連理      byつう







 俺を知っているのは、おまえだけ。
 おまえを知っているのは、俺だけ。
 だから、なんでも話そう。なんでも聞こう。おまえのすべてを得るために。俺のすべてをおまえに浸透させるために。
 もっと、おまえがほしい。もっと、俺を与えたい。
 刃。おまえも俺を、ほしがってくれ。




 肌の起伏がぴったりと重なっている。
 離れる瞬間に名残りの音がして、思わず瞳を交わした。
「もう少し……」
 セキヤが言う。刃は頷く。
 ふたたび肌が寄り添った。荒い息が、徐々におさまってゆく。
「いま、どっち」
 腕の中で、刃が訊いた。
 わかっているだろうに。セキヤは刃の髪をゆっくりと撫でた。
「俺だよ」
「そう。よかった」
「なんだ。おまえ、オレのこと嫌いなの」
 わずかに声音が変わる。
「好きだよ。でも……そっちのセキヤだったら、このあと寝かせてくれないじゃん」
「なるほど」
 もとのトーンに戻って、頷く。
「『セキヤ』はわがままだからな」
「自分で言って、どうするんだよ」
 自分、か。セキヤは心の中で苦笑した。
 ときどき、どれが本当の自分なのか、わからなくなる。生きるために、あまりにも多くの仮面をかぶってきたから。
 おのれの意志とは無関係に与えられた「朱雀」の名。母がそれに抗って名付けた「赤也」。ほかにも、幽閉されていたあいだの呼び名や、師に連れられて各地を転々としていたときの名前など、数え上げればきりがない。
 いまの仲間を得てからは、ずっと「セキヤ」と呼ばれているけれど、それも自分で作り上げたものだ。
 思い通りに生きるために、だれにも邪魔されないために、自分を認めてくれる仲間がほしかった。そしてやっとのことでそれを手にいれたら、今度は「セキヤ」であることをやめることができなくなっていた。
 むろん、「セキヤ」の名を厭わしく思ったことはない。「セキヤ」は自分が生きてきた証し。無に等しい状態から有を造り出し、道を切り開いてきた証拠なのだから。
「……ごめん」
 ぽつりと言って、刃はセキヤの頬に手をのばした。
「どうした?」
「どっちでも、いいんだ」
「刃……」
「全部、あんただから」
 唇が重なる。
 セキヤは刃を抱きしめた。そうだ。全部、俺だよ。おまえの前では、セキヤも赤也も朱雀も、全部「俺」でしかない。
 あの忌まわしい時代の出来事さえ、「俺」がおまえとともにいるために必要であったのだと思える。人間なんて結構、単純なものだ。
「困った」
「なにが」
「これじゃ、俺でもおまえを寝かさないかもしれない」
「……いいって言っただろ」
「なんだか、いつもと立場が逆だな」
「逆?」
 刃は首をかしげた。
「おまえを、思い切り甘やかそうと思っていたのに」
「よく言うよ」
 刃はひじをついて、セキヤを見下ろした。
「そんなやつが、おれを鬼火山にやったりするの」
 それを言われると、返す言葉もない。セキヤは刃の腰に手を回した。
「もう、しない。あんな馬鹿な真似は」
「おれは、するかもしれないよ」
 抑揚のない声。
「どういうことだ?」
「もし、必要なら……必要だと思ったら、同じことをするかもしれない」
「なるほど」
 セキヤは合点した。
 はじめからそれを前提とした仕事はしないが、なんらかの要因でそのことが必要になれば。
 刃は迷わないだろう。自分の命を、あるいは仲間の命を守るために、為すべきことをするに違いない。水郷寺のときのように。
「そのときは、俺も一緒だ」
 たとえその場にいなくても。
 おまえの見るもの、聞くもの、感じるもの。そのすべてを受け止めよう。どれほどつらくても悲しくても、決して逃げたりしない。
「俺はおまえの中にいる」
 刃の黒目がちの瞳が、ひときわ大きく見開かれた。なにか言おうとしているのだが、声にならない。
 セキヤは上体を起こし、刃の体を夜具に沈めた。息が、ふたたび深く交わる。
 刃。
 俺はおまえの救いにはなれないよ。たとえ、おまえがずたずたに切り裂かれたとしても。
 俺にできるのは、おまえの痛みを感じて、ともに苦しみ、のたうつことぐらいだ。あとは……そう。せいぜい、この血塗られた手で、おまえを抱きしめることしか……。
 それでも俺は、おまえがほしい。泥にまみれても、地を這いずっても。



『いいって、言っただろ』



 鼓膜からではない。皮膚から伝わる、声。
 セキヤは顔を上げた。刃の手が、ゆっくりと背に回った。




 おまえは俺を知っている。俺はおまえを知っている。
 互いに、求めるものはひとつ。
 俺はおまえをはなさない。きっと、ずっと、永遠に。



(了)




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