五代目の日常 by真也
それは、穏やかな春先の日。ゆるやかな風に、杏の白い花びらがはらり、はらりと舞っていた。
木の葉の里の郊外。一軒の古いが、しっかりした造りの家の庭で、男が子供達に稽古をつけていた。黒髪に黒い瞳。年の頃は三十半ばといったところだろうか。
「えいっ!」
黒髪の子供が踏み込んで、突いた。男がスッとかわす。すかさず、もう一方から小さな手がのびた。黒髪黒眼の子供。先ほどの子供と同じ顔。
「いただき!」
「甘い」
男は右手を振り下ろした。すんでで、子供がそれを避ける。飛びのいて、距離をとった。
「ほらほら、腰がはいってないよん。刃を負かすんだったら、もうちょっと頭、使わないとねー」
縁側に座っていた男が声を投げた。少し高めの、張りのある声。朱髪に鳶色の目がきらりと光る。
「クソっ!」
子供の一人が叫んだ。黒い瞳が相棒へと向けられる。同じ色の瞳が頷いた。めまぐるしく動き回り、同時に目を瞑る。再び開かれた瞼から、紅い眼が現れた。瞬間。
「こら」
朱髪の男が子供達の首根っこを押さえた。そのまま二人を衝突させる。額同士が合わさって、ゴチンと鈍い音がした。
「痛い!なにすんだよ!」
一方の子供が額を押さえて言った。口を尖らせ、いかにも負けん気が強そうである。
「おまえ達、そりゃ反則でしょ」
「うるさい!そっちこそおとなだろ!」
「大人でも子供でも、ズルはいけないんだよん」
「クソジジィ!」
「ジジイじゃなーい!オレはセ・キ・ヤ!」
男が右手をあげると子供は頭を抱えて逃げた。どうやら、しょっちゅう小突かれているらしい。大人と子供の鬼ごっこを横目で見ながら、黒髪の男と片割れの子供はため息をついた。お互い、ちらりと目を合わせる。
「のど、乾いたな」
「ぼくもおなかすいちゃった。サクラおばちゃんに何かもらってくる」
子供が奥へと消えた。男はいつものことだというような顔で、追いかけっこを見続けている。どうやら止める気はないらしい。
「つーかまえた!」
「はなせ!」
ついに朱髪の男、セキヤが子供を押さえ込んだ。子供がばたばたと暴れる。
「んじゃ、おしおきするかな〜」
「やめろーっ!」
わきわきと準備運動のように手を握って開き、子供に拳骨を落とす瞬間、その場の空気が揺れた。風が巻き起こる。
「はい、ストップ」
風の中から、金髪碧眼の長が現れた。
「ナルト!」子供が叫んだ。
「よう。ひさしぶり」セキヤがにやりと笑う。
「大人気ないぜ、子供相手にさ」五代目火影が笑いながら言った。
「だってそいつ、生意気だし。やっぱ、血は争えないね〜」
「ま、そんなもんかな」
苦笑して、ナルトは子供へと目をやった。
「雷(らい)、おいで」微笑んで、手招く。子供は飛ぶように走って来た。勢いよくぶつかってくるのをがしりと受け止める。頭を撫でられて、雷は輝くように笑った。
「稽古つけてもらってたのか?」
「刃お兄ちゃんにな。あいつは違う」
「お前、もっかい殴るよ」
セキヤが口を尖らせた。右手をあげると、雷がサッとナルトの後ろに隠れる。少し顔を覗かせて、フンと鼻で笑った。
「あっ、こいつ!」セキヤが雷を掴もうとした。ナルトが『まあまあ』と遮る。
「セキヤ」
ついに、刃がため息混じりに言った。セキヤがちろりと目をやる。バツが悪そうに肩をすくめた。
「ちぇっ、みんなお前の味方かよ」面白くなさそうに、雷を見やって言う。そのまま踵を返した。
見られた子供は『助かった』という体で、火影の背中から出てくる。途端。朱髪の男が頭をこづいた。
「痛ぁ!」
「油断大敵。まだまだ甘いよん」
「畜生!ズルしやがって!」
怒った子供が掴み掛かる。セキヤはひらりと飛び退いた。鬼ごっこが再度始まる。
金髪碧眼の長と黒髪黒眼の男が同時にため息をついた時、奥からサクラの「お茶が入りましたよー」という声がした。
縁側には色とりどりのぼた餅と、温かいほうじ茶が運ばれていた。火影と朱雀が腰かけて茶を飲む。子供たちは刃との組手を再開していた。庭の木々に、子供たちの明るい声が響き渡る。くるくると表情を変え、活き活きと笑う。
「国のほうはいいのか?」
ぼそりと、金髪の長が訊いた。朱髪の長がちろりと見やる。
「おまえこそどうよ。どうせ抜けてきたんでしょ?」
図星を指されて、ナルトが息を詰めた。頬を掻きながら、ぼそぼそと呟く。
「ちょっと、煮つまちゃってさ」
「砂か?」
「秘密。いろいろあんだよ。あんたもわかるだろ?」
苦笑しながら切り返した。
「オレんちは、それ専属で悩んでいるのがいるからねぇ」
にやりと笑って返される。五代目火影は、がっくりと肩を落とした。
「ナルトも来いよ!」雷が呼ぶ。
「雷、サクラおばちゃんに怒られるよ。ちゃんと、火影さまって言わなきゃ」
片割れの子供、風(ふう)がたしなめた。
「いいだろ!ナルトはナルトだ!」
「ほら、左が開いてるぞ」
「あっ、待って!」
「駄目だよ。雷の負け〜」
「くそっ、もう一本!」
組手は続く。子供たちの歓声と共に。金髪の長は碧い目を細め、それを見つめていた。緩やかな風が長めの前髪を揺らす。
「先が、楽しみだな」朱髪の長がぽつりと訊いた。
「ああ」
穏やかに返す。温かな微笑み。心に沁みるような。誰かがしていた。記憶の中の、一番奥にある笑み。
セキヤは懐かしい気がして、くすりと笑った。
「火影様!」
張りのある、甲高い声が聞こえた。
「・・・・やばい」ナルトがぼそりと呟く。
庭の端にある勝手口から、若い女性が現われた。薄紅の髪を高い位置できりりと結わえ、手には書類やら、ファイルやらを抱えている。二十前後であろうか。引き結ばれた口元が、意志の強さを示している。女性はセキヤと刃の姿を見つけ、律義に一礼をした。
「よ、アン」
「やっぱり、ここにいらっしゃったんですね!午後から会議があると、あれ程申し上げましたのにっ」
つかつかと火影の眼前に進み、抱きしめていたファイルや書類をずいと差し出す。
「なんだ?」
火影は首を傾げる。
「会議の資料ですっ。どうせ、目を通されてないのでしょう?」
目くじらをしっかりたてて、ピンクの髪の侍従は言った。火影が顔を引き攣らせる。
「アン・・・。そう怒んなよ」
「では、目を通されたのでしょうか?」
大きな緑の目が、ぎろりと睨む。
金髪の長は逃げ腰になりながら、『・・・・見てない』といった。
「ともかく、皆様もうお集まりです」
「じゃ、今から行こうか」
「当たり前ですっ」言葉と共に、侍従は火影の服をがっしり掴んだ。朱髪の男に一礼し、踵を返して進んでゆく。金髪の長がずるずると引きずられた。
『じゃあな』ナルトは目で合図する。セキヤも片手を上げて、見送った。
二人の姿が消えてから、朱雀は大きく伸びをした。
さて、そろそろ限界だな。きっと、あの男は待ちうけているはずだ。これ以上は、奴に何を言われるかわからない。言われるだけならいいが、例の粥を食うのはごめんだ。
「刃、オレたちも帰るぞ」
その声に、黒髪の男は組手をやめた。子供たちがまとわりつく。
「ええっ、帰るのか?」
雷が言った。
「また、ヒマんなったら来てやるよん」
「お前じゃない!刃兄ちゃんに言ってるんだ」
「くそがき!」言葉と共に、拳が落ちた。雷が頭を抱える。その横で、風が刃に「また来てね」と囁いていた。
「二度とくるな!」
「うるさいよ」
「刃兄ちゃん、またねー」
「ああ」
二種類の見送りの言葉を受けながら、セキヤは印を組んだ。風が巻き起こる。
「セキヤ、一応言うけどさ」刃がぼそりと言った。
「なによ」
「今朝、加煎が薬草の用意してたよ」
「げっ。それ早く行ってよ。いそいで帰らなきゃ」
「もう、遅いと思うけど」
風が彼らを包み込んだ。ふわりと舞い上がって、消えた。
手を振っていた子供と仏頂面で睨む子供はそれを見届け、家の中に入っていった。
ゆっくりと、過ぎてゆく。
穏やかで、平凡な日常が。
多くの怒りと、哀しみと、命と引き換えに掴んだ至高の宝が。
願わくば、時間よ。
このまま、緩やかに過ぎて。
子供たちのために。
end
あとがき>
これで、サスナルを主人公とする『鳥』シリーズは一応、終了です。
カカイルから遠ざかっているにもかかわらず、ここまで読んでくださった皆様に、心からの感謝を捧げます。
本当にありがとうございました。
次回からは第三世代、風(ふう)、雷(らい)、鈴(りん)を中心とする物語が始まります。
第三世代のテーマは『夢』です。ナルトとサスケは、自分たちの本当の夢を叶えることが出来ませんでした。
その切ないまでの『夢』を、第三世代の主人公、雷と鈴(と、風)に繋いでいければと思います。
もし、お気が向かれましたら、夢の行方を覗いてやってくださいませ。
真也拝
つうコメント>>
かつてカカシが住み、サスケが引き継ぎ、そしていまは、雷や風が暮らす家。
すべてを見つめて、見守って、封じてきた家に、みんなが集まっている。
次世代「鳥」シリーズのラストに相応しいお話だと思います。
そして、物語はさらに第三世代「夢」シリーズへ。
ナルトサイドと平行して、セキヤサイドの物語を進めさせていただきます。
皆様、よろしくお願い致します。
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