暗部の苦労人達を見守ろう作品NO,6
どこまでいけるかわからない。それでも。
彼らは進んでゆく。番い、共にありながら。
同じ夢を歩んでゆくのだろう。
夢を生きる by真也
吹く風が冷たくなってきた。腰かけていた椅子を立ち、部屋の片隅にある換気窓を閉めた。静寂。この部屋の主以外、誰も訪れそうにない所。暗部長室の次の間。
オレはその部屋で書類と睨みあっていた。面倒くさい諸手続の書類。始末書。任務報告。上申書。管理者もつらいねぇ。そんなことを思いながら目を通してゆく。気になったところは横に分け、納得したところのみ印を押してゆく。
「まーったく。他人任せにしちゃってさ。全部印、押しちゃおうかな」
「やってみろ。全てお前に処理させるだけだ」
ぼそりと落ちた声にぎくりとする。蟲が出している程の、ほんの微かな気配。相変わらずだ。いや、暗部長として当たり前というべきか。
「やだねぇ。盗み聞きしてたのー?」
「盗むも何も、ここは俺の私室だ」
「いいじゃん。固いこと言いっこなし」
顰めた眉を面白そうに見やる。黒眼鏡に仏頂面がつかつかとやって来た。一枚の封書を取り出す。
「なに?臨時ボーナス?おごってくれんの?」
「違う。手紙だ」
「てがみー?食えないもんださないでよ」
行儀悪く肘をついて言う。シノの口元が僅かに笑んだ。
「いいのか」
「何がよ」
「今日、暗部研究所のナギ研究員から預かった」
「シノってあのテが好み?文通なんて古風ねー」
「鈴からだ」
がくん。手で支えていた頭が落ちた。瞬時に乗り出す。
「へえーっ。あいつから?律義じゃないー」
手紙を取ろうと手を伸ばす。ひょいとそれが逃げた。
「・・・・なにすんのよ」
「何もしない。長として部下が任務をまっとうしたか、確認するだけだ」
無表情で淡々と言う。こちらの弱点をついた意地の悪い言葉。抗議を試みる。
「きったねぇの」
「職務に忠実なだけだ。で、どこまでできたんだ?」
「自分で確認したらー?」
四角四面な答えに憮然として書類を差し出す。伸びてきた手を掴んだ。引き寄せ、同時に懐に入る。行くあてのなくなった書類がバラバラと床に落ちた。
「おい」
「人生やっぱり、仕返しはタイセツ」
「不可解な言い草だな」
不機嫌に結ばれた唇に自分のそれを押し当てる。伺いに行った舌が引き込まれた。顎が掴まれ、息が奪われる。持ち主の憤慨を現わすように舌が暴れた。苦しくなってかぶりを振る。やっと逃れた。
「そう?オレらしいと思うけど」
返事の代わりに、黒眼鏡が外された。
「楽しくやってるみたいじゃん。よかったねー」
読んでいた手紙を枕元に置き、俺は隣を見やった。シノは目を閉じている。一見眠ったように思えるけど、あれは見せかけ。耳はしっかり聞こえているはずだ。ただ、オレのごたくに付き合いたくないだけ。
「本当。安心したよ」
構わずにしゃべり続ける。鈴の手紙にはきっちりした小さな文字で、里での様子が描かれていた。任務。里の人々。雷が育ったという郊外の家。そこにいる雷の甥達。なんとあの『雷神』が子守りなんてしているらしい。いくら同じ『うちは』であっても、奴の噂を訊くやつらはなんと思うだろう。この短期間で近隣諸国にその名を馳せた、あの『雷神』と『狐』が。おかしくなってオレは笑った。
「何がおかしい」
「だってさ、奴が子守りなんてねぇ。意外過ぎじゃん」
笑いを抑えきれないまま、オレは答える。シノの上にのしかかった。感情の見えない目が見つめる。その部分に手をやり、これからすることが可能か確認する。幸いそれは充分、事足りる状態だった。
「オウガ」
「ん。黙っ・・・・て」
再度熱を帯びた腰は、すんなりとシノを受け入れた。ゆっくりと味わうように奥へと導く。全てが収まった後、オレは大きく息をついた。
「どうした」
ぼそりと訊かれる。返事の代わりに腰を揺らせた。背中を疼きが走る。脳に達し、軽い痺れが意識を取り巻いてから口を開いた。
「本当は少し、心配してたから」
「鈴をか?」
「ああ。だって・・・・・殆ど面つけて・・・・暮らしてんだろ?自由に素顔にも・・・・なれないなんて」
息が上がってくる。受け入れた場所から起こる波紋が、口を塞ごうとしている。必死で逆らい、オレは続けた。
「オレは、鈴みたいな生き方・・・・できない。だから・・・」
「羨ましいか?」
「いや。オレは・・・・オレだから。でも。あいつはそこまで出来る相手と・・・・巡り合えたんだなって」
シノが腰を掴んだ。大きく揺り動かされる。残りわずかだった余裕は、あっという間になくなった。ただ相手の胸に手をつき、声を放ち続ける。それが嬌声になるのに、そう時間は掛からなかった。
自分が一人でそれなりに生きてゆけるということは、よく知っている。でも。
互いの存在だけでいいと思える者との人生は、どういうものなのだろうか。
きっとそれは熱くて、激しくて、荒れ狂う時間のような気がする。
今の生き方も悪くないけど、あるいは、それもいいかもしれないと思った。
鈴の手紙の最後に、あいつの今が短い言葉で言い表されていた。
『おれの夢は今で、雷と共に在る』と。
end
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