それは、たった一度の接点。
夢へと育つかも知れない、一瞬の出会い。
夢の接点 by真也
その春、彼らは七歳になった。
里を誇る血継限界の担い手。写輪眼を持つ双子。
うちは一族の末裔たちである。
「やっと終わったな」
子供の一人がぼそりと言う。への字に曲げられた口元。漆黒の瞳。彼は「弟」。
「疲れたね。帰りはガイ上忍が迎えにくるって。サクラおばちゃんが言ってたよ」
もう一人の子供が微笑む。片割れと同じ顔。性格のせいだろうか、幾分優しそうに見える。彼は「兄」。
彼らは暗部研究所に来ていた。表向きはアカデミー入学に際しての健康診断。その実は、経過観察を含めた定期検診のためである。
彼らはここで生まれた。「うちはサスケ」を原型として。
「本当、風も雷も大きくなったね。おむつ換えてたのが懐かしいよ」
二人の横で、栗色の瞳と髪の青年が言った。年の頃は二十代後半に見える。柔らかい笑み。
「ナギ、かっこわるいこというな」雷が睨んだ。
「でも、本当だよ」風が言う。
「恥ずかしいだろが。まったく。風も怒れよ」
「雷は怒りすぎだよ。いいじゃないか。誰でも昔はおむつ、してたんだから」
「風」
「ストップ、ストップ。風も雷も相変わらずだね。ここにいた時も雷が怒ってて、風はマイペースだったな」
「そうそう。で、ナギがいつも困ってたんだよね」
「こら。風」
青年が顔を顰めてみせると、兄はくすくすと笑った。その横で、弟はバツが悪そうにそっぽを向く。
生まれてからここを去るまでの五年間、ナギは彼らを世話していた。その為、二人はこの青年に懐いている。
「でも、いよいよ二人ともアカデミー入学なんだ。本格的に忍の修行だね」
長い廊下を歩きながら、ナギが言う。
「うん。いよいよだよ。ねっ、雷」
「まあな」
「雷ったら、嬉しいくせに。強くなって、火影さまを守るんだろ?」
「うるさい。風のおしゃべり。いいだろ、ナルトは火影なんだから」
兄の問いに、弟が答える。正反対な彼ら。それでも仲がいい。毛色の違う子犬が遊んでいるようだ。
程なくして、三人はある部屋についた。ゆったりと大きなソファーが一つ。どうやら待合室らしい。
ナギは二人を座らせて言った。
「ここで待っていてくれ。里からの迎えはもう出たそうだから、じきにつくと思うよ」
「うん」
「・・・・ナギ」雷が訊いた。「シギはいないのか」
シギというのは彼らの生みの親で、遺伝学を専門とするここの主任科学者である。
「シギ主任は大切な資料の整理で、手が離せないんだ。・・・・もうお年なんだけどね」
確かにその科学者は年を経ていた。もともと老けた顔貌と若白髪であったが。
「シギも変わらないね」
「ホントだ」
「まあ、そういうことだよ。じゃ、僕は研究室に戻るから」
そういって、青年は部屋を出て行った。
「・・・・おれ、シギに会いたかった」
椅子に座ったまま、ぽつりと雷が言った。面白くないのか、じっと足元を睨んでいる。
「うん。でも、しょうがないよ」
風がのぞき込んで言う。
いきなり、無表情のまま弟が立ち上がった。兄は怪訝そうに見つめる。
「雷。なにか変なこと考えてるんじゃないだろうね」
「いや。トイレ行ってくる」
無表情で答え、弟はすたすたと戸口へ向かった。兄はその背中に「早く戻りなよ」と、言葉をかけた。
長い廊下に、子供の足音。
柱の陰からひょこりと黒い頭が覗いた。辺りを見回し、人影のないことを確かめて移動する。また次の柱に隠れた。
雷である。
『顔だけ見て帰ればいい』
そう思いながら、子供はドアの前に来た。ここから先は研究室。データの整理などをする部屋である。
雷はそっとドアに手をかける。それは難なく開いた。するりと、彼は体を滑り込ませた。
そこは精密機械とコンピューター、書物に埋もれた空間だった。何日も掃除していない、埃のにおい。窓を開けていないためか、籠もったままの空気。
『ここは・・・・見たことないな』
本棚の陰に隠れ、辺りを伺う。
彼は部屋の奥に、それを見た。
一人の子供が、窓際の机に座っていた。
閉められたカーテンの隙間から、柔らかい光が差し込んでいた。金色の髪が淡く光る。
瞬きもせず、見開かれたままの碧眼。
人形のように動かない身体。自分と同じくらいだろうか。
『・・・・誰だ』
雷は首を傾げた。それでも、視線ははずさない。
引きつけられてしまったのだ。
『あんな奴、ここにいたか?』
かつての研究所時代を思い出し、彼は身を乗り出した。
もっと、よく見たい。
透ける金髪。空色の大きな瞳。
『誰かに似ている』
そう思いかけて、雷はどきりとした。彼が見ていた子供が、こちらを向いている。
『まずい』
とっさに、身を屈めた。心臓がバクバク言っている。なぜか、顔が熱い。
『見つかったか?』
半ば諦めながらも、彼は息を殺した。沈黙が流れる。しばらくして不審に思い、そっと顔を上げた。
「なにっ」
彼は目を見張った。窓際の机の上には、誰もいない。
「・・・・おかしい」
雷は首を傾げた。確かに、そこにいたはずなのに。
金色の髪の子供。
「何がおかしいの?」
「!」
いきなり後ろから言われ、飛び上がりそうになる。振り向くと、双子の兄が覗き込んでいた。
「ふっ、風!」
「トイレって言ったくせに。ナギも、ガイ上忍も探してるよ」
眉を寄せて、風が言った。気づいて、雷は下を向く。
「・・・わるかった」
「それはみんなの前で言うんだね。さ、行くよ」
言葉と共に、手が引かれる。弟は何か言おうとしたが、諦めて立ち上がった。
二人の子供がその部屋を出て行く。パタンとドアが閉められた。
しばらくして、窓際の机の後ろから、金髪の子供が出てきた。
彼はスタスタと本棚まで進み、じっと、雷がいた場所を見つめていた。
無表情なままで。
「帰りましたか」
研究室の奥の一室で、ディスプレイを覗き込みながら老研究者は言った。
「はい」
茶色の髪と目の助手は答える。
「異常は、なかったですか?」
「ええ。順調でした。それぞれ、ほぼ遺伝情報通りの人格になってきているようです。今後の経過を見てみないとわかりませんが」
「うまくいけばいいのですが・・・・」
ほとんど白髪の研究者、シギはため息をついた。
「シギ!」
どこから来たのか、ひょっこりと子供が現れる。金髪碧眼。先ほどの子供だ。
「鈴(りん)」
「シギ、どこいってたのさ。おれ、待ちくたびれちゃったよ」
「ああ、すみません。ちょっと整理しないといけない資料があったものですから」
言いながら、シギは子供の頭を撫でた。鈴(りん)と呼ばれた子供は、嬉しそうに笑った。
「でも・・・・ナギ。君には、私の研究を押しつける形になってしまって、すみません。この施設から出してあげたかったのですが・・・」
「いえ。どこにも身よりのない僕です。あなたは実験目的で養われていた僕に知識を与え、研究者として育ててくださいました。感謝しています。・・・・それに」
「それに?」
「実は少し嬉しいのです。彼らを通して、あの優しかった扇(せん)兄さんやうちはサスケ上忍に会えることが」
そう言って、年若い研究者は朗らかに笑った。
「そうですか。では、この子の行く末も、君に頼むことになります」
子供の頭を撫でながら、老科学者は呟いた。ゆっくりと、言葉を継ぐ。
「この子はたった一つの夢のために、私が初めて自らの意志で創り出しました。その夢が叶うかどうかはわかりません。ただ、その夢の可能性を作りたかったのです」
「主任」
「私はそう長くありません。できれば、君は見守っていてください。彼らの、夢の行く末を」
そう言って、シギは目を閉じた。傍らの子供が彼を見上げている。
茶色の髪の研究者は、ゆっくりと頷いた。
それは、まだ、わからない。
彼らの願いが、叶うかどうかは。
それでも、夢は動き始めている。
少しずつ。でも、確実に。
未来へと。
end
|