■森の国の人々を見守る作品 NO5■
*今回、ちょっとハードなシーンありです。苦手な人はここで退避願います。




灼熱     byつう







 ひと仕事終えた日の夜。
 例によって集会所で無礼講の宴会があり、夜明け間近になって皆、三々五々、散っていった。
「よろしいですか」
 すっ、と近くに来た加煎が囁いた。
「おう」
 短く答える。
 セキヤは四半時ばかり前に刃とともに房に戻った。おそらく昼すぎまで起きてはこないだろう。今回の仕事も上々だった。刃が早めに内情を探ってくれたおかげで、報酬を二重取りできた。これでしばらく、北部国境はおとなしくしているだろう。
 加煎が集会所を出るのを見送り、しばらく時間をずらして引き上げる。行く先は自分の房ではない。先刻、約束を交わした情人の部屋。
 扉を叩くと、すぐに鍵の外れる音がした。すばやく中に入る。自分たちの関係はほかの仲間には秘していた。知られて困ることはないが、大っぴらにすることでもない。
「飲み直しますか」
 卓の上に杯を置いて、加煎は言った。
「いや、いい」
 手首を掴んで、引き寄せる。
「どうしたんですか?」
「たまには、こういうこともある」
 体を押しつけて、無言で要求する。加煎は驚いたように顔を上げた。
「……わかりました」
 数瞬のち、房の明かりは消えた。





 誘うのも、求めるのも、たいていは加煎の方だった。はじまりがそうだったから、自分たちのあいだではそれが暗黙の了解になっていた。が、醍醐とてどうしようもなく欲するときもある。
 敷布の波間に漂う白い体を押し広げ、半ば強引に身を進めた。呻くような声が、薄く形のいい唇から漏れる。中はまだ固かった。あたりまえだ。なんの準備もしなかったのだから。
 それでも、慣れた体は醍醐を受け入れた。奥へ、奥へとそれを導く。が、いまだ緊張の解けぬその場所は、満足に動くこともできずにいた。
 苦悶の表情が浮かぶ。汗が滲む。わずかに開かれた唇は、せわしなく浅い息を繰り返す。
 もう少し待てば、きっと馴染んでくるだろう。ほかの場所を刺激して、意識を散らせれば。そんなことはわかっていたが、そうする時間さえなぜか惜しくて、醍醐は無理矢理、腰を打ち付けた。
「……!」
 小さな叫び。腕を掴む手ががくがくと震えている。唇を噛み切ったのだろうか。声を封じようとして為した口付けは、鉄の味がした。
 前戯も睦言も、なにもない交わりはまるで獣のそれのようだった。欲望を吐き出すだけの行為。いや、獣の方がまだましかもしれない。少なくとも、獣には受け入れる側に選択権があるのだから。
 加煎は醍醐を求めたが、決してこんなことを望んだわけではあるまい。満たして、満たされて、互いを認める。そんな関係を、ふたりはずっと続けてきた。それなのに、なぜ今日に限って、歯止めが効かなかったのだろう。
 醍醐には、相手を縛って責めながら犯す性癖があった。が、それはかなり以前のことで、ここ何年もそんなやり方で房事を行なったことはなかったのに。
 力づくで押さえ込んだためか、加煎の体にはあちこちに欝血の跡が残っていた。下肢のあいだもひどく汚れている。
「すまん」
 練り布を湯で湿らせて、醍醐は加煎の体を拭いた。摩擦で擦り切れた箇所もある。加煎はしばらく目を瞑ったまま、横を向いていた。敷布の汚れもひどかった。醍醐が新しい敷布を用意すると、加煎はゆるゆると身を起こし、青白い顔のまま長椅子に移動した。
「本当に……どうしたんです」
 醍醐が牀を整えるのを見ながら、加煎はぽつりと呟いた。
「……すまん」
「謝ってくれなどと言ってませんよ。なにがあったのかと訊いているんです。私には訊く権利があると思いますが?」
 たしかに、そうだ。
 醍醐は大きくため息をついた。
「ちょっと、自信をなくしちまってな」
「自信?」
「俺なんぞが親父やってていいのかってさ」
 醍醐には、五人の子供がいる。といっても、実子ではない。戦やなんらかの仕事の折りに、各地で拾った孤児たちである。長子は今年、十六になる。
「なんですか、急に。皆、あなたのことを本当の父親のように慕っているでしょうに」
「それが、そうでもないらしくてな」
 醍醐は自嘲ぎみに笑った。
「……今度の仕事で、なにか?」
「ああ。慶臣のやつがな」
 長子の慶臣は、今回はじめて仲間とともに仕事に参加した。その野営地で、醍醐は慶臣に思いもよらぬ一言を投げかけられたのだ。
『私は、親父どのの伽をしなくてはいけないんですか?』
 一瞬、耳が変になったのかと思った。慶臣は真剣だった。だれからか醍醐の性癖を聞き、息子とはいえ血の繋がらぬ自分がその役割を与えられたのかと誤解したらしい。
「そんな目で見たことなんか、一度だってなかったんだがな」
 むろん、いまでもそうだ。が、慶臣の心の中で、養父に対するわだかまりが生まれたことは確かだ。
「なんとも、ばかなことを言う者がいるのですね」
 むっくりと、加煎は起き上がった。
「皆を起こしてください。……いいえ、まずはセキヤに報告を」
「はあ?」
「そのような中傷誹謗を見過ごすわけにはいきません。慶臣に虚偽を教えた者を捜しだし、処分せねば」
 一重の目に、冷ややかな光が宿った。
「処分って、おまえ……」
「仲間の和を乱すのは大罪です。一刻の猶予もなりません。早くセキヤのところに……」
 立ち上がりかけて、ふらりとよろめく。醍醐はあわてて、その体を支えた。
「……大丈夫です。行ってください」
「加煎……」
「もし、そのうつけ者を処分しても慶臣が納得しなければ、私が話をしましょう」
「話?」
「ええ」
 うっすらと、加煎は微笑んだ。
「あなたの親父どのは、私の男だと。そう言えば、納得してくれるでしょう」
「おまえ……」
 醍醐はまじまじと加煎を見下ろした。するりと、細い体が腕からすりぬける。
「行ってください。私はここで、待っています」
「わかった。恩に着る」
 醍醐はきっちりと拝礼して、房を出た。





 翌日。
 仲間の一人の首が、その胴体から離れた。
 慶臣は醍醐に非礼を詫び、醍醐も自分の不徳を恥じた。加煎が慶臣と個人的な話を交わしたかどうかは、定かではない。



   (了)




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