岐路  by真也







ACT2



 さんざん探し回って、ぼくはその家を訪れた。
 そこは弟の隠れ家。森の中の小さな家。気を感じる。雷は、確かにいる。
「雷」
 戸口で声をかけた。返事はない。数秒待って、ぼくは扉に手をのばした。
「雷、いるんだろう?」
 一息に開けた。中を見渡す。一間しかない座敷に、弟は座っていた。
「何の用だ」
 背中が答える。四畳半ほどの畳の上には、あらゆる武器が並べられていた。朝に復命したと言うのに、次の任務が近いのだろうか。
「みんなが心配してるよ。帰ろう」
 言いながら近寄る。『来るな』と声が投げられた。瞬間、息が止まる。
 弟は振り向いた。細い顔。少し痩せている。鋭い眼差しが向けられた。
「俺は、ここに住んでいる」
「どういうこと?サクラおばさんも、アンも知らないのに」
「知らなくていい」
「なんてこと言うの!そりゃ、サクラおばさんもリーおじさんもぼくたちの親じゃないけど、今まで育ててもらったんじゃないか!」
「だからだ」
 わからなかった。雷は何が言いたいのか。弟だって慕っていたはずだ。優しい人たちを。なのに。
「俺は、あの家にいないほうがいい」
 ゆっくりと、確認するように言う。雷の中で、決まってしまっているのだ。
「なぜ・・・」
 呆然と言葉が漏れる。どうしたらいいのかわからない。
 必死で考えて、思いつく。ナツヒの話を。
「あのことが原因なの?」
「知っているのか。じゃあ、話が早い」
「やっぱり。『草』は何を言ったの!」
「うるさい。風は知らなくていい」
「どうして!」
「奴の言ったことなど、どうでもいい。問題は俺自身だ!俺は・・・」
 言いかけて、雷は言葉を止めた。一瞬、悔しそうに顔を歪める。下を向いた。
「これは、俺の戦いなんだ」
 くぐもった声。でも、はっきりと告げた。
「頼むよ・・・・兄さん。帰って欲しい」
 必死な表情。口元が固く引き結ばれた。
 ぼくは耳を疑う。初めて聞いた呼び方。呆然と弟を見つめた。
 何かがこみ上げてくる。噛みしめても、唇が震えてしまう。
 入れない。はっきりと感じる。ぼくはもう、入れない。雷の中には。
 ひどく哀しかった。
「帰るよ」
 目を閉じ、ぼくは言った。
「でも、サクラおばさんとアンには言うよ。ここの事。心配してるから」
「ああ」
「手紙でも何でもいいから、元気でいること、伝えなよ」
「わかった」
「じゃ・・・」
 意を決して、踵を返した。そのまま、戸口へと向かう。その時。
「風」
 雷が呼んだ。
「なに」
 わずかな期待を胸に答える。沈黙が流れた。不安になって振り返る。思い詰めた目が向けられていた。
「風は、『うちは』が好きか?」固い声。願うような響きが耳を打つ。
「うん、好きだよ」
 正直に答えた。事実だったから。
「そうか」
 雷は微笑んでいた。安心したような、それでも哀しい笑みで。
 ぼくはただ、どうしようもなく胸が痛んだ。
 ぎゅっと目を閉じ、振り切るようにその家を出た。




 見えない。
 今まで、自分のことのようにわかっていたのに。
 雷の心が、もう見えない。
 ぼくたちは、進むしかないのだろうか。
 大きく分かれて行く道を。




 涙がでた。
 拭っても拭っても止まらなかった。
 寂しいのか、哀しいのか、悔しいのか。
 家までの長い道を、自分でも説明のつかない感情を抱えて、ぼくは走り続けた。




END





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