ドアを開けておれは、絶句した。
 なぜなら、そこにいるはずのない人を見たから。






巣立ち前   by真也







「久し振りだねぇ」
 唯一、表に出ている右目を細めて彼が言った。ドアに頭が、かかりそうな長身。眠たそうな目。銀髪。まごうことない、カカシ先生だった。
「な、なんだよっ」
「お前。挨拶くらいしなさいね。せっかく会いに来たんだから」
「カカシ先生っ。確か、砂との国境の砦にいるはずじゃ・・・」
「いるよ。今もそこに。ちょっと帰って来たのよ」
 おれは口をあんぐりと開けた。帰ってきた?最前線から?司令官が?
「・・・・大丈夫なのか?」
「失礼だねぇ。少しくらい、いなくたって大丈夫よ。サスケも来てるしね。いやぁ、あいつが来てから楽させてもらってるよ。うん」
 腕を組みながら、楽しそうに言う。おれは苦笑した。この人がここにいるということは、あいつがその分働かされてるということだ。
「そんな顔しなーいの。あいつだって上忍だよ。なんたって、『うちはサスケ』なんだから」
 それもそうだ。暗部帰りの黒髪の上忍。うちは一族の末裔。その噂は、近隣諸国まで響いている。何より、おれ自身が一番よく知っているはずだ。あいつの強さは。
「そろそろ、入れてくんない?」
「あっ、ごめん」扉を広く開け、彼を中に入れた。
「あいかわらず、汚い部屋だねぇ」
 のんびりと言いながら、部屋に一つしかないイスに座った。
 取り敢えず何か出そう。おれは戸棚を探した。あるのはお茶と、封の切られてないインスタントコーヒー。
『コーヒーくらいねぇのかよ』
 いつだったか、サスケが言った。その後、買ったものだ。
「それは、やだよ」
「えっ」
 驚いて、振り返る。銀髪の上忍が後ろから覗きこんでいた。
「だってそれ、賞味期限過ぎまくってるからね。いくら封が開いてなくても、三年前のやつじゃねぇ・・・・」
「わっ忘れてたんだよ。捨てるってば」
 おれは慌てて、コーヒーを隠した。
 湯を沸かし、ほうじ茶を入れる。香ばしい空気が漂った。
「はあ。落ち着くねぇ」
 湯のみを片手に、カカシ先生がしみじみと言った。
「戦線、どうなんだよ」
「難しいねぇ。砂忍は手段を選ばないし。殺しまわるだけじゃ、簡単なんだけど。双方の被害を少なくって考えると、ね。」
 噂は聞いていた。それこそ手段を選ばなかったこの人が、最小限の犠牲で、最大限の効果をあげる戦い方をしているということ。最前線にありながらも、忍兵たちの生還率が異常に高いことを。
「お前はどうよ」
「何が」
「いつまで中忍やるの。それとも一生中忍?」
「違うよっ。今度の上忍試験、受けるんだぞ」
「受けても、通るとは限らないんだよー」
「知ってるよ!だから、サスケにもいろいろ見てもらってるんだって。火影だって、諦めてないんだからなっ」
「はいはい」
 ムキになって言うと、彼は目尻にシワを寄せ、面白そうに笑った。
 おれは悔しくてむくれた。
 ひとしきり笑ったあと、彼は真っ直ぐ見つめてきた。真摯な瞳。
「いいんだな」
「えっ」
「お前。あいつでいいんだな」
 ゆっくりと、念を押すように訊かれる。微笑んで、大きく首肯いた。
「うん。いろいろあったけど、やっと手に入れたんだ。結構、頑張ったんだぜ」
「そうか」
 蒼い瞳が細められる。それだけで、覆面の下が分かった。穏やかな笑顔。イルカ先生みたいな。
「あいつもまだまだだけど、お前となら、大丈夫だな」
「まだまだって。おれこそ中忍だぜ?」
「そういう意味じゃ、なーいよ」
 ふわりと頭に手が回った。そのまま、引き寄せられる。頬に、カカシ先生の胸。温かい。



「頑張れよ」
 声と共に、彼は消えた。
 わずかな煙を残して。



 思いだす。心に染み入るような優しさ。
 さり気ない、思いやり。
 あの人のくれたものと同じ。
 彼なりに、心配して来てくれたのだ。
 後を預かったサスケには、悪いけど。





『先生、ありがと』
 頭に手をやりながら、おれはそっと呟いた。
 





<END>




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