祝福 by真也 はっきりした眉。意志の強い口元。大きく見開いた目。 それとは対照的な、薄紅の髪。 赤ん坊は、おれ達を見据えていた。 「なんか、すごい濃いな。男、だよな?」 「馬鹿。女だ」 ぼかりと殴られた。 「殴ることねぇだろ!」頭を抱えて抗議する。 「普通、赤ん坊の性別がわからない時は『女の子ですか?』と、訊くんだ。ボケ」 「なんでだよ」 「男の子に『女の子ですか?』と訊いて間違っても、『女の子みたいにかわいいから』と、言い訳がつく。女の子に男かと訊いてしまったら、後のフォローが効かないだろうが」 「あっ、そうか」 「ナルト君!サスケ君も!うちのアンを見に来てくれたのかっ!かわいいだろう〜」 一際濃い、青春上忍がおれの肩をガクガクと揺さぶる。一瞬、その迫力に言葉を失った。サスケの片眉がピクリと上がる。 「ガイ上忍。ちょっと!痛いってば」 「おっ、すまん。つい熱血してしまった。さあ!ゆっくりして行ってくれたまえ!」 濃ゆい上忍は、おれの背中をバンバン叩いて、リビングへと消えた。 「いつから、あの人んちの子供になったんだ?」 「さあ。どっちかというと、じじい感覚、だな」 「ナルトさん、サスケさんも。来て頂いて有り難うございます!どうぞサクラさんにも会っていってくださいね」 ロック・リーが奥から出てきた。ピンクのエプロンが眩しい。彼はつい最近、おれと共に上忍になった。 「リー?あの、それ」 「ああ、これですか?サクラさんが産後で安静にしないといけないので、おれが家事やってるんですよっ。今日は腕をふるいましたから、いっぱい食べていって下さいね!」 「あっ。それ、ちょっと楽しみ」 「何故だ」 「リーの料理はうまいんだ」 「どうして知ってる」 「えっ?風邪の時、お粥作ってもらったから」 「・・・・何」 一瞬、しまった。と、思った。ともかく、誤魔化しておこう。 「ま、おまえも喰ってみなって」 引き攣った笑いを浮かべる。あいつがじっと、見つめていた。 「ナルト。サスケ君もいらっしゃい」 奥の部屋でサクラが迎えてくれた。 ベッドの上で座っている。心なしか、やつれているような気がする。 つい一ヶ月前までは、元気な妊婦だった。妊婦のイメージそのものを覆すほど。大きなお腹を抱えて、臨月まで立派にアカデミーの授業をこなした。もちろん、体術などはおれやサスケが助っ人としてやっていたのだが。 あのサクラがここまで儚げになるとは。出産とは、侮れない。 「サクラ。大変だったか?」 「馬鹿。まずは『おめでとう』だろうが」 「サスケ君、ありがと。ナルト。もちろん、たーくさん!大変だったわよ」 「・・・・痛かったか?」 「そりゃあ、ものすごく」 「うう。男でよかった」 「何言ってんの。でもね、何とかなるもんよ」 「そうか?」 「うん。身体がね、ちゃんと耐えられるようになっているのよ。女って凄いわ」 「でも。その、がんばったな。サクラ」 「うふふ。サスケ君に誉めてもらえるって、そうないわね。嬉しくなっちゃう」 首を傾げて、新米の母親は微笑んだ。優しさが、滲み出るような笑み。 あまりに美しくて、呆然と見とれた。 おれが欲しくて、もらえなかったもの。 「名前、なんていうんだ?」 「アンよ『杏』と書いてアン」 「『桜』の子供が『杏』か」 「かわいい名前だな」 「ありがと。両親そっくりでしょ」 「えっ。そ、そうだな」 「上手く分担して似ている」 「なんだか変な言い方ね。ま、いいわ」 「カカシには知らせたのか?」 「一応、手紙でね。近々、ガイ先生がカカシ先生や皆のところまで、アンの写真を配達してくれるんですって」 「はあ」 「そうか」 「写真、五十枚ほど焼き回ししたらしいわよ。同じやつ」 おれ達は、複雑な顔で首肯いた。いや、個人の自由だ。外野がとやかく言ってはいけない。 サクラがくすりと、笑った。少女の頃のままの、困ったような顔で。 「いいじゃない?嬉しいのよ。ガイ先生も。リーさんも」 「そうだな」 「アンが生まれて、皆が喜んでくれる。これ以上、幸せなことってないわね」 「ああ」 「さっ、食べに行きましょうか。産後って、お腹が空くのよ」 サクラが立ち上がる。おれ達は、リビングへと足を向けた。 「なんか、凄いよな。サクラって」 帰り道、おれはサスケを振り向いて言った。あいつは黙って、聞いていた。 彼女は常に、先を行っているような気がする。何事も恐れず、真っ向から受け止めて。 おれ達にはない、サクラの強さ。 『母親』になって、更に強くなったのかもしれない。 「あのさ」おれは足を止めた。 「なんだ」 「おれも・・・ああだったのかな」 「たぶんな」 「生まれて、喜んでくれたかな。その、お母さんてやつ」下を向いたまま、おれは言った。 ずっと気になっていた。 九尾の封印を架せられたおれ。産んだ母親の気持ちは、どうだったのだろう。不安が押し寄せる。 でも。それでも、信じたい。 自分が必要とされて、生まれ出たことを。 急に、サスケの手が身体にまわった。しっかりと抱きしめられる。触れ合った部分から、体温が伝わった。 おれは、ただ、両手を握り締めていた。 「きっと、喜んでたさ。サクラの様に」 「サスケ」 「そうでなくても、俺は感謝している。お前を産み出した女性に」 見上げた視線のすぐ先で、黒い瞳が愛しげに揺れている。 「でないと、お前に会えなかった」 唇が微かに触れた。羽根のような、軽い口づけ。 目を閉じて、もう一度。 「ナルト。子供は好きか」 「うーんと。嫌いじゃないと思う。木の葉丸とか、好きだし」 「そうか、よかった」 「えっ」 「いつか、子供の俺をみてもらうだろうからな」 「何っ。おまえ!まさか・・・」 「馬鹿。女には興味ない。あったら、お前といないだろうが」 「?わかんねぇよ」 「わかんなくていいよ。今は」 ふわりと笑った。おれの好きな、あの笑顔で。 あとは、何も言えなかった。 ぐいと引き寄せられる。耳元に、言葉を落とし込まれた。 「拗ねんな。今夜、証明してやるから」 ことばの意味に、身体が熱くなる。 「リーの粥の事も聞きたいしな」 次の台詞に、頭が冷めていった。 おまえには、かなわない。 おれはおまえとの間に、何も産みだせないけど。 それでもやっぱり、おまえといたい。 だから、おれも感謝するよ。 産み出してくれた存在に。 おまえに、巡り合えたのだから。 <END> |