その里の長はゆっくりと弱っていった。薄皮が一枚一枚、剥がれおちてゆくように。
 ついに彼は飛べなくなり、萎えた足で歩き続ける。 
 空を見上げながら。






空が高すぎる
 by真也







 全神経を研ぎ澄ませ、封印を施した。次に、結界。
 内包する気を外に漏らさぬためと、許された者以外が手を触れた時の攻撃。二種類のものを重複して張り巡らせる。よし。
 おれは大きく、息を吐き出した。
 あとは、彼ら次第。
 おれに託されてきたもの達。カカシ先生のイチャパラ全集と朱雀の朱家三種の神器。
 イチャパラはあいつの家に封じた。木の葉内外の情勢と禁術、『うちは』と『写輪眼』を記した書物。これは、風が持つべきだと思ったから。『うちは』を受け入れ、守り育てる双子の兄が。
 そして、朱家三種の神器のうちの二つ、小柄と巻き物はここに封印した。
 森の中の小さな小屋。あいつの結界に守られる場所。今は雷が暮らしている。
 かつて『朱雀』は自ら試し、彼らを選んだ。うちは一族の末裔たちを。
 長年彼らを見つめ続け、ついにおれは心を決めた。紅蓮の炎を抱いて戦う男。その意志を継ぐ者は、双子の弟に他ないと。
 だが、しかし。
 彼らはまだ未熟だ。『忍』としてではない。『人』として。
 だからおれは敢えてそれらに封印を施し、結界で覆った。
 いつか、彼らがおれの力を越えるか、おれと同じ波長の結界をはれる者、鈴と生きるか。
 どちらかの場合にのみ、封印は解かれる。と同時に、彼らは強大な力を得ることになる。
「・・・まずい」
 肩の力を抜いた途端、目眩いが湧き起こってきた。意識が遠のく。眠りにつく時のような、心地よいまでの浮遊感。必死で抵抗する。
 まだ、だ。
 まだ彼に渡していない。
 もうひとつ、朱雀の指輪を。三種の神器の三つめを。
 足に力が入らない。地面に引き寄せられてゆく。

 戻る。
 必ず戻る。
 まだ死ねない。
 そう念じながら、おれは固く目を閉じた。






 熱いものが流れ込んで来た。なじみのある感覚。まるで、あいつが注がれる時のような。
「ナルト」
 聞き慣れた声に目を覚ました。意識がもどったことにホッと息をはきだす。
「気がついたか?」
 目の前に、あいつ。否、違う。雷だ。
「雷・・・どうして」
「どうしてもこうしても、ここは俺の家の近くだからな」
 ぼそりと呟かれた声に思いだす。そうだ。おれは彼の小屋に用があったのだ。
「すまん」
 起き上がろうとして、目眩いに襲われる。ふらりとして、とっさに何かにしがみついた。がっしりと身体が支えられる。目の前に、雷の腕。真新しい傷。まるで、たった今止血したばかりのような。
 そして気付く。自分の額に何かが書かれていることに。
「何かしたのか?」
 額に手をやり、雷を見やる。黒い瞳が見つめ返した。
「気が底をついていた。だから・・・」
「おまえの気を送り込んだのか?」
「ああ。血を介する方法しか、知らなかった」
 そう聞いて納得する。額にあるものは血印。おれに気を送りこむ為の。
「世話をかけたな」
「別に。その位、何でもない」
 憮然として答える。照れくさいのか。豊かな感情を、上手く言葉や表情に表せない彼。愛しい命。
「雷、よく見ているんだ」
 おれは微笑み、手印を組んだ。口呪を唱える。
「この印を組み、口呪を相手の身体の一部を介して入れるがいい。一番確実なのは口だ。それで、血を使わず気を送れる」
「何故・・・」
 雷は訝しげに見つめていた。
「たまにはいいだろう?何かの役に立つかもしれないし。気をもらったお礼だよ」
 そう言うと、さらに複雑な顔をした。かつて、あいつがよくした顔。それが見たくて、よく困らせた。
 懐かしい。今は遠いあの日。
 少しだけ帰ってみたくなった。立ち上がり、服に着いた土を払う。もう大丈夫だ。
「雷、ラーメン食べに行こうか」
「えっ」
「おれ、金もってないから、奢ってくれよな」
 言い捨て、里へと歩きだした。数歩進んで気付く。雷が一歩も動いていないことに。
「どうした?」
「いいのか」
「何が」
「俺といると、何か言われないか?代替わりしたと言っても、ナルトは火影だ」
 まっすぐな視線。自分より相手を思いやる心。彼の優しさ。
「意地悪するなよ。おれは、雷と食事もできないのか?」
「違う。そんなつもりはない」
 あからさまに困った表情。どう言ったらいいかわからないような。
 ごめんな。意地悪はこっちだよな。そんな顔、見たかったんだ。大好きな顔だったから。
「ま、確かにこの格好じゃ目立つかな。じゃ、これでどうだ?」
 助け船を出しながら、簡単な印を組んだ。白い煙が立ちこめる。
「・・・・・・」
 雷の目が見開かれていた。言葉をなくしている。
「どうだ?」
 一回り小さくなった身体で腕を組み、少年の姿でにやりとおれは笑った。
「これならいいだろ?おまえと同じ位の年頃だし。行こうぜ」
 そう言って踵を返す。雷は黙ってついてきた。






 何年ぶりかの一楽のラーメンをたいらげて、おれ達は河原を歩いた。吹き渡る風。まだ青いススキの葉。草の、波。
「うまかったな。ほんと、久し振りだよ」
「そうか。・・・・よかった」
 口元を微かに緩め、雷が微笑む。急に真剣な顔になった。
「訊いていいか」
「なんだ」
「いろいろ聞いている。医者には見せているのか」
 思い切ったように言い、雷は口を結んだ。
「当たり前だ。おれは、火影なんだよ」
 さらりと返した。微笑みながら、言葉を継ぐ。
「もう、医術ではどうにも出来ない。おれの中には九尾という、過去の災いが棲んでいるんだ」
「滅することはできないのか?」
「ああ。全ておれと共有している。だから、おれと共に天へと持ってゆく」
「ナルト」
「いいんだ。これはおれの業だから。お前は、おまえの業を背負っていけ」
 風をうけながら、おれは雷を見上げた。拳一つ高い位置の顔。
 しばらくの沈黙の後、雷はこくりと首肯いた。黒曜石の瞳の中に、少年の日のおれがいる。
 何度もこうして見つめあった。互いの姿だけを映して。あいつだけを見つめつづけた。
 怒るかな。何故だかふっと、そう思った。
 怒らないよな。だって、彼はあいつの分身だから。
 こんな年になっても、そんなことを考えてしまう自分がおかしいと思う。もうたくさん年をとってしまった。身体もひどく痩せてしまった。
 あいつの欲しがるおれでは、なくなってしまったかもしれないのに。
 それでも。
 空を見上げた。あいつのいる場所を。



 高い。
 高すぎて、届かない。
 それでも、手を伸ばしてきた。
 いつか届くと信じて。



「行くな!」  
 あげられた声に我に返った。必死な眼差しが注がれている。
 安心させたくて、笑みを作った。
「大丈夫だよ」
「行ってしまうかと、思った」
 不安な顔。それでも心の準備はして欲しい。
 人は限られた時間しか、生きられないのだから。
「雷。これを」
 指輪を外して手渡す。彼の、朱雀の指輪を。
「・・・?」
 訝しげな顔。おれは言葉を繋いだ。
「セキヤから預かったものだ。これは、おまえに持っていてもらいたい」
「ナルト」
「いいな」
 願いを込めて念を押す。雷は首肯き、指輪をはめた。
 


 終った。
 これで、全部。
 できるだけのことはした。
 自分が考えられることは、すべて。
 後は、子供たちが選ぶこと。
 どうか自分の足で立ち、道を切り開いて。



 空と草の海の中、おれは目を閉じ、未来へと祈った。



end



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