セキヤ受委員会推奨作品■no,1






繭の中     byつう







 厨当番の男が、手付かずの食事を下げてきた。
「またかよ」
 醍醐はそれを確認して、ため息をついた。
「で、どんな様子だった」
「あいかわらずだったよ」
 男もため息まじりに答える。
「部屋中に蒲団敷きつめて、ごろごろしてた」
「で、メシは食わず、か」
「作っても、張り合いないよなー」
 男は肩を叩きつつ、言った。
 そうなのだ。セキヤは、この四日あまりほとんど食事を摂っていない。今日で五日目。そろそろ、危うい。
 醍醐はセキヤの私室に向かった。






 五年前に高坂の城からぶんどってきた夜具を一面に敷きつめて、セキヤは寝転がっていた。まったく、足の踏み場もない。
「おい、セキヤ」
 とりあえず、戸口で声をかける。
「……おはよ」
 力なく言って、セキヤは顔を上げた。が、またすぐに敷布に突っ伏すように横になってしまう。
「おまえ、いま何時だと思ってる」
「んー。朝じゃないの」
「もう、昼すぎてるよ」
「ああ、そう。ずっとここにいるから、よくわかんなくて」
「メシ、また食わなかったんだって?」
「腹も減ってないのに、食べなくてもいいでしょ」
 四日もまともに食べていないのに、空腹を感じないという。やはりこれは重症だ。
「じゃ、水ぐらい飲め」
「いいよー。じゃまくさい」
「脱水になるぞ」
「持ってきてよ。そしたら、飲むから」
 醍醐は仕方なく、卓の上のコップに水を入れてセキヤの側まで持っていった。土足で夜具を踏むことになったが、仕方があるまい。
「ほらよ」
「ん。ありがと」
 ゆっくりと体を起こし、醍醐の両脚に抱きつく。
「うわ……危ないじゃねえかっ」
 醍醐は蒲団の波間に倒れ込んだ。手にしていたコップがどこかに飛んだが、音がしなかったところをみると割れてはいないのだろう。
 セキヤの細い体が、ずり上がってきた。
「醍醐」
「なんだ」
「いま、ヒマ?」
「だったら、どうする」
「じゃ、殺されるよりマシだと思って、付き合ってよ」
「付き合うって……」
「いいこと、しようよ」
 醍醐はまじまじと、セキヤを見た。自分たちのあいだに、体の関係はない。むろん、そうなりたいという感情も。
 それなのに、どうしていま、こういうことを言うのだろう。
 ショックだったのは、わかっている。弟のように可愛がっていた東依が、目の前で死んだのだから。





 六日前、波の国からの帰途、セキヤたちは霧の国の忍に襲われた。波の国で行なった仕事の報復。霧隠れの忍は執拗だった。なにしろ、あきらめない。自分の命を惜しまないのだから、始末におえないことこのうえない。
 あと少しで振り切れるというところまできて、東依がセキヤを庇って倒れた。
 森の国に入る一歩手前。クナイに塗ってあった毒の回りは早かった。村に辿り着いたときにはもう、心臓は止まっていた。
 セキヤは一晩、東依に付き添って、何事かずっと話し続けていた。悲しみを、語りかけることによって癒そうとしているのだろうと、加煎は言った。
 そして。
 東依を埋葬してから、セキヤはずっと、ここに籠もっている。
 眠れないのだろうか。悪夢にうなされるのだろうか。自分などに頼らなければいけないほどに、弱っているというのか。
「まずいよ。それは」
「どうして」
「四日もメシ食ってないくせに」
「食ってなくても、できるの」
 どこに隠していたのか、目の前に懐剣が突き出された。
「すぐに終わるから、脱いで」
 本気だ。
 醍醐は決心した。
「嫌だね」
 懐剣の切っ先を押しやる。
「すぐに終わるなんざ、ご免だよ」
 セキヤは、まじまじと自分の下にいる男を見た。男の手が、セキヤの腰にかかる。
「どうせなら、ゆっくり楽しみたいね」
 醍醐はセキヤの夜着を剥いだ。





 ずいぶんと、細くなったと思う。
 もともと肉付きのいい方ではないが、絶食がたたって、ますますほっそりとしてきた。
「なんか、色気ねえなー」
 蒲団を敷きつめた床で絡み合いながら、醍醐は言った。
「……んなこと言いながら、うしろ探ってんのはだれよ」
 セキヤはすでに、息を乱している。
「いや、一応、確かめておかにゃならんだろ」
「ちゃんと……入るかって?」
「……露骨なこと、言うんじゃねえ」
 その場所をゆっくりとほぐしながら、醍醐はセキヤに口付けた。舌が侵入してくる。それに応えて、醍醐は激しく吸い上げた。
 セキヤの手が首に回り、醍醐の髪を何度も撫でる。
「できるよ、オレ……でも、さ」
 うっすらと、セキヤは笑った。
「よくしてくんなきゃ、殺すよ」
 ぺろりと、耳の下を舐める。醍醐は背中がぞわりと揺れるのを感じた。
「なるほどねえ。で、俺に白羽の矢が立ったわけだ」
 指を奥まで差し入れる。
 セキヤは息を荒げて、身を震わせた。
「おまえをこんなふうにできるのは、俺ぐらいのもんだろ」
「……ずいぶんな、自信だね」
 腰を揺らしつつ、言う。
「おう。だいたい、ほかのやつがおまえ相手に立つかよ」
「ん。……そうね。ほかのやつだったら……こっちがやっても、いいんだけど……」
「楽しけりゃ、いいってか?」
「でもいまは……そんなことしたら、ほんとに……殺しちゃいそうだから……」
 そこまで、行ってるのか。
 醍醐は眉をひそめた。それはまずい。
「そういうわけだから……諦めてね」
 わかったよ。
 醍醐は、心の中で呟いた。
「それはこっちの台詞だぜ。……どんなことになっても、文句言うなよ」
「……もしかして、縛る気?」
 醍醐には、相手を縛り上げて犯す趣味がある。
「阿呆。おまえを縛ったって、楽しくねえよ。今回は特別に、縄はなし」
「ふふん。やさしいねえ」
「そんなこと言ってられるのも、いまもうちだ」
 醍醐は指を抜いた。
「足、もっと上げろ」
「……つりそうなんだけど」
「メシ食わねえからだよ。自業自得だな」
 がっしりと脚を抱えて、極限まで開く。十分に準備されたその場所に、醍醐は侵入した。
「……んっ……っ」
 セキヤがかぶりを振る。
「どこが、いい?」
 醍醐が訊いた。
 上体を動かして、角度を調節する。いくつかの場所を試した結果、
「ここか?」
 一点を、攻める。
「まだだな」
 醍醐は繋がったまま、セキヤの体を返した。
「……っ……ばか……やろう……」
「よくなかったか?」
「そういう……ことじゃなくて……」
「いかせてやるよ。ちゃんと」
 醍醐はセキヤの腰をがっしりと掴んだ。
「だから、俺を殺すなよ」
 何度も何度も突き上げる。タイミングを計って、前にも手を回す。
 そのころには、もうセキヤは限界ちかくまで達していた。いままで聞いたこともないような甘い声が漏れる。
 まじで、まずい。
 醍醐は奥歯を噛み締めた。先にいったら、本当に殺されそうだ。
 汗ばんだ背に舌で愛撫を加えつつ、ほかの場所も刺激する。セキヤの体が大きく揺れた。
 ひときわ艶めいた声とともに、セキヤは夜具に崩れた。





 せっかくの蒲団が、台無しだ。
 そんなことを考えながら、醍醐は身繕いをした。セキヤはそのままの姿で眠っている。
 いくらなんでも、これはまずい。とりあえず汚れを落として牀に寝かさなくては。
 湯を持ってこようと房を出ると、そこに、長衣を着た男が立っていた。
「……加煎」
「おつかれさまでした」
「おまえ、いつから……」
「セキヤが声を上げはじめたときから、ですね」
 薄く笑って、扇を揺らす。
「……やなやつだな」
「ほかの者が来ては、困るでしょう」
「それはそうだが……」
「見張りをしていてあげたんですから、感謝してもらいたいですね」
「……理屈ではわかるが、気分がいいもんじゃないね」
「でしょうね。……セキヤは?」
「眠ってる」
「そうですか。……よかった」
「ああ。よかったよ」
「セキヤが?」
「阿呆」
 これで、セキヤは納得するだろう。東依を亡くした自分に。
「あとで、粥でも作りましょうか。薬草を山ほど入れて」
 加煎が言った。
「そうだな」
 醍醐は小さく笑った。
 嫌な顔をして、匙を運ぶセキヤの顔が目に浮かぶ。
「うんと、まずいやつを作ってやれ」
 醍醐は、そう加煎に注文した。



(了)




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