王城の月 byつう
森の国の王城は、大きく三つに分けられる。
朝見やその他の実務を執り行なう正殿と、神事を行なう社殿、そして私邸ともいうべき寝殿である。
その寝殿の一室で、セキヤは右腕の傷をながめてにんまりと笑っていた。
「包帯、巻こうか」
刃が傷口を確認しつつ、言った。
「んー。ま、とりあえず血は止まってるから、いいよ」
「それにしても、見事にやられたね」
「でしょ。久しぶりに見たよー。自分の血」
このうえもなく楽しそうに、セキヤは言った。刃は小さくため息をつき、
「五代目がこのこと知ったら、怒るんじゃないの」
「かもね。でも、あいつらは言わないよ」
二人とも、わかったはずだ。なにゆえに自分たちが急襲されたのか。
うちはの血を引く黒髪の双子。かつて木の葉の「攻守の要」と称された、うちはサスケが遺した子供たち。彼らの力がいかほどのものか、確かめたかった。今後、五代目火影を支えていけるかどうか。さらには、火影の跡を継ぐことができるかどうか。
五代目のあとには、三代目の直系である木の葉丸がいる。忍としての力は可もなく不可もなくといった感じだが、五代目は木の葉丸を六代目として擁立するつもりらしい。木の葉丸自身も五代目を慕っていて、代替わりはすんなりいくだろうと思えた。
問題は、そのあとだ。五代目が作り上げた平らかな世を、六代目以降の長が守っていけるだろうか。
むろん、またいくさになることもあろう。その場合、最小の被害でいくさを終結させられるよう、体制を整えておかねばならない。
「風は、どうしてる?」
夜着を整えて、セキヤは訊いた。
「夜のうちに木の葉に戻ると言ってた。そろそろ、出るんじゃないかな」
「なにもあわてて帰らなくても、二、三日、ゆっくりしていけばいいのに」
「心配なんだろ」
「……なるほどね」
自分と同じく、雷も襲撃を受けた。気になるのはあたりまえだ。
それにしても、見事に正反対だったな。セキヤは雷と風の戦い方を分析した。
最初の一撃を、擦り傷ひとつなくかわしたのは風。その後も決して間合いを詰めず、こちらの攻撃を次々にかわしていった。流れるような身のこなし。一歩先を読む洞察力。白眼にも匹敵するようなそれは、とても十一歳の少年のものとは思えなかった。
あいつなら、写輪眼がなくてもあれぐらいのことはしたかもね。
セキヤは、かつて西方で相対した銀髪の上忍を思い出した。「生ける英雄」と呼ばれた、はたけカカシ。六歳で中忍になったというあの男なら、十の年でもいまの自分の攻撃ぐらいはかわせただろう。勝てはしなくても。
紙一重で直撃を免れ、少年は必死に退路を探していた。しかし、子供の体力には限界がある。ついに緊張がゆるみ、切っ先が頬をかすめた。その直後、風は気を失った。
よくやったと思う。最後まで、こちらに踏み込ませなかったのだから。
その点、雷は無謀だった。挑発に乗って、障壁の内側にねじ込んできた。
力の差は歴然としている。距離を詰めて一撃で倒せればいいが、もしそれが外れた場合は自滅する。そんなことぐらい、わかっていただろうに。
それでも、一矢報いたかったのか。まったく、血は争えない。
「うちはサスケ」に、より近いのは雷だろう。同じ遺伝子を持っていても、風は雷ほど直情的ではない。
かといって、風が穏やかな性格だというのではない。あの子供は、周りが見えすぎるのだ。だから、自己主張をしないだけ。心の内に秘めるものは、雷と同じく激しい。
つらつらと考えていると、房の戸を叩く音がした。
「失礼いたします」
声とともに、扉が開く。
「うわ……やっぱり来た」
セキヤは露骨に嫌な顔をした。房に薬草の匂いが充満する。
「ご期待に添えて、うれしいですよ」
加煎はにっこり笑って、粥を卓に置いた。
「夕餉はまだでしょう? どうぞ、召し上がれ」
「帰りがけに食べてきたよー」
「おや、どちらでなにを」
「木の葉の里で、ラーメンを」
加煎は大げさにため息をついた。
「仮にも一国の国主ともあろうおかたが、里でそのようなものを召し上がるとは。お戯れにもほどがある」
「だって、腹が減ったからさあ。いいじゃんか。だれもオレが国主だなんて思わないって」
「バレなければいいというものではありません」
加煎は優雅な仕草で、匙を取った。
「どうぞ。御上」
恭しく、献じる。セキヤはそっと横に目配せを送ったが、侍従姿の恋人はそ知らぬ顔をして茶をいれていた。
ま、仕方ないか。
あきらめて、匙を受け取る。加煎は満足げに、二歩ばかり下がった。
ほとんど飲み込むような調子で粥を食べていると、ふたたび戸を叩く音がして、大柄な男が入ってきた。
「坊主が帰るとさ」
醍醐のうしろには、風がいた。卓の前に進み出て、きっちりと一礼する。
「お世話になりました」
「あら、やっぱり帰るの。朝までいたら?」
「いえ。もう動けますし、復命を果たさなければいけないので」
「ふーん。ま、おまえはこっち方面の仕事が多いみたいだから、また遊びにおいでよね」
「……はい」
微妙な間。だいぶ警戒しているらしい。セキヤは苦笑した。それはそうか。殺気ばりばりで剣を向けてきた相手に、遊びにこいって言われてもね。
「気をつけて」
刃が風の肩に手を置いた。風は頷いた。わずかに緊張が解けたように見える。
「申し訳ありませんが」
加煎が思い出したようにそう言って、懐から書状を取り出した。
「これをリー上忍に届けていただけませんか」
風は首をかしげた。
「ぼくが預かってもいいんですか」
「私信ですから。よろしくお願いします」
どんな私信なのやら。セキヤは心の中でうそぶいた。
まあ、細かいことは気にしないでおこう。五代目の側近であるロック・リーと加煎は、いわば木の葉と森のホットラインなのだから。
「国境まで青藍(せいらん)に送らせるつもりだが、かまわねえか」
青藍というのは醍醐の養女で、近衛府所属の女衛士だ。
「いいよん。青藍だったら風に遅れはとらないだろうし」
森の国には正規の忍者学校はないが、兵衛府と呼ばれる部署で忍や衛士の養成を行なっている。青藍はその学び舎を実技一番、筆記試験最下位という極端な成績で卒業した。いまは王城の警護に当たっていて、実力は中忍レベルといったところだ。
「お許しが出たことだし、行くか、坊主」
醍醐が風の背中を叩く。風は再度、拝礼して房をあとにした。
「なーんか、みんな、風にはやさしいじゃんか」
匙をもてあそびながら、セキヤは言った。
「あなたが自ら剣を交えようという相手を、敵に回したくありませんからねえ」
加煎はぱさぱさと扇を揺らした。
「できれば、このまま友好関係を維持したいものです」
「大丈夫だよ」
刃が口をはさむ。
「風はこの二日間、おれたちを観察してた。だから……」
「そうですね。あの子は大丈夫でしょう。で、もうひとりはどうでした」
「面白かったよ」
セキヤは粥を口に運んだ。しばらく無言で食べ続ける。加煎と刃はその様子をながめて、やはり無言のまま待った。
「十年後には……いや、もっと早いかもしれん」
やや低い声で、セキヤは言った。
「『風神の守る砦は決して落ちず、雷神の攻める砦は必ず落ちる』……そんな噂を聞くことになるだろうよ」
木の葉の双璧。いずれ彼らはそう呼ばれるだろう。
その姿を、自分は見ることはできないが。
ほんの少し、羽音にも似た耳鳴りがする。今日ばかりは、この粥がありがたい。
秋の夜長、森の国の王城は、清かな月明かりに照らされていた。
(了)
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