■セキヤ受委員会推奨作品■no,2
冬日 byつう
木の葉の里の中忍、うみのイルカが山岳地帯で遭難した。急激な天候の悪化で吹雪となり、道を外れてしまったらしい。
その事実を最初に察知したのは、木の葉の里の者ではなかった。
「間違いないの」
セキヤは確認した。
「ああ。おれたちが降りてくるころには、もう南側の道も吹雪いてたんじゃねえか」
木の葉の里に物見に行っていた仲間が、そう言った。彼らは、つい先刻山越えをして帰ってきたところだった。
「まずいことになりましたね」
加煎が秀麗な顔を歪めた。
「坊や、大丈夫かな」
醍醐も心配そうに言う。
前日までセキヤたちと行動をともにしていたイルカは、今朝早くに村を発って、山越えのルートで木の葉の里に向かっているはずだった。
「醍醐」
「わかった。行こう」
皆まで言う必要はなかった。
セキヤの顔から、いつもの笑みが消えていた。山は侮れない。いつなんどき、命を落とすかもしれないのだ。
「装備は」
「三日分ぐらいなら、用意してあります」
「五日分にして」
「御意」
会話が極端に短くなる。周囲の者たちも、すわ一大事とばかりに食料や燃料の準備をしはじめた。
セキヤは「黒髪さん」を探しにいくつもりなのだ。それなら、自分たちもともに行こう。一緒に仕事をした「仲間」なのだから。
「南のルート限定ね。醍醐は道から下。オレは上に行く。みんなも、頼むよ」
「おう。まかせろ」
「吹雪きはじめた時間からすると、まだそんなに進んでないだろ」
「阿呆。坊やは木の葉の忍だぞ」
醍醐が口をはさむ。
「そんな先入観は捨てろ。道を歩かずに、木を伝っていったかもしれねえんだ。沢も洞穴も獣道も、しらみ潰しに探せ」
「手、抜くんじゃないよ」
セキヤの冷たい声。一同は、黙って頷いた。
四日後。
イルカは見つかった。その足でセキヤは木の葉の里に飛び、火影にイルカの消息を告げた。
そしてイルカは、彼の「大切な人」に助けられた。木の葉の里の上忍にして、近隣諸国にその名を知られた「写輪眼のカカシ」に。
イルカの所在を確認した時点で村に帰還していた醍醐たちは、あとから帰ってきたセキヤが妙に落ち込んでいるのを不審に思っていた。
「あの人、助かったんですよねえ」
加煎が首をひねる。
「助かった……はずだけどな」
醍醐は自信なげに答えた。
「だったら、どうしてセキヤは昼間っから酒なんか飲んでるんです?」
「俺に訊くなよ、俺に!」
「みんなも心配してますし、ちょっと様子を見てきてくれませんか」
「おまえが行けよ」
「私はちょっと……このあいだ、地獄の一丁目まで行きましたので」
加煎はイルカのことでセキヤに意見をして、喉元に小柄をつきつけられたことがあった。
「ふん。おまえがそれぐらいで、びびるタマかよ」
うそぶきつつも、醍醐はセキヤの私室に向かった。
昨夜遅くに帰ってきたセキヤは、夕飯もそこそこに酒ビンを抱えて引き籠もってしまったのだ。
なんとなく、東依が死んだときに似てるな。そんなことを考えながら、扉を叩く。
「開いてるよー」
力のない声。やはり、あのときと似ている。
中に入ると、セキヤが牀の上であぐらをかいて、酒を飲んでいた。
「それ、もしかして二本目か?」
「うん」
「体、壊すぞ」
「ふーんだ。おまえだって、一升は軽いクチでしょ」
「ガタイが違うだろうが」
醍醐は、いかにも甲冑が似合いそうな武人の体型をしている。対してセキヤは細身で、筋肉の付き方も薄い。
「んなこと言うなら、加煎はどうよ。あいつだって、オレとあんまり変わらないじゃんか」
「あいつは耐性ができてるからな。比較にならんだろ」
子供のころから毒や薬に体を慣らしてきた加煎は、いくら酒を飲んでも酔わない。
「で、なんか用?」
セキヤはぼんやりとした目で醍醐を見た。
「みんなが心配してるぞ」
「なんて?」
「坊やは助かったのに、どうして機嫌が悪いのかってさ」
「……悪くもなるよ」
「だから、なんでだよ」
「黒髪さんのいいヒトってさ。だれだと思う?」
「さあ……。上忍らしいって言ってたよな」
木の葉の里の上忍の名を思い浮かべる。
「カカシだってさ」
「へっ?」
醍醐は耳を疑った。
「カカシって、『写輪眼のカカシ』?」
「ほかにいねえだろ」
「……まじかよ」
「まじもまじ。もー、サイアクよ」
「……だな」
醍醐は納得した。
六年前、北御門の一件に絡んで、セキヤはカカシと会っている。そのときセキヤは、カカシを「相性サイアク」と評していたのだ。
その後、下田部の荘園から脱出する際にも出くわして、あわや戦いの巻き添えになるところをかろうじて逃げ延びている。
二度と会いたくないと思っていた男が、あろうことか「黒髪さん」の相手だったとは。
「あんまりショックだったんで、途中でちょっと遊んできたんだけどさあ」
なるほど。それで帰りが遅かったわけか。
「そのときはすっごくいい気分になったんだけど、こっちに帰ってくる道々、また思い出しちゃってねー」
情けなさそうな声で、言う。醍醐は牀に腰掛けて、セキヤの頭をぽんぽんと叩いた。
「坊やが選んじまったんだから、仕方ねえだろ」
「そりゃそうだけど……もうちっと、マシなやつがいただろうに」
「男はあきらめが肝心だぜ」
「あきらめきれねえよ。アレじゃ」
『アレ』ね。まあ、たしかにあの男では納得できないかもしれない。
セキヤは杯を側卓に置いた。
「醍醐」
「うん?」
「いま、ヒマ?」
この展開は、前にもあったな。醍醐はちらりとセキヤを見遣った。
「だったら、なんだ」
「じゃあさ、殺されるよりマシだと思って……」
やっぱり、それか。
「断る」
「まだなんにも言ってないじゃん」
「言わなくていい」
「冷たいのねー」
これじゃまるっきり、東依のときと同じだ。
「今度は加煎に頼め」
「やだよ。あいつ、クスリ使うもん」
「……やったこと、あるのか?」
おそるおそる、訊く。自分が知っている限りでは、なかったはずだが。
「ないけど」
なんとなく、ほっとする。
いかん。どうして、ここで安心するんだ。醍醐は頭を振った。
「手伝ってくれてもいいじゃんか。醍醐のケチ」
「ケチって、おまえなあ……」
「ほかのやつに頼んでもいいの? オレ、そいつのこと殺しちゃうかもしんないよ」
どういう脅しだ。それは。
たしか以前も、同じようなことを言っていた記憶がある。こういうときのセキヤは、まるで駄々っ子だ。
「縛ってもいいからさー」
醍醐はため息をついた。これは、よほどのことらしい。
「……わかったよ。付き合ってやる」
重々しくそう言って、醍醐は牀の幕を引いた。
セキヤと肌を合わせるのは、二回目だ。滑らかについた筋肉に沿って、ゆっくりと愛撫する。
この前は、東依が死んだすぐあとだった。あのとき、セキヤは四日ばかり絶食していて、ただでさえ細身な上に、さらに儚なげな様子になっていた。おそらく筋肉もいくらか落ちていたのだろう。触り心地が微妙に違う。
「いいの?」
セキヤが訊いた。
「なにが」
「縛んなくて」
「前んときも言っただろ。おまえ縛っても、面白くないんだよ」
「あ、そう」
セキヤは身を横に滑らせて、醍醐の腕を逃れた。
「ん?」
どうしたんだ、と言いかけたところに、セキヤが逆にのしかかってきた。
「だったら、特別サービスね」
その部分が、セキヤの指に絡めとられた。
「おい……」
「まかせて」
細やかに、指が動く。醍醐は息をつめた。
「それは、いいって」
「じゃ、これは?」
セキヤは醍醐の顔を覗き込んだ。様子を見ながら、やりかたを変えているようだ。
「なんで、おまえ……」
こんなことができるんだ。そりゃまあ、自分ですることもあるが。
「無駄話はやめようねー」
セキヤは顔を伏せた。手とは違う感触に、醍醐は身震いした。
目の遣り場に困る。とりあえず上を向いて、いまの状況をなるべく考えないようにしたが、それもセキヤの舌の動きに阻まれてしまった。
あきらめて視線を戻す。下腹のあたりで揺れている緋色の髪をくしゃくしゃと撫でつつ、
「わかったよ。おまえが……巧いってことは」
両手で頬を掴む。セキヤの顔が上がった。
「このままいっちまったら、もったいないから」
「いいよ、オレ。二回戦、やっても」
濡れた唇をぺろりとなめる。
「涙が出るほど、うれしい台詞だねえ」
醍醐はセキヤの体を引き上げて、後ろに手を回した。するりと指が入る。
「もう……大丈夫でしょ」
セキヤは脚を開いた。ゆらりと上体を前に倒し、醍醐の肩にもたれる。
「この格好で、やるのか?」
一応、訊いてみる。この角度は結構つらいはずだ。
「ん。嫌なら、変えるけど」
腰を浮かそうとしたところを、醍醐の大きな手ががっしりと掴んだ。
「いや。これがいい」
セキヤはにんまりと笑った。ひざを前に進めて、醍醐の上に乗る。
繋がった瞬間に、わずかに苦しげな声が漏れた。体はすでにじっとりと汗ばんでいる。醍醐は下肢を動かして、セキヤの内部を刺激した。
耳の横で、吐息まじりの声が聞こえる。緋色の髪がなんども揺れて、醍醐の頬や肩をなぶった。
だいたいの場所はわかっている。あとは、セキヤを先に満足させればいい。
「ひざ、立てられるか」
耳たぶをなめるようにして、訊く。
「もっと……入れたい?」
「だから、そういう露骨なこと言うなって」
「ロコツなこと、してるじゃん」
「そりゃまあ……そうだな」
醍醐はセキヤの背を支えた。
「ちょっと、待って……」
息を整えながら、言う。
「いま、やるから」
セキヤはゆっくりとひざを立てて、さらに深く体を沈めた。
「これで……いい?」
「最高だ」
醍醐はひざの下から腕を差し込み、セキヤの腰を揺らした。体重が一点にかかる。セキヤは醍醐の肩にしがみついた。
息遣いも声も、もう余裕がない。何度か焦らしていると、セキヤが自分から動き始めた。
もう、いいよな。
醍醐がこらえていたものを解放した直後、セキヤの体ががっくりと横に崩れた。
ものを言うのもおっくうな様子で、セキヤは牀に横たわっていた。醍醐はその腰のあたりを上衣で隠して、自分は牀を下りた。
「湯を取ってきてやる」
ざっと体を拭いて、服を着る。
「んー。お願い」
眠そうな声。もしかしたら、このまま寝てしまうかもしれない。
醍醐はそっと、房を出た。素早くあたりを窺う。
いつぞやのように加煎がいるかと思ったが、今日は姿が見えなかった。とりあえず、盗み聞きはされなかったか。そんなことを考えながら、厨の戸を開けた。
「おつかれさまです」
加煎が調理台で、薬草を調合していた。うしろの炉では、しっかり湯が沸いている。
「おまえ……」
「ずいぶん長かったですねえ」
のんびりとした口調で、言う。やはり、途中までは聞いていたのか。
「みんなが帰ってきたら、どうしようかと思いましたよ」
そういえば、人の気配がない。醍醐がそれを訊くと、加煎は仕事の手を止めて、
「今夜は宴会ですからねえ。好きなだけ酒や肴を買ってきてもいいと言ったら、みんな、喜んで町まで出かけましたよ」
「宴会って……」
そんな話は初耳だ。
「だって、あの人は助かったんでしょ。めでたいじゃありませんか。少しぐらい騒いでも、だれも文句は言わないと思いますよ。それにセキヤは……」
嫣然と微笑んで、続ける。
「たぶん朝までぐっすり眠るでしょうし」
たしかに、そうかもしれない。
「手桶と練り布は、椅子の横ですから」
まったく、用意のいいことだ。
この村を仕切っているのは、セキヤではなく加煎ではなかろうか。
醍醐は真剣に、そう思った。
(了)
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