幸福な結末 by真也
「なんか、面倒くさそうだな。結界って」
「そうか?使いなれると結構便利だと思うが」
「だって、相手をやっちまうわけじゃないだろ?入られなくするだけなんて、辛気くさいぜ」
「だが、力の使い方と素質によっては、かなり広範囲を守ることができる」
「広範囲ったって、里全体を守るわけにはいかないだろ。せいぜい、おまえん家くらいじゃないの?」
口の減らない金髪に一発、拳を落とした。
「いてぇな!」
「馬鹿」
「なんでだよ!」
「里全体に結界を張る。それを成し遂げている者は、いるだろうが」
「あ・・・そうか」
里全体に結界を張って守る者。即ち火影である。
「でないと、おちおち暮らしていけないだろう?」
「はは。そうだよな」
じろりと睨むと、バツが悪そうに頬を掻いた。誤魔化しに笑っている。また一つ、ため息が出た。
「ともかく、精神集中と意志の力がモノを言う」
「意志の力?」
「ああ。里を、大切なものを守りたい。何ものにも侵させはしない。と、いう意志だ。それが見えない障壁、即ち結界となる」
「思うだけなら、簡単そうなんだけどな」
「なら、やれ」
「やるよ。ちぇっ」
「まずは気を最大限に高めて、それを固定化して維持するんだ。次にそれに意志の力をのせて、結界力に変換する」
「ちょっとまて」
「なんだ。集中しろ」
「訊くけどさ。気を高めて固定化、維持って・・・・どのくらいするんだよ」
「そうだな。取り敢えず一日」
「ええっ!一日中かよ」
「何を言っている。俺の家など一年中、結界張っているぞ」
「おまえと一緒にするなよ」
「うるさい。それとも、もう降参か?ま、俺はそれでもいいがな」
「まだそんなこと言ってないだろう!」
「じゃ、やれ」
短く言い捨てる。ナルトは口をへの字に曲げて、補助印を切った。周囲の気が渦巻きだす。相変わらず、規格外なチャクラ。
『さすがだな』
俺は目を見張った。
ナルトに足りないのは、膨大なチャクラを上手く御するだけの経験と気を変化させて活用する技術だけ。何もしなくても、数年たてば自分で獲得するだろう。しかし、それまで待ってはいられない。火影になるのならば。
『よし。そのまま維持だ』
あいつを見つめて首肯く。次に固定化。ナルトはそのまま、手印を結界印に変えた。気の流れが変わる。だめだ。未だ早い。
「印を解け!」とっさに叫ぶ。まずい。あのままでは、崩れた気の流れに囲まれてしまう。右手が反射的に動いた。
「うわっ!」
投げられたクナイを避けて、ナルトがバランスを崩した。その拍子に手印が解かれる。よかった。
「何すんだよ!」こちらを睨んでいる。
「お前が悪い」睨み返した。
「なんで」
「あのまま手印を組み続けてたら、崩れた気に切り刻まれてたぞ」
「うそ」
「嘘じゃない。結界技は諸刃の剣なんだ。だから、気を変化させる時は油断するな」
ナルトが首肯いた。今度は神妙に聞いている。少しは事の重大性が分かったか。
「気を高めるまでは上手く出来ていた。もう一度、やってみろ」
俺は苦笑して、あいつに促した。
『ここらで昼飯にしようぜ。腹が減っては戦はできぬってね。おれ、なんか買ってくるわ』
ナルトは下町へと駆けだした。まあ、それもいいだろう。俺は今日何度目かのため息をついた。
初夏の日差しが照りつける。俺は木陰に座り、本を開いた。紅い眼で視つめる。
『先は、まだ長いな』
もう殆ど覚えてしまっているページをめくる。カカシの残した本。イルカ先生の残した巻き物。
それには、写輪眼でのみ解読できる暗号で、膨大な情報が記されていた。禁術。近隣諸国の情勢。木の葉の里全体の機密事項と歴史。そして、火影に必要とされる力。結界力。
ここ二、三年ほど、三代目火影の結界力は目に見えて衰えていた。無理もない。かなりの高齢なのだから。正直、いつ寿命がきてもおかしくない。結界力からいってあと二、三年。でも、それは仕方がない。問題なのは、次の担い手が決まっていないということだ。
『上忍が揃いも揃って・・・・・何をやっているんだか』
自然と、口元が皮肉に歪む。火影候補。日々を費やして古参上忍や、長老たちが話し合っている。なのに、未だ決まらない。
一年前まではカカシがその最たるものだった。しかし、奴はそれを辞退した。充分火影たる力は持ちえていた『生ける英雄』が、だ。だが気持ちはわかる。火影になってしまえば、第一線では戦えない。民をまとめ、里を守り続ける長い戦い。自分一人が戦えばいいというものではない。すべての者の心を動かさなくてはならない。
俺にはできそうにない戦い。でも。あいつなら。
『おれ、火影になるんだ!』
少年の日、あいつはそう言った。その言葉が俺を動かし、カカシを動かした。そして今、あいつは着実に登っている。長となる者への階段を。
時が経てば、労せずになれるだろう。戦士としての強さも、皆の心を動かす天性もそろった。あとは、皆を守りきる結界力。即ち意志の力だけ。
俺はぼんやりと考えた。ナルトが火影になる。それは夢の結末。そして、違うものの始まり。
あいつが火影になったら、もうこんなに一緒にはいられないだろう。いつか、その瞬間は確実に訪れる。俺は目を閉じた。押し寄せる不安。答えは出ていた。が、認めることは出来なかった。
別離。あいつと別れるその時。俺は、あいつを手放せるのだろうか。
「怒ってんのかよ!」耳に響いた。ナルトの声。強い口調だ。驚いて見上げる。覗きこむ碧い瞳。
思考はそこで途切れた。
「ナルト?」
「遅かったのは悪かったけど、それくらいで怒るなよな。ケチくさい」
「怒ってなどいない」
「じゃ、なんだよ」
「考え事をしていた」
「ふうん。またか。ほら」
握り飯を手渡される。お茶と、手軽に食べれる惣菜。
「いろいろ考えるのもいいけどさ。すきっ腹でやっても、ろくなことねぇぜ」
にっこりと笑う。俺の好きな、温かい笑み。引き寄せて唇を重ねた。抗うことなく、受け入れる舌。満足するまで甘く絡めた。
そうだな。考えても詮ない事だ。
その時まで、進むしかない。
後戻りは出来ないのだから。
幸福な結末。そんなもの、いらない。
ただ、お前がいれば。
それで、いい。
end
戻る