「風、雷、おいで」
一時たりとも、忘れはしなかった。
黒髪、黒い瞳。
射るような視線の一人と、あの、限りなく優しい眼差しの一人。
どちらもお前だ。サスケ。
おれのもとへ、還ってきてくれたんだな。
あの日の言葉どおりに。
輪廻 by真也
一際強く貫かれ、おれは身をのけぞらせた。
身体の中に注がれる情炎に余韻を感じながら、あいつの肩にもたれ掛かる。背に回った腕に、強く力が込められた。
熱い身体。荒い息。汗の臭い。
顔をあげると目が合った。見つめている。あの、眼差しで。
男のおれなんかに見せるのは、もったいないくらいの美しい眼差し。
愛しいと、目で告げている。
いつも思う。嬉しいと。
おまえと身体を繋げて。
おまえに与えることができて。
おまえに必要とされて。
どうしようもなく、嬉しいと。
浅い眠りより目覚めた。
隣にあったはずの温もりがない。心なしか不安になって、辺りを見回す。
小さな、森の家の中。一つしかない窓際に立つ、あいつを見つけてほっとする。
青白い光が、彫像のような横顔をぼんやりと照らしている。紅い瞳。
「どうした」
身体を起こそうとしたら、声が掛かった。だるい腰でゆっくりと立つ。傍に行った。
「おまえこそ何してたんだ。その眼で」
「いや。少し、考えていた」
「何を?」
「カカシの奴は、幸せだったんだろうなってさ」
呟いて、微かに微笑む。
遠い視線。その眼には、何が視えているのだろう。
『生ける英雄』と言われた人が亡くなった瞬間、写輪眼はサスケに彼の最後を伝えたという。
彼らはその刹那、何を話したのだろうか。
「たぶん、そうだよ。イルカ先生と生きられたんだもの」
「ああ」
「サスケは、どう?」
「なにが」
「いつか、別れるまでの限られた時間でも、一緒にいたいか?」
「俺は別れない」
「でも、死別ってこともあるだろう?」
「俺は死なない」
「それは無理だろう?誰だって・・・」
言いかけて、言葉を止めた。サスケが、あまりにも嬉しそうに微笑んだから。
右腕が伸びる。そっと抱き寄せられた。合された肌から、体温が流れる。遠くに、鼓動。
サスケの『生』を伝えている。
「暗部にいた時、半年ほど研究所に居たことは話したな」
「ああ」
「その時、サンプルを採った。細胞も、DNAも、精子も。俺を残せる可能性のあるもの全部。お前も知る通り、今でもあそこに行っている。でないと、俺のあとに写輪眼は生まれないからな」
そう言って、やわらかに笑んだ。頬に手がそえられる。
「俺が必要なのはお前だけだから。心は他の奴にはやれない。でも、俺を残すことはできる。お前のために」
唇が合さる。あいつの舌が滑り込んできた。一つ一つ、確かめるように動いて。息を、声を、吸い取ってゆく。
「俺は、還ってくるんだ。お前のもとに。何度でも」
「サスケ」
「だから。次も、その次にお前の所に現われた時も、俺の欲しいものをくれ」
頬に、額に、触れるだけのキス。
「約束してくれ」
黒曜石の瞳でおれが揺れる。
言葉が出なくて、何度も首肯いた。
その日からいくつかの年を経たある冬の日、あいつは倒れた。
仲間と薄紅色の髪の下忍を逃がす為、全力を尽くした。
もう一度よみがえる為に、その下忍に両眼の紅を託した。
そして、今。
「やっと写輪眼の現われる子供が出来たんです。これもあの時、うちは上忍が我々に写輪眼を残して下さったおかげです」
眼鏡に、殆ど白髪になってしまった髪。その研究者は話した。
「ただ、我々は写輪眼を作ることは出来ても、それを使う方法を教えることは出来ません。ですから、火影であり、もっとも写輪眼をよく知るあなたに、この子たちをお願いしたいと思いまして」
二人の子供を連れてきた。
「名前は?」
「うちは上忍にあやかって、風(ふう)に雷(らい)と、つけました」
「そうか」
おれは、微笑んで手招いた。
「風、雷、おいで」
一時たりとも忘れはしなかった。
黒髪、黒い瞳。
射るような視線の一人と、あの、限りなく優しい眼差しの一人。
どちらも、お前だ。サスケ。
おれのもとへ、還ってきてくれたんだな。あの日の言葉どおりに。
「いっても、いいの?」
「ああ」
「何も嫌なこと、しないだろうな」
「もちろんだ。さあ、おいで」
言うと同時に、駆けてきた。両腕に、温かい身体を抱きしめる。
「写輪眼を見せてもらってもいいかい」
「いいぜ」
「うん」
四つの火が灯る。
懐かしくて、奇麗な瞳。
かっこ悪くても、流れてゆく涙。止められない。
「どうして泣くの」
「嬉しいからだよ」
「会えて、うれしいのか」
「うん。そうだよ」
「お前は、俺達にとって大切な人だと聞いた」
「ぼく達も、あなたにとって必要だって聞いたよ」
「そのとおりだ」
「じゃ、くれるか?」
「ぼくらの欲しいもの」
「ああ。あげるよ。欲しいもの全部。おれの話を聞いてくれるかい?」
首肯く子供達の頭を撫でた。
何から話そう。
話したいことがたくさん、たくさんあるんだ。
おまえたちに。
end
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