■森の国の人々を見守る作品 NO6■
夜話 byつう
ひときわ艶めいた声が房に響く。
こりゃ、外まで聞こえたかもしれねえな。まあ、いまごろ出歩いているやつはいないだろうが。
醍醐は動きをゆるめた。一重の目が、問いかけるように見上げる。
わかってるよ。流れを止めるつもりはない。けど、このままいっちまうのは惜しいから。
耳朶を舐めるようにして、要求を伝える。一瞬、加煎は眉根を寄せたが、べつの場所を刺激すると、ふたたび甘やかな吐息を漏らした。
本当に、いい顔をする。
『アレんときでも、そんないい顔しないんじゃないの』
いつだったか、麻雀で加煎にボロ負けしたセキヤがそう言ったとき、思わず飲みかけの茶を吹き出しそうになった。
くらべものになんねえぞ。
心の中で呟く。閨の中でのこいつは、昼間とは別人だ。
誘って、求めて、隅々まで感じて。こいつは自分から、俺に食われる。崩れるほどに燃えつきて、そしてまた新たな自分を作るのだ。
朝の光を浴びて、身仕度を整えたときには、こいつに夜の名残りはない。
「いつまで寝てるんですか」
枕元で、玲瓏な声がする。
「そんな締まりのない顔では、千年の恋も冷めますよ」
そこまで言うかよ。
苦笑しつつ、牀から離れるのが常だった。
きっとまた、夜が明ければ「千年の恋」も冷めるのだろう。いや、千年ではなく「うたかた」か。
ふたりのあいだに、永遠を誓うような感情はない。永遠を捧げたのは、セキヤに対してだけだ。
セキヤのために。そのためだけに、自分たちは生きている。
遠からず、セキヤは国を興す。長らく雲の国に蹂躙されていた故国を解放するのだ。
醍醐の上で、白い体が踊る。はじめはゆるやかに。やがて激しく。
声も表情も、夢の中にいるようだった。項に手を回して、引き寄せる。深く口付けると、中の熱が高まった。
「ん……っ……」
苦しげな喘ぎ。背に回した手に力がこもる。
「……」
哀願にも似た声と、せわしない動き。おまえ、そりゃ反則だぞ。
一気に血が逆流する。歯止めがきかない。
細い体を組み伏せて、醍醐はおのれの欲情を思うさま注ぎ込んだ。
だるい。
脱力感が全身をさいなむ。もしかして、食われたのは俺の方かも。
ゆるゆると横を向くと、羽毛のような栗色の髪が、乱れた敷布に広がっていた。そっと手をのばして、感触を楽しむ。
「なんですか」
灰緑の目をうっすらと開けて、加煎が言った。
「人の髪をおもちゃにして」
「ん。すまん」
一応、謝っておく。実際は少しも悪いとは思っていないのだが。
「余韻に浸ってんだから、いいじゃねえか」
これは本当。言いながら、なおも髪をまさぐる。
「久しぶりだったし、な」
「……だれのせいだと思っているんです」
しまった。やぶ蛇だったか。
美しい情人は、わずかに上体を起こして醍醐を見据えた。
「あなたとセキヤが雨の国で油を売っていなければ、もっと早くに内宮と話がついていたのに」
前年、木の葉の里に五代目火影が誕生し、森の国は木の葉の国と雲の国の会談を実現するべく、奔走していた。加煎の計算では、啓蟄までにそれらの準備がすべて終了しているはずだった。それが。
事は加煎の思う通りには進まず、結局、清明節を迎えてしまったのだ。
「おかげで余計な仕事が増えてしまいましたよ。だいたい、あなたもセキヤも大雑把すぎます。先月のうちに事が終わっていれば、この砦の経費だって……」
出た。
きっと加煎の頭の中では、筆一本、墨ひとつの単価まで計算されているのだろう。いや、もしかしたら、飯一膳ぶんまで。
「経費は一割削減できたんだろ」
たしか賭け麻雀で加煎が勝ったとき、セキヤはその条件を飲んだはずだ。
「表向きはそうですが、セキヤのポケットマネーまでは管理できませんからね」
「んじゃ、そのへんは刃に頼むんだな」
奥の手を出す。加煎の眉が、ぴくりと動いた。
「私が、刃に?」
「仕方ねえだろ。セキヤのヘソクリを差し押さえられそうなのは、あいつしかいねえんだから」
「それはそうですが……」
不本意そうな顔。醍醐は苦笑した。
「それが嫌なら、ちっとぐらい目をつむれ」
言いながら、あごを掴む。すばやく唇を奪い、内部を味わった。もう一方の手を下へと滑らす。名残りを留めた肌が、ふたたび色づいてきた。
「……ごまかすつもりですか」
きつい視線。醍醐はそれを真っ向から受けた。
「ん。まあ、無理だとは思うが」
奥へ、指を進める。
「やってみるかな」
加煎の体が、波打った。
こんなことで、ごまかせるなんて思っていない。おまえは、それほど甘くはない。この体ほどには。
ふたりは、ふたたび夜のはざまに溶けていった。
(了)
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