■森の国の人々を見守る作品 NO2■






宵闇     byつう







 木の葉の里からセキヤたちが帰還した夜。
 加煎は「朱雀」の組織の本拠地を移動させることを決めた。理由は、セキヤがうちはの血を引く上忍を欺いたから。
 杞憂ではないか、と思う。いかにうちは一族の血を引く男であろうとも、なにもそこまで警戒する必要はないのでは、と。
 若さゆえではない。年齢だけなら、かつて文遣いとしてやってきた「写輪眼のカカシ」も、いまの「うちはサスケ」とたいして変わらない。
 が。
 あのときのカカシが内包していた「気」は、それこそ地獄の底から這い上がってきたような凄まじいものだった。およそ人が持つはずのない、凍りつくほどの冷気。
 うちはの若造には、それがない。間違いなく人の体温を宿した「気」であった。だから、自分たちは無事に帰ってこられたのだ。
 とはいえ、加煎の危惧を一笑に伏すことはできない。
 備えあれば憂いなし。わずかでも不安があるのなら、それを排することが自分たちの務めなのだから。





 酒に、なにか仕込まれたのかもしれねえな。
 汗ばんだ肌を味わいながら、醍醐はふと、そんなことを考えた。房事の際に薬物を使うのは、加煎の十八番であったから。
 受け入れる側の負担は大きい。思い思われての行為ならいざしらず、「仕事」であったり無理強いされたものであったりすれば、なおさらだ。
 それならば。
 夢の中で、抱かれればいい。加煎はそう考えたのだろう。それゆえ、自身が抱く相手には、常に薬を使った。薬の力を借りてでも、その行為を甘美なものとするために。
『あなたなら、薬など必要ありませんけど』
 はじめて肌を合わせたときのことを思い出す。誘ったのは、加煎だった。
『よかったら、ともに休みませんか』
 渡殿で、加煎はそう言った。それ以来。ふたりの関係は継続している。
 床の中で、加煎はひたすらに醍醐を求める。求めて、求めて。
 極限まで求めて、ようやく自身を解放する。あとはもう、なにもかも忘れて、受け入れて。わずかでも体が触れているあいだは、互いに互いのものだった。いまも。
 しなる背に舌と指で愛撫を加えつつ、自分の居場所を確認する。
 大丈夫だ。俺はここにいる。俺は、俺の意志でこいつを抱いている。
 栗色の髪が左右に揺れる。掠れた声が絶え絶えに聞こえて。
「加煎……」
 名を呼んだ。中が熱くなる。その部分がさらに相手を感じて、そして……。
 視覚も聴覚も嗅覚も触覚も、焼けつくような感覚に飲み込まれていった。




「今日のは、なんだよ」
 疲労感と満足感と、ほんの少しの悔しさと。そんな説明しがたい感情に捕われて、つい訊いてしまった。
「なにって……なにがです」
 薬草の灰汁で灰色に染まった指先が、醍醐の胸筋をなぞる。
「なんか、使っただろ」
「薬ですか」
「ああ」
「まさか」
 小さく、加煎は笑った。
「そんなもの、あなたには必要ないと言ったはずですが」
「そりゃそうだけどよ」
「……そんなに、よかったですか?」
 灰緑の眼が情人に向けられた。一重の目尻が、ほんのりと朱に染まって。
「うれしいですよ」
 密着した体をスライドさせて、加煎は醍醐に覆い被さった。
「そんな誤解をされるなんて」
 唇が合わさる。
 頬に落ちてきた栗色の髪を荒々しくかきあげて、醍醐はさらに深く口付けた。意志を持って、加煎の舌が動く。しばらくそれを堪能したのち。
 濡れた音とともに、唇が離れた。
「朝……ちゃんと起きられますよね」
 確認。
 醍醐は苦笑した。たしかに、このままおとなしく眠ることなどできそうにないが、自分たちまで朝寝をするわけにもいかない。
「厳しいねえ」
「ええ。もちろん」
 そういう道を、自分たちは選んだのだから。すべてはセキヤのために。そのためだけに、自分たちは在る。
「一蓮托生ですよ」
 菩薩のように美しい男が、この身を修羅にいざなう。
「仕方ねえな」
 ぐい、と腰を掴み上げ、醍醐はにんまりと笑った。
「ま、付き合ってやるよ」



 どこまで行くのかはわからない。いつまで続くのかも。
 それでも、セキヤがいるかぎり。自分たちは生きるだろう。セキヤが死ねと言うまでは。



 身の内にさらなる覚悟を秘めて、彼らはつかのまの眠りに就いた。



(了)




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