を奪われた。
玄関の三和土の上。まだ履物も脱いでいない。きつく抱きしめられて、深く口付けられて。息が吸われる。舌が内部を貪る。記憶にあるのと同じ激しさで。
「……イルカ」
長い口付けのあと、ほんのわずかに唇をはなして、カカシは囁いた。
「やっと、会えた」
「……ええ」
その気持ちは、自分も同じ。
いくらか背も伸びて、顔の輪郭も少年のそれから男のものになっている。四年という歳月が、この男を心身ともに成長させたのだろう。むろん、本人のたゆまぬ努力があってのことに違いないが。
「イルカの匂いだ」
首筋に顔を埋めて、大きく息を吸う。
「オレの、大好きな匂いだ」
衣服の下に、手が入り込む。
「カ……カカシ」
いくらなんでも、ここではまずい。もちろん、自分も求めている。居酒屋からここまでの道すがら、期待で体が熱くなっていたのも事実だ。でも、いや、だからこそ、ゆっくりと隅々まで確かめたい。
「五分、待ってください」
「待てないよ」
「四年、待ったじゃないですか」
「ちがーう」
ふた色の瞳が、イルカを見据える。
「四年と一カ月と十二日」
細かいな。しかし、それほどにこの男は待ち望んでいたのだろう。ふたたび出会える瞬間を。
「だったら、あと五分ぐらい、待てますよね」
「だってー」
「じゃあ、三分」
「……待つよ」
子供のように頬をふくらませて、カカシはイルカの体を解放した。
「蒲団を敷いてきますから」
「うん」
なにやら、ばつが悪そうに横を向いている。イルカは履物を脱いで板の間に上がった。
六畳間を横切り、奥の八畳に入る。押し入れから夜具を出して、新しい敷布をかけた。
「まだー？」
六畳間から、カカシの声。どう考えても、まだ一分ほどしかたっていないと思うのだが。
本当は夜着に着替えたかったが、まあ、それはいい。どうせ、すぐに脱いでしまうのだから。
「いいですよ」
灯りはつけずに、答えた。カカシが、ゆっくりと八畳間に入ってくる。そして、襖が閉じられた。
辿っていく。ひとつひとつ、遠い記憶を拾うように。離れていた時間を埋めるように。
「ここ……いい？」
首筋に沿って、カカシの舌がちろちろと動く。背中から腰へと、震えが走る。
「やっぱり」
カカシは手を下へと滑らせた。
「直結してるよねー、こっちと」
指がうごめく。奥まで入り込み、中に火をつける。ひざを上げて、イルカは待ち受けた。カカシが身を進めてくるのを。
「ねえ」
そのままの状態で、カカシが言った。
「いま、どんな感じ？」
「ど……んなって……」
声がうわずる。
口に出すのもはばかられるような体勢で絡み合っているのだ。そんなことを訊かれても、答えられるはずがない。
「言ってよ」
一点を刺激される。哀願するような声とともに、腰が浮いた。
「すごいね。その声だけで、オレ、いっちゃえそう」
うっとりとした表情。さらに奥をかき乱し、声を誘う。イルカはかぶりを振った。
どういうつもりなのだろう。この男は。
さっきは玄関で事を始めようとしたくせに。それほどに、欲していたくせに。なのになぜ、いまになってこんな真似をするんだ。
中を探る指は、的確にこちらの弱点を突いてきている。意識しなくても、その動きに合わせて腰が揺れる。
ほしかった。一刻も早く。この男を、全部。
「……」
耳元で、要求を口にした。当然ながら、言葉を選んでいる余裕はない。
「やーっと、言ってくれた」
カカシの唇が、きれいに笑みの形を作った。
「ほんとに？」
さらに訊く。イルカは頷いた。嘘なんか言わない。嘘や冗談で、こんなことが言えるものか。
ほしい、と。早く来てくれ、と。
頭も体も、変になりそうだった。こらえきれずに、その部分を捉える。それはとっくの昔に十分な状態になっていた。半ば強引に導く。
「なーんか、うれしいなー」
声とともに、指が引き抜かれた。代わりにさらに熱いものが食い込んできて、一気に奥まで達した。
「んっ……ん……ああっ」
血が逆流した。全身がビリビリと震える。繋がった場所から生まれる感覚が、四年という月日を消し去った。
「また一段と……よくなったねえ」
イルカの腰を掴んで身を揺らしながら、カカシは言った。掠れた、酔ったような声で。
「きれいだよー。イルカの背中。……これが、ナルトを庇ったときの傷？」
するりと指を滑らせる。イルカは敷布に顔を埋めて喘いだ。
「新しい傷って、きれいだよね。とくに、いまみたいなときは」
カカシの手が肩を抱く。上体が起こされた。内部の角度が変わり、交わりはさらに深くなる。刺激が前にまで伝わって、イルカはふたたび艶めいた声を漏らした。
下肢はすでに力を失い、体を支えることもできない。カカシに背を委ねて、その場所にかかる圧力をわずかでも少なくしようとしたが、結局は両脚を抱えられて、かえって反動を受けることになってしまった。
いったい何度目になるだろう。痺れた頭で考える。
さんざん焦らされた最初の交わりは、こちらの我慢がきかなくて流されてしまった。二度目は逆に焦らしてやろうと途中で動きをゆるめたものの、執拗にあちらこちらに標を付けられ、熱を呼び覚まされた。そして。
三度目は、いろいろとねだられた。あのときにはもう、まともな思考力が残っていなかったのかもしれない。イルカはなんの抵抗もなくそれらを受け入れた。
ということは。
少なくとも、四度目。体の自由が利かなくなっていても、不思議ではない。
視覚も聴覚も、だんだん低下していく。逆にある一部の触覚だけが、五感のすべてを集めたかのように鋭利になっていく。
待っていた。この男を。
ずっと待っていた。こうして、ふたたび肌を合わす瞬間を。
だから。
会えなかった時間のすべてを埋めるまで、何度でも感じたい。
この男の熱を。そして自分の熱を。
春の夜。朧げな月がゆっくりと空を泳いでいく。
明けを告げる鳥たちは、いまだ深い眠りの中にいた。
（了）
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