あなたの居る場所 byつう 「墓参りに行ってきます」 そう言って、はたけカカシが四日間の盆休みを取ったのは、地蔵盆の日だった。 事務局でそのことを聞いたイルカは、もしそれが事実なら、明日雪が降っても驚かないと心の中で独白した。 カカシが休みを取ってまで参らねばならない墓を持っているとは、とても思えない。もちろん彼とて、木の股から生まれてきたわけではないから、二親はいるだろうが。 昨夜、カカシはイルカの家にいた。焼き茄子をつまみながら焼酎を何杯か飲み、素麺を食べた。 「可笑しいもんで、素麺っていうとやっぱり、夏の食べ物っていう気がするんですよねえ」 つゆの中にぱらぱらと刻みネギを落としながら、カカシは言った。 「蕎麦やうどんやラーメンは一年中いつ食べてもいいんですけど、素麺を真冬に食べる気はしませんね」 性格破綻者で、日常生活音痴(とイルカは思っている)のカカシの言とはとても思えない。煮麺なら寒いときでもおいしいのだが……などと考えつつ、イルカは無言のまま、湯呑みの中の練りワサビをがしがしと混ぜた。 「それ、ちょっとゆるくないですか?」 カカシが湯呑みを覗き込む。 「もうちょっと足しましょうよ」 返事も待たずに、ワサビ粉を入れる。 「うわ……なにするんですか。多すぎますよ」 イルカは湯呑みを引いた。 「ワサビばっかり、こんなにたくさん……どうするんですか」 湯呑みに八分目ほどになった練りワサビを見下ろす。だいたい、素麺にワサビという取り合わせ自体、不本意なのだ。 「男が細かいことを気にしちゃ駄目ですよ」 カカシは自分のつゆの中にワサビをたっぷり入れて、素麺に箸をのばした。 だれも、好き好んで細かくなったわけじゃない。いや、イルカ自身は、どちらかというと大雑把な性格だ。 もちろん仕事に関しては手を抜かないし、アカデミーの教師として子供たちを指導する立場上、細部にまで目を配ることはある。が、本来は、しなくて済むことならしたくないし、余計なことに口出ししてにらまれたくもない。 それなのに。 イルカは小さく嘆息した。 どうして、こうなってしまったんだろう。自分はなぜ、この男の一挙一動が気になるのだろう。 あのときまでは、遠い存在だった。ナルトたちの上司ではあったけれど、冴えない中忍の自分と、近隣諸国にその名を知られた「コピー忍者」のカカシ。言葉を交わすことすら、めったになかったというのに。 あの日の明け方、深手を負ったカカシが自分の前に現れてから、すべてが変わってしまった。隠密行動をとっていたカカシを匿い、傷の手当をした五日間。そのあと、知らぬ顔をしていればよかったのか。 『薬、ちゃんと飲んでくださいね』 事務局のドアの横。すれ違いざまに、ついそう言ってしまった。 あれ以後、カカシは自分に声をかけるようになり、食事に誘うようになり、ついには関係を結ぶことになった。 そう。自分は、男に抱かれたのだ。この、目の前で素麺をすすっている男に。 最初のときは……口封じかもしれないと思った。真剣に。 それほどに苦痛だったし、このまま命までも奪われるのではないかと考えていた。なにしろ相手は上忍。自分を手にかけたとて、いくらでも申し開きはできる。ましてや、それが里の極秘事項に関わることであれば。 しかし、たった一度、その考えがゆらいだ。何度目かの交情のあと。 カカシが、眠ったのだ。自分の横で。 信じられなかった。身仕度こそ整えていたが、クナイの一本も持たぬまま熟睡している。 殺せる。 そう思った。いまなら、殺れる。 しかし、命を預けられては、手を出すことはできない。 もしかしたら、この男は計算していたのかもしれない。自分が無防備な相手を殺せぬと。 もっとも、万が一ということはある。人は計算通りに動く機械ではないのだから。 不確実なものに命を預けた。それだけで、イルカは彼に「場所」を与えた。 おそらく世界中、どこにもない安息の地を。 そして、だれにも告げることのない二人の逢瀬は、いまも続いている。 昨夜も結局、カカシは未明までイルカの蒲団の中にいた。そのときは墓参りの話などまったく出ていない。 もしかしたら、また火影から緊急の密命が下ったのかもしれない。暗部にさえ要請できないほどの、極秘の任務。 カカシのことだ。またいつもの通り、瓢々と帰ってくるだろう。「田舎の土産」を片手に。 今回は架空の報告書を作る必要はない。なにしろ、彼は墓参りに行っているのだから。 いや、報告書はいらなくても、「田舎」の土産話を作らなくてはいけないかもしれない。カカシが死んだ父親そっくりで、田舎の親戚たちは幽霊が出たと大騒ぎになったとか、見合い話を押しつけられたとか。 任務の報告書を捏造するよりは楽しそうだ。 イルカは事務局の窓口に腰をおろし、空想の世界に遊んでいた。 (了) 戻る |