房中閑無       byつう





 果たして、これは「普通」のことなのだろうか。
 いつもイルカは思う。カカシと夜を過ごすたびに。
 男同士で肌を合わすことは、公言するのがはばかられる事項に入るだろうが、そういう性癖を持つ者はいるし、陰間茶屋のような場所もある。また、侍にしても忍にしても、男所帯では往々にしてその類の出来事は起こりうる。
 しかし、自分の場合は、そのどれにも当てはまらないような気がする。
 第一に、自分は男に欲情する性癖はない。
 抱きたいとも抱かれたいとも思ったことはないのだ。絶世の美少年と並みの容貌の妓女がいたとしたら、迷うことなく妓女の寝所へ向かうだろう。
 次に、忍として長く勤めているが、上司や同僚から誘われたことはない。
 長期の任務で里を離れ、女を買うこともできなくなると、いきおい手近なところで欲求を満たそうとする者も出てくる。実際、同期の中には遠征中、色子のように扱われた者もいた。
 それらを鑑みて、やはりこれは普通ではないと思う。この男に翻弄され、我を忘れてしまうなど。
「どうしたんです?」
 カカシが訊いた。しまった。ほかのことを考えていたことが伝わってしまったか。
「駄目ですよ。いまは……」
 皆まで言わず、その場所を吸い上げる。びくん、と体が揺れる。もう十分な状態になっているのに、これ以上刺激しないでほしい。
 いつも、追い上げられるのは自分。先に体を作られて、焦らされる。
 ほしいと言えたら、たぶん楽なのだろう。しかし、それは嫌だ。男を欲する自分など、見たくない。
 結局はカカシを受け入れ、激情のままに声を上げてしまうにしても。
「もう、いいですか」
 カカシの、いつもの声。これがあるから、認められる。自分は求められているのだ、と。
 求められて、応じているのだ。体も、心も。
 カカシが内部に押し入ってくる。くすぶっていたものが一気に燃え上がる。赤く、激しく、それはイルカを焼き尽くした。





 悔しい。
 事が終わったあと、夜具に身を埋めて、イルカは思った。
 こちらは限界近くまで達していたのに、見下ろす瞳にはまだ余裕があった。必死に声を押し殺すと、ここぞとばかりに攻めてきて、すでに知り尽くされている体は、いとも簡単に反応した。
 こんなふうに慣らされた自分が嫌だった。カカシのことは大切だ。それは変わらない。しかし……。
「ほんとに、どうしたんですか」
 カカシが心配そうに、イルカの顔を覗き込んだ。
「なんか、変ですよ」
「そんなこと、ないです」
 イルカは視線を落とした。
 自己嫌悪だ。これは。それをカカシのせいにしているだけ。
「駄目でしたか」
 真剣な顔で、カカシが言った。
「は?」
「ですから、その……タイミングが合わなかったのかな、と」
 イルカは苦笑した。いまごろ、そんなことを言われても困る。たいてい、自分が先に達しているのだから。
 そして、そのあとカカシの熱を受けて、ふたたび火を点けられてしまう。体ではなく、心に。
 イルカはカカシの背に手を回した。
「あんたこそ、へんですよ」
「そうですか?」
 ちらりと首をかしげるカカシの頬に口付けて、イルカは体を下へずらした。
 この男は、どんなふうにのぼりつめるのだろう。数え切れないほどの夜を過ごしていても、それを目の当りにしたことはなかった。
 できるだろうか。自分に。この男を追いつめることが。
 ふと、そんな考えがよぎる。
 いつも自分に施されているような行為をすれば、この男も同じようになるかもしれない。
 イルカはつい先刻為されたあれこれを思い出しつつ、カカシの体に重なった。




 思えば、こうして自分からなんらかの行動を起こしたことはなかった。
 だいたい、自分は男を求ぐ性癖はないし、この男とでさえも能動的に交わりたいとは思わない。むろん、それを厭うことはないにしても。
 この場合、どのようにすればよかったか。記憶を辿りつつ、イルカはカカシの体を彷徨した。ある一点に達したとき、ほんの少し、カカシの体が震えたような気がした。
 これで、間違っていないらしい。
 イルカはさらに、その行為を続けようとした。と、そのとき。
 カカシの両手が、イルカの頬を掴んだ。
「駄目ですよ」
 優しい声。イルカは顔を上げた。
「あなたは、そんなことをしなくていいんです」
 薄い唇が、ほんのりと濡れている。
 ぞっとした。これは、喰われる。本能的に、イルカは思った。
「それよりも……」
 カカシは手を引き寄せた。必然的に、イルカの体が持ち上がる。
「すわってください」
 やっと聞こえるぐらいの声で、カカシは言った。
 すわる? どこに……。
 イルカは自分が置かれている状況に、愕然とした。
「もう、十分でしょう?」
 たしかに、そうだった。
「さあ。ここに」
 カカシの手が腰にかかった。するりと撫で上げられて、イルカはひざを折った。
 食い込んでくる、熱い体。あまりの衝撃に、声も出ない。
「……ん……っ」
 イルカはカカシの肩にすがった。カカシは微動だにしない。
「どうしました?」
「ど……って……」
「動いてください」
 うっとりとした表情で、カカシは言った。
「そんな……こと……」
「いいんですか? このままで」
 いいわけがない。これでは、生殺しだ。
「あんた……わかってて……こんな……」
 いまさら、なにを言っても遅い。口火を切ったのは自分なのだ。
「してください。自分で」
 中でうごめくものが、早く早くと急き立てる。
「あ……」
 考えるより先に、体が行動を起こした。
 いちばん、ほしい場所に自らを導く。そう。この場所だ。そして、こうして……。
 イルカは、自分の熱のすべてをカカシに与えた。





 やはり、普通ではない。
 この思いは常識では計り知れない。
 体と心。どちらをも求めている自分がいる。
 この男でなければ、要らない。この男以外の者に、自分がここまで関わるとはとても思えない。
 なぜなのか。その答えは出ていない。が、答えを出す必要もないと思う。
 人は理由を欲しがるが、それは他人に対しての理由でしかない。自分だけがわかっていればいいことに、果たして理由などいるのだろうか。
 だから、いい。
 このまま、求めて、求められて、充足していけばいい。


 もっとも、このやり方はまずかったかもしれない。
 イルカは自分の浅慮を悔いつつ、眠りについた。



      (了)




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