そいつは言った。 俺は写輪眼を持つ『うちは』なのだから、中忍になって当たり前だと。 生まれつき持っているモノのおかげで、労せずに「力」を得ているのだと。 そんなの不公平だとそいつは言った。 考える間もなく、体が動いた。 気づいたときには、地面に倒れ込むそいつが見えた。 俺は取り押さえられ、大人たちに諫められた。 その年受けた中忍試験。 俺は写輪眼を使わず、中忍になった。 夢の樹 by真也 誰も来るな。 誰も見たくない。 暗闇の中で念じた。部屋の片隅で膝を抱え、一つしかない戸口を見つめる。 ここは俺の隠れ家。木の葉の里に来て間もない頃、風と二人で見つけた。森の奥にある小さな小屋。 古びて埃だらけだったけど、一目で気に入った。誰も住んでいないようだし、一人になりたいときは大抵、此処に来た たった一間しかない、殺風景な家。それでも、自然と心が落ち着いた。まるで、前から住んでいたように。 「・・・・くそう」 ぼそりと呟く。思い出して、唇を噛みしめた。 『雷。うちは上忍は・・・・』 アンが言いかけた言葉。わかっているはずだった。でも。実際に言われると辛い。 どうしても押さえられなかった。気が付けば、飛び出していたのだ。 確かに俺は『うちは』だ。 しかし、望んで『うちは』に生まれた訳ではない。 俺は『俺』を試したかった。だから、中忍試験に臨んだ。写輪眼を使わないと自らに架して。 そして、自分の力で中忍試験を突破した。なのに。 どこまでいっても、俺は俺で見られることはない。『うちは』一族の末裔。写輪眼の双子の片割れ。それが周りの見る俺だ。 「ちくしょう」 誰になく言う。どこにも向けられない悔しさ。俺の前には、いつでも奴が立ちはだかっている。 俺と同じ顔の男が。 遥か先で、皆の心を捕らえている。 手の届きようのない所で。 『仕方ないよ』 きっと、風ならそう言うだろう。 俺達は奴から生まれた。だから、周りが俺たちに奴を求めるのは否めないと。でも。 俺は、奴じゃない。 やり場のない気持ちに拳を固めた。その時。 コツン。 窓ガラスに、何か当たった。 『風か?』考えて、打ち消す。風がこんなことするはずがない。それより、まず入ってくるはずだ。風ならば。 そう考えているうちに、窓ガラスが派手に割れた。誰かが石を投げこんだのだ。 『!』 誰だろう。敵意は感じられない。慎重に外を伺うと、石礫が飛んできた。躱して、呆然とする。 「・・・・おっさん」 「おまえもしつこいね。おっさんじゃないよん」 すぐ外には、朱髪の男が立っていた。 「どうして来た」 隠れ家から少し離れた木の上で、俺は訊いた。 「どうしてって?久々に来たら、ピンクの髪のおねぇちゃんに捕まったのよ。雷を探してくれってね」 「アンが?」 「ああ。真っ青な顔してたよ。お前に言ってはいけないこと、言っちゃったって」 「そうか」 ずきりと、胸が痛む。もともとは俺が悪い。素直に小言を聞かなくて、困り果ててアンは言ってしまったのだ。 「で?」 「なんだよ」 「おまえこそ何よ。隠れちゃってさ」 「うるさい」 図星を突かれて、言い返す。鳶色の瞳がくるりと回った。 「は、はーん」 「・・・なんだよ」 「拗ねてたのね」 「違う!」 「ムキになるとこが、怪しいねぇ」 にやりと笑った。二の句が継げなくて、下を向く。奥歯を噛み締めた。 恥ずかしいけど、拗ねてたのは事実。誰も見てくれないからと、誰にも見られぬ所に居たのだから。 「言ってみな」 「えっ」 「どうしていじけてたのよ?負けず嫌いのおまえがさ。なんなら、暇つぶしに聞いてやってもいいよん」 「・・・・・なんでお前が」 「いいの?じゃ、一人でぐじぐじしてな」 言いながら、立ち上がった。行くつもりだ。 「待てよ」 「何よ」 「行くのか?」 「当たり前よ。言う気ないんでしょ?じゃ、無駄じゃない」 さらりと返されて言葉に詰まる。何枚も上手だ。諦めて、口を開いた。 「・・・・笑わないか」 「話によるね」 「もう、いい」 「嘘だよん。ちゃんと聞いてやるからさ」 「本当か?」 「ああ」 茶色の瞳が見つめる。優しい表情。初めて見た。思いも掛けず温かく感じられて、俺は話した。写輪眼を使わず中忍になったこと。なのに、最終試験の相手が言ったこと。そして、アンの言葉。 皆、俺を俺として見ていず、『うちはサスケ』を重ねていること。 胸が一杯なのと、生来の口べたで上手くは話せなかった。でも、奴はじっと聞いてくれた。真摯な顔で。 「・・・・馬鹿だねぇ」 ひとしきり聞いた後、セキヤが言った。 「どうせ馬鹿だ。風みたいに割り切れないし」 「違う。考えてみな」 意味が分からず、怪訝に見つめた。奴がにたりと笑う。 「あのな。ほかにいると思うか?こんな、かわい気のない奴」 「なに」 「おまえはおまえだよ。他の誰でもない」 「・・・おっさん」 呟いた瞬間、頭に衝撃が落ちた。思わず、睨み返す。 「おっさんじゃないでしょ。オレはセ・キ・ヤ!」 「けっ、またかよ」 「もう一発」 二発めを避ける。三発目を警戒して、距離をとった。 「ふふん。ちょっとは用心深くなったねぇ」立ち上がりながら、嬉しそうに言った。 ふと気づく。気持ちが楽になっていることに。 「あの・・・」 「何よ。改心したの?」 「揶揄うなよ。言い憎いだろ」 「悪い」 ムキになって言うと、柔らかに笑った。傍に来て、目線を合わせてくれる。思いきって、言った。 「・・・・ありがと」 素直に言えた。正直、嬉しかった。俺を俺と見てくれたことが。 「お。クソガキにしては素直」 「うるさい。このクソジジィ!」 「まーた。口が減らないねぇ」 セキヤは微笑んでいた。先程の笑顔で。こつんと、俺の頭をこづく。 「つまんないこと考えるより、前を向いてな」 「えっ」 「おまえなんかまだ、苗木だね」 意味がわからず、眉を顰めた。鳶色の瞳が綺麗に細められる。 「まだまだ、伸びるのはこれからってことだよん。どんな樹になるかわからない。『うちはサスケ』って樹を超えるかもしれないし、途中で枯れちゃうかも」 「やな奴だな」 「全部、おまえしだいってことだよ」 朱髪の男は、そう言って笑った。 俺は照れ臭いような気がして、黙って奴を見つめていた。 心に巣食っていた苛立ちは、いつの間にか消えていた。 「さ、いくよん」 セキヤが肩を叩く。 「さっさと帰って、あのねぇちゃん、安心させなきゃね」 促されて、素直に頷いた。見上げると、奴はいつもの顔に戻っている。 「さて、どちらが早いかねぇ。『うちは』、競走だよ」 言い捨て、奴が走りだす。俺はくすぐったいような気持ちを抑えて、その後を負った。 end |
戻る