■森の国の人々を見守る作品 NO,1■
枕詞 byつう
激しい息遣いが、やがて喘ぎに変わる。牀のきしむ音。汗の交わる音。敷布のしわが動きに合わせて生き物のようにうごめいている。
ふたりの声が緩急をつけて、房の中に響く。互いの声に互いが乱れ、さらなる波を呼び起こす。
態勢が幾度も変わる。求め合う手が、唇が、わずかな隙間に入り込み、すみずみまでも確かめようとしている。
やっと納得するころには、どちらも全身が麻痺したようになっていて、ただその場所だけが相手を認識しているにすぎない。なにも考えないでいい。もう、なにも。
そしてふたりは、解放される。
「やっと、わかりましたよ」
固く、がっちりとついた筋肉を長い指で辿りながら、加煎は言った。
「なにが」
醍醐はその手をとって、軽く噛んだ。
毒と薬を扱う指。爪は紫に変色し、指先も薬草の灰汁に染まって薄墨色になっている。てのひらの淡い色とは対照的だ。
「セキヤが、あなたを選んだわけが」
「うん?」
「東依が死んだとき……」
「ああ、あれか」
弟のように可愛がっていた東依を亡くしたとき、セキヤはひどく不安定な状態だった。部屋に籠もり、食事もとらず、何日も過ごした。そのとき。
セキヤは醍醐に頼った。醍醐はそれを受けとめた。
「苦しみから逃れたいのなら、私のところに来ればよかったのに」
「期待してたのか」
「ええ。少し」
加煎は薄く笑った。
「私なら、なにもかも忘れさせてあげたでしょうから」
「薬で、か?」
醍醐は口の端を持ち上げた。
「あいつが薬なんか使うわけねえだろ。楽しいこともつらいことも、全部自分で責任取ろうってやつだぞ」
「そうですね」
小さなため息。
「だから、あなただった」
身を起こして、旧知の男を見下ろす。
「一緒に堕ちてくれる男」
薄い唇から、まるで愛の告白のように言葉がこぼれる。
「なんでも許してくれる男」
顔が近づく。
「命をくれる男」
口付け。
しびれるほどに苦くて、離れがたい。
「死んでくださいね」
醍醐の耳元で、加煎は言った。
「そのときが来たら」
セキヤのために。
「で……おまえはどうするんだ?」
加煎の項を愛撫しながら、醍醐は訊いた。
「見届けますよ。全部」
「なんか、割りに合わねえな」
「そうですか?」
「そうだよ。いくら前倒ししてもらったって、相手がおまえじゃ……」
「すみませんねえ、セキヤじゃなくて」
「そこまで言わなくていい」
「でも、損な話じゃないでしょ」
加煎の手が、ふたたび動き出す。
「お互いに、な」
にんまりと、醍醐は笑った。
繋がったのは体ではない。むろん、心でもない。
道が繋がったのだ。いままでよりも、さらに深く。
彼らは歩いていく。それぞれの、大切なもののために。
(了)
戻る