暗部の苦労人達を見守ろう作品NO,2
子供だって真っ白なままでは、生きてゆけないって知っている。
必死で白さを守ろうって躍起になれるほど、オレは真面目でもない。でも。
白いものがだんだんと白くなくなってゆくのに、罪悪感がないわけじゃないんだ。
逝く白さ by真也
その年の冬、あいつは仲間を廃人寸前まで追いやった。
毒物でどす黒く変色し、小刻みにケイレンしている男に鈴は言った。
『馬鹿だな。もうお前はいらないって言ったのに・・・・』と。
男は鈴に溺れていた。全ての術を教え尽くし、あいつが必要としなくなった後も閨の関係を続けたがった。鈴は術と引き換えに閨を使う。結果。男は拒まれ、あいつに無理強いをしようとして、返り討ちにあったのだ。
おとなしくて純粋な瞳をしていた少年は、わずか一年と少しで、酷く冷たい瞳をするようになっていた。
真っ白な心を持っていた鈴。今は、暗い陰を落としている。
「帰ったよん」
扉を開けて言った。窓のすぐ前の机に、奴が座っている。何か飲んでいた様だ。
「ご苦労。で、ナギ研究員はなんと」
「一応は助かるってさ。でも、もう忍としては難しいだろうって。頭がやられちまったからねぇ。とにかく、身体が回復したら記憶操作して相応の施設に入れるよう手配するって」
「そうか」
無表情の中に安堵した気配。面白くなくてつかつかと歩み寄る。行儀悪く机に腰かけた。
「アンタ、何飲んでたの?」
言いながら手を伸ばす。すっと瓶が退かれた。
「大したものではない。ただの頭痛薬だ」
「蟲使いのくせに薬ってなによ。それほどあいつが心配なわけ?」
「馬鹿な」
「じゃ、なんで飲んでんのさ」
ちろりと見上げる。普通、蟲使いは体内の調整を蟲達が行なう。だから、ちょっとの体調不良だったら、蟲達の力でなんとかなるはずだ。
「最近、少し痛むだけだ」
「ふーん。余程辛いのね。医療室には行った?」
「行ったから薬をもらっている」
ずいと身を乗り出す。シノの顔が近くなった。
「どっか、悪かったの?」
「お前には関係ない」
「じゃ、悪くなかったのね」
更に顔を近づける。黒眼鏡を覗きこんだ。
「ストレス性偏頭痛ってやつ?原因はなんだろうねぇ」
「大きなお世話だ。もう行け」
ぐいと身体を押しのけられる。その手を取り引き寄せた。シノの眉間に、深く皺。
「何をする。お前、俺が誰だかわかっているのか」
「わかってるよん。罪悪感で頭痛持ちの暗部長でしょ?」
言いながら唇を押しつける。黒眼鏡の奥の目が見開かれた。ぺろりと薄い口を舐める。
「オレさ。今、かなーり落ち込んでんのよ。もう、罪悪感ばっちり。だから、憂さ晴らししたいの」
「オウガ」
「今のあいつでないと生き抜けなかったってのは百も承知。でも、何となく滅入るんだよね。だから、罪悪感のおすそ分け」
「・・・・なんだと」
「アンタはオレを巻き込んだ。なら、オレもアンタを巻き込んでいいよね?」
答えは聞かずに再度口づける。かしゃん。机の上の薬瓶が落ちた。ころころと転がってゆく。
舌で返事を確かめる。しばらくの沈黙の後、諦めたように口が開かれた。首に腕を回し更に奥へと舌を進める。奥から冷たいものが絡みついてきた。すぐにオレの内部まで侵入し、息を奪ってゆく。押し当てる身体。徐々に熱を帯びていく。
「ここでする?」
くすくすと笑うオレに、シノは苦虫を噛みつぶしたような顔をしていた。数瞬、考える。
「・・・・次の間へ」
ぼそりと落とされた声に、オレは笑んだ。ひらりと机から飛び降り、次の間へと向かう。
「にげちゃだめだよん」
振り向いて言った。憮然としたシノの顔が見える。指を差し、オレは言葉を継いだ。
「その眼鏡の奥、見たいんだからさ」
意地悪く言う。シノがこめかみを押さえた。ため息を漏らす。悪戯をする前のような気持ちを胸に、オレは次の間の扉を開けた。
アンタとオレは同じものを持ってる。
逝く白さを悼む気持ちを。だから。
お互い様でやっていこうぜ。
あいつが夢を掴むまで。
end
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