庵にて    byつう








 パチパチと、囲炉裏の火が音をたてる。
 大根を入れた汁が、ぐつぐつと煮えていた。
「もう一杯、いかがです」
 加煎が訊いた。
「いや、もういい」
 醍醐は低い声で答えた。ちらりと奥を見遣り、
「……なにを飲ませた」
 訝しげに、問う。
 その視線の先には、長い黒髪をうしろで束ねた男が横たわっていた。
「べつに、なにも」
「嘘をつけ。さっき、椀になにか入れてただろ」
「あれは、にぼしの粉ですよ」
 くすくすと、加煎は笑った。
「あなたが気づいたのなら、この子も気づいたでしょうからねえ」
 加煎は薄い夜具に突っ伏した刃の髪を直しつつ、言った。
「なんで、そんな真似を……」
「逃げ道ですよ」
「逃げ道?」
 醍醐は眉をひそめた。
「私に薬を盛られたから、眠ってしまったのだ、と」
 加煎は寂しそうに微笑んだ。
「そうでも思わないと、眠れないでしょう」
 思い出がやさしいのは、悲しみが浄化されたあとだけ。悲しみが身の内に溢れているあいだは、思い出はそれこそ刃となる。
 心も身体も、なにもかも切り刻んでしまうだろう。それが美しいものであればあるほど、容赦なく。
「で、おまえは?」
 醍醐は訊いた。
「え?」
「おまえは、どうなんだ。眠れるのか」
 セキヤを失ってから。
 苦しんで、苦しんで、それを納得して、セキヤは行った。セキヤを見送ると決めてから、おまえは眠れたのか。
「不思議ですね」
 静かな声で、加煎は言った。
「自信はなかったんです。セキヤがいなくなったあとの自分に。でも……」
 一重の目を細めて、続ける。
「刃を見ていたら、ばかなことはできなくなりました」
「ばかなこと?」
「ええ。なにもかも放り出して、逃げるような真似は、ね」
 セキヤのことがいちばん大事で、セキヤだけが大切だった。セキヤがいなければ、国などどうでもいいと思っていた。しかし。
 セキヤがいままでやってきたことを、自分たちが覆すわけにはいかない。そう。せめて、この命のあるうちは。
「やっぱり、悔しいですね」
 刃の肩に夜具を掛けながら、加煎は呟いた。
「結局、私はこの子に勝てない」
「仕方ねえだろ。なんたって、セキヤを壊したやつだし」
 何度目になるかわからない台詞を、醍醐は口にした。
「そうですね。セキヤだって適わなかったんですから」
「だろ?」
 森の国の軍務尚書と内務尚書は、顔を見合わせて笑った。
 自分たちがセキヤより長く生きるなどと、思ってもいなかった。なぜならば、自分たちはセキヤのものだったから。セキヤが生きろと言えば生き、死ねと言えば死ぬ。ずっと、そうやってきた。
 けれど。ここに至って、はじめて自分の「意志」で生きなければならなくなった。もう「死ね」と言ってはもらえないのだから。
「ま、ぼちぼち行こうぜ」
 醍醐は湯呑みに、酒を注ぎ足した。加煎も相伴に与る。
「いずれ、会えるんだから」
 刃の寝顔を横目に、戦友もいうべき男たちは杯を合わせた。



(了)



セキヤと刃
ここまで読んでくださった皆様へ>
まずは、わたくしどもの心の世界から生まれた物語におつき合いくださいまして、ありがとうございました。
ちょうど一年前、「月」シリーズ本編が始まったときには、まさかここまで長い物語になるとは思ってもいませんでした。
カカシとイルカを中心とした物語から、サスケとナルトへ。さらには第三世代へと広がってきた「月」の世界で、全体を見続けてきたひとりの人物が、いま眠りにつきました。すべてを見届け、やり遂げて。
彼を・・・セキヤを生み出せたことは、私にとって望外のしあわせです。セキヤの人生を、彼とともに生きた人々を、描くことができて本当にうれしい。
「見るべきほどのものは見つ」。
私も、セキヤと同じ気持ちです。
もっとも、物語はまだまだ続きます。セキヤが去っても、残った者たちは、未来を見据えて生きていくのですから。
刃も、醍醐も、加煎も。もちろん、木の葉の里の人々も。

最後になりましたが、あらためまして皆々様へ。
心から感謝をこめて「ありがとう」を捧げます。

つう拝


真也お祝いを>
つうさん、おめでとう&お疲れさまでした。
ついにこの日が来たんだね。貫き通しましたね!
セキヤ、ありがとう。そしてお疲れ様でした。
セキヤサイドは終了しましたが、次には「風」ルート作品が控えております。どうぞよろしくお願い致します。
第三世代、これからまだ一波乱ございます。セキヤの、カカイルの、サスナルの心の行く末をどうぞ見守ってやってくださいませ。

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