それから by真也
真夜中、覚えのある気を感じて、俺は目を覚ました。
傍らのナルトはよく眠っている。深く、ゆったりとした呼吸。任務後、血が騒いだまま抱いたから、かなりきつかっただろう。目を閉じた童顔には、明らかな疲労の色が浮かんでいた。そっと、枕にしていた腕を外す。夜具を抜け、俺は立ち上がった。床に落とされていた忍服に腕を通し、戸口へと向かう。
もう一度、あいつが眠っているのを確認して、俺は外に出た。
結界を張り巡らせた俺の家。そこに気を送る。それも今ごろの時間。こんなことをするのは奴しかいない。気の流れを辿って、森を歩く。家から少し離れたところで、俺はある木に飛び上がった。
「ごくろうさん。よくわかったねぇ」
「悪趣味だな。こんな夜半に」
「ナルトに来られちゃ、困るからね」
枝の上で、にやりと笑う。靡く銀髪。藍色の瞳と緋色の眼。カカシだった。
「何の用だ」
「ま、取り敢えず、こいつからね」
一升瓶が放られた。右手で受け取る。カカシの好きな酒だ。俺も枝に腰かける。
「悪いねぇ。お前の好きなのじゃなくて。ま、それでもいけるでしょ」
悪いなどこれっぽっちも思ってないくせに。そう思いながら、封を開けた。
「そうそう。杯も一つなのよ」
「いい。直接飲む」
「結構、行儀悪いねぇ」呆れた様に首を傾げ、喉の奥で笑った。
自分の分の封を切り、持参の杯に手酌で注ぐ。
「で?俺の行儀を見にきたわけじゃないだろう?火影候補が」
「イヤな奴だねぇ。辞退したって知ってるくせに。それよりあいつ、起きないだろうな」
「大丈夫だ。あの様子じゃ昼まで寝てる」
「はいはい。お疲れさま」
「ふざけてんなら帰るぞ」
酒瓶に口を付け、一気にあおる。
「せっかちだねぇ。じゃ、本題。ナルト、どこまでいったんだ?」
「火遁と雷系は完璧。水遁が苦手だな。土遁は流石だ。攻撃はいいけど、防御と戦略が甘い。習得したのは、八割くらいだろう」
「うーん。まだまだだねぇ。教え方が悪いんじゃない?」
「悪かったな。誰かみたいに饒舌じゃないもんで」
「ま、いいか。当分三代目のじいさんも元気だろうし。でも、あと二〜三ヶ月で習得させといて。全部」
「必要になるのか?」
俺は眉を顰めた。
「わからない。でも、今度は嫌な奴が出てきたからね。まあ、あっちもそうだろうけど。どのみち、あいつが出てきたら、こっちも無傷では済まない」
「・・・それって、もしかしてあいつか?」
「そうそう。お前も伊達に過ごしてないな」
「あいつが出てくるのか・・・・」
「ああ。だから、ね」
言いながら、カカシは杯を飲み干した。
朱雀。あいつを相手にするのなら、大きな戦になるだろう。そうなれば、俺達に招集がかかるのも時間の問題だ。
「わかった。習得させておく」
首肯いて、俺は酒をあおった。辛口のそれが胸を焼く。目を閉じて、その感覚を噛み締めた。
「と、言うわけだから。お前。俺の家、見ててよ」
「あんたの家をか」
俺は眼を見開いた。結界の張り巡らされたカカシの家。盗人など入ろうはずもない。
「当分、帰れないだろうから」
手元の杯を眺め、ゆっくりと口に含む。
「長引きそうか」
「奴が出てくる時期による、かな」
「そうか」
「もしそうなるようだったら、中を一度確かめてくれ。・・・・・あの人のものがある。お前なら、あの家に入れるだろう?」
「ああ」
「頼む」
口元だけで、微かに笑った。
「話は終わりか?」
「いや。それとね、お前に渡したいものがある」
「何だよ」
怪訝に見やると、奴は懐から数冊の本を出した。見覚えのある本。イチャイチャシリーズ全集。
「おい、なめてんのか。いらねぇよ」
「ま。中を見てみな」
言いながら、奴は一冊投げた。受け止めて、開く。
「・・・・・ただの、スケベ本じゃねぇか」
「写輪眼で見てみろ」
「なに」
「いいから」
促されて、写輪眼を使う。これは・・・。
俺は本を凝視した。
そこには、暗号化された膨大な情報が記されていた。禁術。近隣諸国の情勢。木の葉の里全体の機密事項と歴史。
「カカシ」
「見事だろう。お前と俺にしか、わからない。それは、あの人が考えたんだ」
「イルカ先生が・・・・」
「あの人が記した情報に、俺が知っている事全てをつけ足した」
瞬時、俺は戸惑った。重要すぎる情報。上忍とはいえ、これは火影に匹敵するものだ。
「俺が、持っててもいいのか」
「ああ。お前に託す。お前が必要だと思うことに、それを使えばいい」
「・・・・・わかった」
俺は本をベストにしまった。貴重な彼らの記録。必ず、使う日が来るだろう。
「本当に、凄い人だったんだな・・・・・イルカ先生って」
「そうだよ。なんせ、お前たちの先生だからね。でも、だめだよ」
「はぁ?」
意味が分からなくて、聞き返した。奴は色ちがいの両眼を細め、にやりと笑う。胸のあたりに手をやり、ゆっくりと言い聞かせるように言った。
「あの人は、俺のだからね」
一瞬、俺は言葉を失くす。
「んなこと、言ってないだろが」
呆れながら抗議すると、喉の奥で笑った。ふと、反撃を思いつく。
「そういうことなら、あいつは俺のものだな」
お返しとばかりに、不敵に笑ってやった。しかし、俺が見たものは・・・・。
奴は笑っていた。苦笑の混じった、でも穏やかな顔で。
「そうだ。あいつがそれを望む限りは」
奇麗な微笑み。この上なく、優しく見えた。あの人のそれのように。
「じゃ」
白みかけた空のもと、カカシは枝を蹴った。瞬く間に、姿が消える。俺は黙って見送った。
早朝、はたけカカシ率いる部隊は、山岳地帯へと出発した。
『生きて帰れ』とは言わない。
戦場がどういう所か、わかりきっているから。
何が起こるかわからないと、知っているから。
それでも、少しでも。
あんたにとって、いい結果であるよう祈ってるよ。
END
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