五代目の邂逅
   byつう








 木の葉隠れの里の五代目は、今日も旧知の中忍に小言を食らっていた。
「どうして、こう、次から次へとご予定をお忘れになるのか、私といたしましては、理解に苦しみます」
 桃色の髪をした側仕えの中忍は、ことさら丁寧な物言いで木の葉の里の最高権力者である火影に対峙した。
「本日は、森の国の国主と会見の予定が入っていると、今朝いちばんに申し上げたはずですが」
 と、そこで言葉を切る。
「……なに笑ってるのよ」
 昔と同じ口調。五代目火影は、さらに碧眼を細めた。
「いや、やっぱり、サクラは元気なのが一番だと思ってさ」
「それはこっちのセリフよ」
 サクラは予定表と、森の国に関する書類を執務机に置いた。
「どこに行ってたの」
「ん。ちょっとな」
「ちょっとじゃ、わからないわよ」
「ちょっと……ぼんやりしたくて」
 里に出ていた。川縁の土手にすわって、水面をながめて。
「そう」
 短く言って、頷く。
「でも、ひとこと断ってからにしてね。リーさんも、心配してたんだから」
 友人の顔になって、サクラは言った。
「悪かったよ。これからは気をつける」
 殊勝な顔をして、五代目が頭を下げたとき。
「失礼いたします」
 戸口で、きびきびとした声がした。
「皆様、お揃いです」
 桃色の髪をうしろできっちりと結わえた少女が、直立不動でそう告げた。
「ああ、アン。いま行くよ」
 五代目は少女に向かって、微笑した。
 本当に、よく似ているな。いつもそう思う。外見も性格も、見事にサクラとリーが合体しているのだから。
 あいつが守った命。あいつが自らの分身を託した少女。あんな目に遭っても、まだここにいてくれるなんて。
 下忍としてはじめての任務で、彼女は生死を分ける凄惨な事態に遭遇した。その精神的な打撃は相当なものだったろう。が、それでも、彼女は忍として生きることを選んだ。
「私は、木の葉のために働きます」
 両親の前で、アンはそう言ったという。
 とはいえ、里の外での任務は危険が大きい。事実上、祖父のような立場のガイが「アンは里に置く!」と主張して、スリーマンセルからは外れ、本殿の執務室付きの事務官見習いに転属することになった。
 奥殿の庶務を仕切っているのはサクラだし、火影の護衛としてリーもいる。両親の側で働けば安心だと考えたのだろう。
「会見は短時間で終わるはずだ。宴の用意を頼む」
「承りました」
 アンは一礼して、踵を返した。それを見送って、
「サクラ」
 五代目は書類を押し戻した。
「これは、もういい」
「え? でも……」
「必要ないんだよ」
 くすりと笑って、立ち上がる。
 そう。こんなものは要らない。森の国の国主が、「朱雀」ならば。
 五代目は前を見据えて、会見の場へ向かった。





 森の国は、この春に雲の国から独立した。長年、属国として甘んじていたのだが、独立するとなるとそれなりのリスクもあって、なかなか民の意向がまとまらなかったのだ。
 それが、なぜか自分が五代目火影として就任してからとんとん拍子に話が進んだ。雲の国も、どういうわけか木の葉との友好を深める方向で動き始めて、火影としては願ったり叶ったりだったのだが。
 本殿の広間には、すでに主だった上忍たちが集まっていた。守役とも言うべきアスマや紅。ガイやリーたちもいる。
 五代目が席に着くと、正面の扉が開いた。
「森の国の国主さまが、お見えです」
 末席に控えているのは、事務局の古参の職員だ。
 扉の向こうから、明るい緋色の髪をした男が入ってきた。
 ああ、やっぱり。
 ナルトはわずかに口の端を持ち上げた。
 朱雀。その名を聞いたときから、そうだろうとは思っていた。
 燃えるような赤い髪、焦土の瞳。細身の体ながら、まとう空気は記憶にある「赤毛のおっさん」そのままだった。
 イルカ先生、見てるかい。
 ナルトは、心の中で呟いた。
 おっさんが、来たよ。国主だってさ。笑っちゃうよな。でも。
 おれだって、もう「火影」だもんな。
 二人のあいだに、これまでの歳月を物語る静かな「気」が流れた。
「お初にお目にかかる」
 にんまりと、男は言った。
「わたくしは森の国主にて、朱雀と申します。なにとぞ、お見知りおきくださいますよう」
「ごあいさつ、いたみいる。ご滞在中、不自由なきよう取り計らおう」
 作法通りの返礼を聞いて、朱髪の男は満足そうに一礼した。
『いっぱしのこと、言うようになったねえ』
 昔と同じ、声が聞こえる。
『あったりまえじゃん』
 こちらも、返事を返す。
 朱雀と名乗った男は、ほんの一瞬「セキヤ」の顔を見せた。が、すぐに国主の面に戻り、うしろに控えていた侍者を側ちかくに召した。
 漆黒の髪と、同じく黒い目。背筋をのばし、上座へ進む。隙のない身のこなしだった。体術ならリーといい勝負をするかもしれない。ナルトはそう思った。
「いまよりのち、この者を当方の使者として御館に遣わすこともあろうかと存じます。よしなにお引き回しのほど」
「承知した。名は?」
「ジンと申します」
 黒髪の青年は言った。黒目がちの瞳が、まっすぐナルトを見つめていた。
 どこかで、会ったことがあるような……。ああ、そうか。
 ナルトは合点した。以前、セキヤが雲の国の特使としてこの館にやってきたとき、側にいた侍従だ。あれから、もう十年以上たつ。
 お互い、いろんなことがあったよな。ほんとに、いろんなことが。
『火影さま』
 幕の陰から、サクラが目配せをした。わかってるって。次の間へ案内すればいいんだろ。
 ナルトは小さく咳払いをして、
「こちらこそ、今後ともよしなに。ささやかながら、一席用意いたしましたゆえ、あちらへ」
 隣室への扉を示す。セキヤは頷いた。
「では、お言葉に甘えて」
 事務局の職員が緊張した面持ちで先導する。セキヤと黒髪の侍者は、次の間に入った。上忍たちがそのあとに続く。
 アスマと紅が、ちらりとナルトを見た。ガイはにんまりと笑っている。
 みんな、わかってるんだよな。ま、当たり前か。
 間違っても、森の国とだけは事を構えちゃなんねえな。……そう。少なくとも、あのおっさんが生きているあいだは。
「サクラ」
 ナルトは口を動かさずに、言った。
「はい。なにか」
 幕の横に跪座して、命を待つ。
「宴が終わったら、朱雀どのを奥殿に」
「承知」
 側仕えの中忍は、厳しい表情で御前を辞した。
 火影が他国の使者を奥殿へ招くのは、極めてまれである。人払いと、常に倍する警備。その手配が必要だ。
 おっさんの手の内、見せてもらうよ。全部は無理だろうけど。
 薄ものの上衣をひるがえし、五代目火影は一歩を踏み出した。



(了)




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