戸の閉まる音がした。 飲み干したコップも。 乱れた夜具も。 そして、おれさえも。 そのままで、あいつは、いってしまった。 越冬 by真也 身体を起こそうとして、おれは顔をしかめた。 腰から背筋にかけての鈍い痛み。わななく膝。力を入れ過ぎた為か、重い腕。 内股を伝ってゆくもの。 すべて、あいつが残したものだった。 何度か試みて挫折し、歯をくいしばる。なんとか座ることができた。そして、見つける。 身体中に散らばった、色なすものを。 これは印だ。おれが、あいつに繋がれたことの。 ゆっくりと、目を閉じた。 身体だけでも拭きたいと思い、辺りを探す。手ごろなものは見つからず、敷布を破いて水に濡らして拭いた。使った布は、全て捨ててしまった。見たくもなかったから。 あいつが何を求めているのか、分からなかった。が、逃げてはいけないと、それだけは思った。自分が紡いだ言葉の責任を持とうと。心から言った言葉だったから。だから抵抗しなかった。 脱ぎ捨ててあった忍服に手を通す。あいつの匂い。おれのものではない。あわてて放り、自分の忍服を着た。 そろそろと立ち上がって戸口へ向かう。ただ、家に帰りたかった。 『サスケ君の家、残しておくみたいだから。時々見に行ってね。帰ってきた時、荒れ放題だったらがっかりするでしょ』サクラが言っていたのを思いだした。後ろを振り返る。 小さな、殆ど物のない家。サスケが、一人で暮らしていた家。 機械的に前を向き、外に出た。後ろ手で戸を閉める。 『今日、任務がなくてよかったな』漠然と思った。 最初の一歩を踏み出す。 外はもう、太陽が高くなっていた。 身体は順調に癒えていった。サスケと顔を合わさない様、連続で任務を入れていたから。 その為、まとまって休むことができた。 あいつが身体に残したものは、日々薄くなってゆく。でも、消えないものがひとつ。 説明のつかないもどかしさ。それだけは色褪せることなく、むしろはっきりと心の中に残っていた。 これは、何なのだろう。 この気持ちは。 「冴えない顔ね」 サクラだった。隣にはリーもいる。 「サクラっ、おまえのせいでなっ!」 「ああ、行ったの。サスケ君の家。あんた避けてたから、てっきり行ってないと思ったのに」 「じゃあ、サスケ君と会ったんですね!よかった。彼は落ち込んでましたからねぇ、ナルトくんに会えなくて」 「サスケが・・・か?」 「ええ。傍目に涙を誘いました」 「そ、そうか?」 「あんたが原因でしょ。で、何があったのよ。・・・話しただけじゃないのね?」 「うっ・・・・いや、なんでもないって。でも、騙すことないだろ!」 「・・・・ふうん」 ちろり、とサクラが横目でこちらを見た。 「じゃ、言うけど。私がああ言わなかったら、あんた、サスケ君に会いに行かなかったわよね。で、サスケ君は心にあんたとのわだかまりを持ったまま、暗部に行くわけだ。そんな不安定な状態で務まる所なの?暗部って」 びしっと指差されて言われる。その後ろでリーが『サクラさん、鋭いですっ』と手を叩いた。 それは正論だ。言い返せない。 おれは俯いた。身体の横で両手をぎゅっと握る。 下手な状態でなくとも、極めて命に関わる部署だ。暗部は。 二年間、生き残れる保証もないのだ。 そんな所にサスケを送り出すのに、おれはなんてくだらないことをしていたのだろう。 ハッと気付く。サクラが肩に手を置いていた。 「何があったか、聞かないけどさ。ナルト、サスケ君のこと嫌いになった?」 訊かれて、目を見張る。おれが?サスケを? 「・・・・いや、そんなこと、ない」 「じゃあ、考えてみて。サスケ君がしたことの意味を。彼が暗部に行くことの意味を。そしてあんたも答えを見つけなくちゃ」 「暗部に行くのは、強くなる為だと言ってたぞ」 「『自分のために』強くなるなら、今でも充分だと思うけど?」 「・・・・わかんねぇよ」 「時間は二年もあるのよ。頑張って。私は、先に行くわね」 「サクラ?」 「アカデミー教員養成学校に受かったの。先生になるわね」 「あ・・・・お、おめでとう」 ありがとう。と言ってサクラはリーと行った。 おれは、ただわけもなく情けなかった。 整理のつかない気持ち。わからない。あいつのしたことの意味。そして自分の答え。 やるしか、ないよな。 ため息ついて、空を見上げた。 碧さだけが、身にしみた。 「でも、おもしろいわね。ナルトみたいな普段どこでも突っ走ってゆくのが、いざとなったら尻込みしてさ。で、サスケ君みたいにいろいろ考えてる人が、後先考えずに命がけで飛び込んでいっちゃうんだから」 「あ、そういえば、おれもしちゃいましたね。その命がけ。お恥ずかしいです」 「いいのよ」 「えっ?」 「だって、それでリーさんは私を手に入れたでしょ」 「さすがサクラさん!すばらしいです!」 <END> 『月』シリーズセキヤルート『五月闇』へ続く |