遠くから     byつう







 本当に、いい男になった。
 セキヤは約六年ぶりにイルカを見て、そう思った。
 前回の仕事を最後に、諜報部から異動したと聞いていた。そして、行った先がアカデミーだという。
 信じられなかった。アカデミーなんて、要するに子供のお守りじゃないか。
 どう考えても、イルカが子供好きとは思わなかった。あいつは、自分ですら「物」として扱える人間なのだから。
 最初に見たとき、あいつは十六だった。国境で捕虜になり、保身のために将校に体を提供していた。なんとも姑息なやつだと思った。しかし。
 自分の置かれている状況を的確に分析して、その場その場に最適な対応をしているのだと知ったとき、これは侮れないと考えを改めた。
 相手は中忍になったばかりの、青二才だ。が、その洞察力は並ではない。
 ちょっと、つついてみるかな。
 そういった好奇心で近づいてみると、なんともはや、次々といろんな顔を見せてくれた。
 面白い。そう思った。
 こいつを、知りたい。もっと、知りたい。
 セキヤの要求に、イルカは答えてくれた。もっとも、肝心なところはいつも、すり抜けられてしまったが。
 最初にカマをかけたときは言下に断られた。次に誘ったときは、わが任にあらず、と平然と言ってのけた。そしてさらに、
「それでも、かまわないんでしたら、どうぞ」
 なんとも心憎い物言いだった。
 それからも、何度か機会はあったのに、結局、体を繋ぐことなく離れてしまった。
 もう少しで手に入れられる。そう思ったときもあった。しかし、今回、その願いは永久に叶わないと知った。
 つくづく、六年、たったのだと思う。
 あの、他人も自分も同じ枠の中で計っていたような頭でっかちな子供が、あんなにゆったりとした表情をするようになるなんて。
 よっぽど、いいんだろうな。そいつが。
 任務中の様子は以前とあまり変わらなかったが、それ以外のときに見せる穏やかなやさしい表情は、まちがいなく、彼がこの六年のあいだに培ってきたものだ。
 どんなやつなのだろう。あいつを、あんなふうに変えたのは。
 できるなら、自分がなりたかった。あいつの中身を全部知って、自分の中身も全部さらして、一緒に歩けたらどんなによかっただろう。
 会うのが、早すぎたのかもしれない。
 あいつは自分の使い方を知っているだけの子供だったし、こっちはようやく地盤が固まったばかりで、あいつひとりを見つめる余裕がなかった。
 つくづく、オレは運が悪い。
 ……いや、そうでもないか。どんな形であれ、あいつに会えたんだから。





 早朝。ようやく吹雪の収まった山麓に、セキヤは立っていた。
 あと一刻。それ以上は、待たない。
 火影はイルカ救出を確約したが、先刻までの吹雪の中をここまで登ってこられる者は、そうはいない。上忍でも、ごく一部であろう。
 木の葉の上忍というと、みんな曲もの揃いだ。
 だれが来るか。セキヤはイルカが避難している雪濠を見据えた。
 と、そのとき。
 雪が一瞬、巻き上がった。白一色の中に、黒い影が現れる。
 セキヤは気配を殺した。雪濠に近づく、うしろ姿を目で追う。
 かなり長身の男だった。ようやく差し込んできた朝日に、銀色の髪がきらきらと輝いて見える。
「げっ……」
 セキヤは息を飲んだ。
「まさか……」
 男が、雪濠の中に入っていく。
「写輪眼のカカシじゃんか。うっわー、黒髪さんてば、またとんでもないのに引っかかったねえ」
 最悪だな。セキヤは肩を落とした。
 だいたい、あのカカシとそういう仲になって、どうしてあんなふうに変われるんだ?
「逆だろ、フツー」
 がしがしと頭をかく。
 カカシが、イルカを担いで濠から出てきた。二、三歩進んで、ふと立ち止まる。
 やばい。気づかれたかな。
 セキヤはじっと、息をひそめた。
 数瞬ののち、カカシの足はふたたび動き出した。印を結んで、その場から飛ぶ。
 ふたりの消えた場所に、血の跡が点々とついていた。
「……なにしやがったんだ、あの野郎」
 意識を失っていたイルカに、気付け代わりに傷でもつけたか。あの男なら、それぐらいはやりそうだが。
「ほんと、とんでもないのに捕まっちゃったねえ、黒髪さん」
 セキヤはため息をついた。
「こりゃ、やっぱ一回、様子見に行かなくちゃ」
 もちろん、カカシのいないときに。
 火影のじいさんに頼み込んで、一晩泊めてもらってもいい。うん。そうしよう。あいつがどんな暮らしをしているのか、この目で確かめたい。
 セキヤはそう心を決めて、血の跡を消した。



(了)




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