守ろう。
たしかに、諸刃の剣の能力を持つ血だけれど。
それでも、ぼくは信じたい。
人の心は全てを生かしていけると。
だから、ぼくは守り続ける。
この夢を。
夢を守るもの by真也
ナルトが空へと還った。
常に里を案じ、皆を導き育ててきた五代目火影。既に六代目に代替わりしていたとはいえ、里人の哀しみは大きかった。
一時はこれに乗じる近隣諸国と関係が危うくなるかと案じられたが、長老や古参上忍を中心とする木の葉の結束は固かった。もちろん、この蔭には森の国の助力も大きかったのだが。
ようやく半年が過ぎ、人々がやっと日常に落ち着いた頃、雷は移動願いを出した。
行く先は暗部。当然、ガイ上忍を始め家族や木の葉の中枢部の反対にあった。
今、雷は皆と話し合っている。ぼくは参加しなかった。無駄だと思ったから。今まで身内の縁を断ち切り、一人でやってきた弟が正式に申し出たのである。
きっと、誰が何を言っても自分の意志を通すだろう。彼を止められるのは一人しかいない。でもその人は今、もっと高い位置でぼくらを見守っている。誰かと共に。
皆の言い分もわかる。もう一人の『うちは』であるぼくがいるとはいえ、みすみす死亡率の高い暗部に行かせるのは、里としても忍びないのだろう。さらに、ぼくたちの生みの親である暗部研究所主任のシギは三年前に亡くなっている。研究はナギが引き継いだと聞いたけど、今後『うちは』が生まれるかどうかは未知数。ぼくらでさえ、奇跡ともいえる確率で生まれた。所詮、人の成すことは自然の営みには勝てない。
そこまで考えて、ふと思いだす。彼女とあの命たちのことを。ここ2、3ヶ月、忙しくて会いにいけていない。鷹を通じて何度も催促が来た。そろそろ、まずい。
「何してるんだ?」
雷が来た。縁側に座るぼくの隣に腰を降ろす。
「何も。ぼーっとしてたんだよ。そっちこそ、どうだった?」
「許可は取った。期限つきだけどな」
「どれくらい行くの?」
「一年だ。まあ、俺自身も長く行くつもりはなかったが」
「よく、ガイおじい様が許してくれたね」
「暗部で生き残れないほど『うちは』は弱いのか。と、言ってやった」
仏頂面で弟が言う。ぼくは苦笑した。
「言うなぁ。で、何て?」
「『写輪眼を抉りだすと言わないだけマシだ』と、言われた」
「すごいね」
「ああ。奴はそう言ったんだろうな」
そう言って、雷は更に難しい顔になった。どうも、今だにコンプレックスは抜けないらしい。無理もないか。
「でも・・・・それだけ、彼には必要だったんだろうね」
「たぶんな」
今ならわかる。彼は自分の為に暗部へ行ったのではない。おそらく、それがあの人に必要だったのだ。
「雷も、行っちゃうんだね」
「一年だけだ」
「どうしてなの?」
悪戯に訊いてみた。もちろん返事は予測したうえで。
即答が返ってくると思っていた。でも、雷は少し考えているようだった。ぼそりと、口を開く。
「強くなりたい。それもある。でも、それだけじゃない」
意味が分からず、首を傾げる。弟はもどかしそうに言葉を継いだ。
「後悔したくないんだ。ナルトは会えると言った。俺だけを必要とする奴に。俺はその時、力及ばずなんてことになりたくない」
「雷」
「上手くは言えない。でも、待っているだけではいけない気がする。だから、探す。ありとあらゆる所に行って」
無口な彼が一生懸命語る。正直、応援したいと思った。
「そうなんだ。・・・・見つかったらいいね」
「まあな」
本当に会えればいいと思う。今まで、誰にも癒せぬ痛みを一人で耐え、一人で戦ってきた弟だからこそ。共に痛みを感じてくれる存在に。
大切な記憶を思い出す。あの時、彼女は受けとめてくれた。
『ぼく』も。『うちは』も。
嬉しかった。
「里はぼくが守るよ。だから、雷も頑張って」
「もちろんだ」
にやりと、不敵に笑う。ぼくもつられて笑った。
「さあて。雷がいないとなると、忙しくなるな」
「そうか?」
「そうだよ。今まであんまり無かったけど、戦闘任務も振られるだろうしね。大変だよ。子供の顔も見なくちゃならないのに」
さり気なく言って弟を見やる。雷はぽかんとした顔をしていた。
「・・・・・・アンは、結婚したのか?」
「何言ってるの。怒られるよ。アンは独身主義なのに」
「じゃ、誰の子なんだ?」
「ぼくだよ。まだ小さいけど。今は森の国にいるんだ。もうすぐ、二人目も生まれる」
雷は言葉が浮かばないらしい。しばらく呆然とした後、妙に掠れた声で「そうか」と言った。
「いつ起つの?」
「明後日の朝だ」
「明後日か。ぼくは任務だから、見送れないけど」
「いらない。ガキじゃあるまいし」
「そうだね」
弟の顔が引き締まった。真摯な目がみつめる。
「兄さん・・・・後を頼む」
「うん」
ぼくも真摯に応えた。
「そろそろ、小屋に帰る」
「ご飯食べていかないの?リーおじさんが残念がるよ」
「いや。準備もあるから」
「わかった。じゃあね」
「ああ」
雷が踵を返す。一回り大きくなった背中を、ぼくは頼もしく見つめた。
手探りで、でも自分の力で歩いてきた弟。今、新しい一歩を踏み出そうとしている。夢へとつながる一歩を。
ぼくも歩もう。ぼくだけの道を。
守ろう。
たしかに、諸刃の剣の能力を持つ血だけれど。
それでも、ぼくは信じたい。
人の心は全てを生かしていけると。
だから、ぼくは守り続ける。
この夢を。
だんだんと辺りが朱く染まる。
明日の任務は森の国。ずいぶん大きくなっただろう命を思いながら、ぼくは夕日を眺めた。
end
戻る