たぶん、あれが始まり。
俺とあいつの進む道が交わった、最初の一回。






止まり木     by 真也






 写輪眼でも、かすむんだな。
 寝不足の頭でそう思った。昨夜、一睡もできなかったのだ。あまりに呆然として。
 悲しいというよりは、信じられなかった。あいつはそれが故に、火影さまの部屋に怒鳴り込んだらしいが。
 イルカ先生が、殉職した。
 あの、見守られているということを何よりも知らせてくれる、温かな視線をくれたあの人が。
 ナルトがやってきた。中忍の礼装をちゃんと着て。
「・・・・よう」
「見られた顔じゃないな」
「うるせえ。てめえだってそのクマ、なんだよ」
 そんなこと、分かっている。寝てないのだ。
 わけの分からない怒りと、悲しみと、どうしようもない寂しさ。
 両親をなくしたあの時と、同じ痛み。
「いくぞ」
 顎をしゃくると、ナルトは黙って付いてきた。




 葬儀会場の講堂に入る。正面に遺影。イルカ先生はちょっと恥ずかしそうに笑っていた。
 ああ、いつもこんな風に笑ってたよな。そして、思いやる言葉をくれた。
 ナルトが目を反らした。このバカ。逃げるな。
「ちゃんと見ろ」
 そう言ったら、ナルトの肩が震えた。足元を見つめて、視線を泳がしている。
「先生は、ずっとお前のこと、見てたんだからな」
 決心したように奥歯を噛み締めて、あいつは顔を上げた。目が、真っ赤だった。
 認めなくてはいけない。あの人が去ったことを。命を賭してでも、任務を全うしたということを。
 俺達は黙って進んだ。

「カカシ先生の家で、事切れたんだって」
 先にいたサクラが呟く。
 泣き濡れた緑の瞳。瞬きも忘れて、見開かれたままだった。
 死の直前まで里に走り、あの人は何を思ったのだろうか。
 そして、それを看取った男は。
 俺はあたりを見渡した。いない。奴の姿が、ない。
『やっぱり』と『どうして』。
 二つの気持ちがせめぎあう。
 やり場がなくて、拳に固めた。



 あんた、誰より求めてたじゃないか。
 イルカ先生だって、あんたに一番与えてたはずだ。親が子を思う位の密度で、愛しんでたじゃないか。
 何故見てやらないんだ。カカシ。



 ナルトがまた一つ鼻をすすった。
 奴はついに、姿を見せなかった。





「ナルトをお願いね」
 いのの肩を抱いて、サクラは言った。
 アカデミー生全体が、いや、あの笑顔を知る者全員が悼んでいる。
 あの人の、死を。

 皆、三三五五に散ってゆく。
 家で、癒されようともどってゆく。
 家族。
 無条件で受け入れてくれるもの。見返りを求めずに、愛をくれるもの。
 俺にもナルトにも、ない。イルカ先生だけが分け与えてくれた。
 笑顔で、時には涙で、足りないものを埋めてくれた。
「・・・・どうすれば、いいんだよ」
 ナルトがぽつりと呟いた。力ない声。
 俺のすぐ後をとろとろ歩いている。
「早くこい」
 二人で、アカデミーからナルトの家までの道を、普段の倍くらいの時間をかけて歩いた。
 いつの間にか、日が陰っていた。





「じゃあ、俺は帰るからな」
 戸口で宣言したのはもう、日没後だった。
 ナルトは動かない。膝を抱えて部屋の隅に座っている。
「おい、聞いてるんだろうな」
 声で凄むと、あわてて首を縦に振った。
『ごめん、ありがと』と笑う。下手な笑顔で。
 無性に腹が立った。
 つかつかと歩み寄って、胸ぐらをつかむ。そのまま上半身を引き上げた。
 碧い目が大きくなる。
「ウスラトンカチ!いつまでもぐじぐじしやがって!」
 殊更に大声で言ってやる。それがこいつには一番の薬だ。
 ほら、突っかかってこい。いつものように。
 でも、あいつはそうしなかった。
 大粒の涙がこぼれた。でも、笑ってやがる。
 口元を歪めて、目を見開いて。
「・・・なんだよ」
「へへ・・・だってさ。おかしくて」
「何が」
「サスケでも泣くんだなって思ったら・・・にあわねぇよ」
 涙と鼻水と涎。
 ぐしゃぐしゃの顔でナルトは笑った。
 その時俺は、自分が泣いていることに気付いた。

 あとは、なしくずしだった。
 ナルトは泣きながら笑い、俺は涙を流して毒突いた。
 さんざん騒いで、疲れたのでやめた。
「腹減ったってばよ」
「・・・だな。おい、何か作れ」
「ええ〜っ。なんでおれが・・」
「お前の家だろうが」
 うるさい頭を一発殴ってやる。
 ブツブツ言いながら台所へと向かった。
 お決まりのインスタントラーメンは、湯の量が足りなくて、少し辛かった。



 誰にも癒してもらえない俺達は、自分で傷を舐めるしかない。でも、一人でやるよりは二人で寄りかかってする方がいくらかましだ。
 自分で癒すことには変わりないが。



「カカシ先生、帰ってくるかな」
 星空を見つめて、ナルトが言った。満月に少し満たない月が辺りを明るく照らす。
 銀色の光。銀色の男。
 帰って来ないはずがない。
 イルカ先生が、許すはずがないのだ。
 追うことも。
 捨てることも。
 逃げることも。



「帰ってくるさ。嫌でもな」
「・・・そうだよな」
 どんな奴になって帰ってくるかが問題だけどな。
 そんなそら恐ろしいことを考えながら、俺は目を閉じた。



<END>



感情という名の焔』へ続く



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