空中乱舞   by真也





 
空が明るくなり始めていた。
 夏の虫が鳴きはじめる頃、おれは第二演習場にいた。
「一応、アカデミーには模擬戦ということで、届けを出しておいたから。くれぐれもその範囲で戦ってよ」
 サクラが言った。
「ああ」
「同胞の私闘は重罪なんですからね」
「わかってるって。それよりサクラはもう行けよ。巻き添えくったらリーに合わす顔がない」
「ええ。わかったわ」
 何度も振り返りながら、サクラはその場を離れた。
 おれは深呼吸する。そろそろ時間だ。
 気配を感じる。昇りはじめた朝日を背に、あいつがやってきた。
「よお。逃げずに来たか」
「お前もな」
 昨日の頼りない表情は消え去り、いつものサスケに戻っている。ほっと胸をなで下ろした。今のあいつならば、大丈夫だ。
 これで正々堂々と、悔いなく戦える。 
「そろそろ始めるか」
「一つだけ、確認しておく」
 あいつが言った。真摯な瞳。
「俺は上忍だ。それでもやるのか」
「関係ない。おれは、おまえと戦いたいんだ」
 視線を反らさずに言う。サスケの口元がフッと綻んだ。
「わかった」
「じゃ、いくぜ」
 同時に跳んだ。葉陰に姿を隠して、気配を探る。演習場は静まり返っていた。
 突然、背後に何かを感じて前に飛ぶ。前方にあいつの姿。くそっ、気配は囮か。枝を掴んで方向を変える。
「ちっ」
 クナイが掠めた。落ちる。影分身。2人で着地した。来る。早い。一人を囮に、飛び上がって一撃。クナイで受けられた。同時にあいつの左手が腹に食い込む。後ろに飛ばされた。木にあたる直前で回転、幹に着地する。そこを軸に跳んでもう一撃。躱された。着地してクナイを投げる。一つ、あいつの頬を掠めた。驚いて頬に手をあて、手についたものを見ている。
「・・・・やるな」あいつが笑う。おれも笑い返した。
「次は、俺の番だ」
 サスケが印を切る。両手が鮮やかに動いて炎を呼んだ。火遁の術。炎の渦がおれに迫った。上へ飛ぶ。木を伝って走った。炎の玉が投げられてくる。ぎりぎりで躱してゆく。服の焼ける匂いがした。かまわず、スピードを上げる。たしか、このさきには・・・。よし!見えた。
 おれは足を止めた。
「逃げないんじゃ、ないのか」
「ああ。そうだよ」
 あいつを見つめ、にやりと笑った。補助印を切る。
「無駄だ。ガマを呼んでも、焼き尽くす!」言葉と同時に、炎が襲ってきた。
「へっ!」大きく後ろに跳ぶ。茂みを越えて。
「何っ」サスケが目を見張る。
 おれは、水から突き出た岩に着地した。そう。後ろには池があったのだ。
「これで火遁も威力半減だな」すばやく、印を切る。『口寄せ』土遁の術。煙が立ちこめた。
 あいつを見下ろす。おれは呼び出したガマの頭の上にいた。
「一気にいくぜ」
「それはどうかな」サスケが笑んだ。不気味なほど、綺麗な微笑み。
 小さく細長い笛を取り出し、旋律を刻み始めた。高まってゆく気。渦巻いてあいつを囲んでゆく。霧が、辺りを包んだ。
「気をつけろ!」
 俺はガマに叫んだ。視界が効かない。でも、来る。
「うわっ」
 霧の中から衝撃。早くてみえない。ガマがよろける。また一撃!今度は見えた。巨大な、鞭の様なものがしなる。
「後ろに跳べ!」叫ぶ。池の対岸に着地した。
 あれは、何だ?よく見えない。池を渡る水音だけが聞こえた。
「霧を掃え!」
 ガマが息を吸い込む。大きく腹が膨らんだ。一気に吐き出す。
 見えた。
「な、なにっ」
 現われたのは大蛇。頭上にサスケが立っている。
「『口寄せ』は、お前だけの技じゃない」
 ひらりと、飛び降りた。手に持っているのは、笛。美しい旋律が流れる。大蛇が襲ってきた。三度衝撃。おれは飛ばされた。危うく木に着地。四度目の攻撃。ガマが左に避けて、尾を咥える。反動で頭が戻ってきたところに体当たり。大蛇がふっ飛んだ。
「よし!もう一回だ」
 その時、甲高い音が鳴り響いた。しゅるり。大蛇がとぐろを巻く。目が光った。
「逃げろ!」
 言葉を投げた。でもガマは動かない。どうして。
「おい!」
 叫んで、近くへ飛び降りた。これは。
 ガマは、脂汗を流している。金縛りにあっているのか?
 大蛇が迫ってきた。巻きついて、ガマを締め上げてゆく。まずい。
「戻れ!」急いで呼び戻した。消えるのを待って再び木に飛び上がる。そのまま木を渡って距離をとる。
 突然、目の前にあいつ。クナイが振られた。受け返して、上に跳んだ。枝を掴む。
「!」
 炎の柱が枝を折った。枝ごと落下する。何とか受け身を取ったが、背中を打ちつけてしまった。瞬間、息が止まる。
「終わりだな」
 クナイが首に突きつけられた。あいつが馬乗りになっている。押え込まれて、動けない。
「わかったか。これが上忍と中忍の差だ。さあ、命乞いでもするんだな」
 ぐっとクナイに力が込められた。喉に刺さって、血が滲む。
 おれは息を吐き出した。
「やれよ」
 サスケの目が大きく開く。
「おれは、おれの全てを賭けてでも、おまえを取り戻したかった。おれの待ち続けた『うちはサスケ』を。でも、それが叶わないんだったら、いいんだ。もう」
「何を言っている」
「最後だから、ちょっとだけ聞いてくれ。なあ、おれ、気付いたんだ。なんであの時、おまえを拒んでしまったのか・・・・・おまえに抱かれたのが嫌だったんじゃない。ただ、おまえが一人で勝手に決めて、行ってしまったから。それが悔しかったんだよ。置いていかれたみたいで。ちゃんと、まずおれに言って欲しかったんだ。おまえだから」
 あいつの唇がわななく。ぎゅっと噛み締めた。なんでそんな顔、するんだよ。
「おれは、おまえと一緒にいたかったんだ」
 カシャン。クナイが落ちた。あいつの顔が歪む。
「こんの・・・・ウスラトンカチ」
 強い力で抱きしめられた。サスケの身体が、小刻みに震えている。おれは目を閉じて、ゆっくり背に手を回した。
 


 ああ。帰ってきたんだ。
 そう思った。
 その温もりを噛み締める。

 帰ってきたんだ。サスケが。

「おかえり」と、小さく呟いた。






「よかった」
 おれ達の顔を見て、サクラは安心したように言った。
「ごめん。あちこち燃やしたんだ」
「すまない」
「ま、いいわ。あんた達が仲直りしたんですもの。これくらい安いわよ。・・・・ちょっと、心配したんだから」
 困ったような顔をして、笑った。
「もう大丈夫ね」
「ああ」
「まったく、二人とも不器用よね。強情だし。ただ『好き』っていうのに、こんなに時間がかかるんだから」
 言われて、頭を掻く。横を見ると、サスケがばつの悪そうな顔をしていた。
「今日はどうするの?」
「任務はない。でも、あちこち掛け合わないとな。暗部行きを、取りやめるから」
「おまえが勝手に決めるからだろ」
「お前がわかんねぇからだ」
「人の話は、聞けよな」
「じゃ、ちゃんと言え」
「はいはい。あとは自分たちでやってね。私はもう、アカデミーに戻るわよ」
「じゃあな」
「ありがと」
「じゃあね。また」
 おれ達は、サクラを見送った。サクラは微笑んで、手を振っていた。
 


 気がつけば、太陽が高く上がっていた。風が、吹いてくる。気持ちいい。
 振り向けば、黒い瞳が見つめている。おれを。おれだけを。
 嬉しい。
 おれも、あいつを見つめ返す。あいつだけを。
「いくか」
「ああ」
「まずは、火影様ん所だな。あとは受付と。上忍部屋か」
「一仕事だな」
「しかたないだろ」
「そうだな」
「まっ、付き合ってやるよ」
 おれは歩き出した。
「ナルト」
「んっ?」
 振り向いた。サスケは横を向いている。
「片づけることが全部終わったら、一緒に行きたい所がある」
「どこ?」
「居酒屋だ。カカシとイルカ先生が通ってた。・・・・・その、お祝いだから」
 おれは珍しいものを見る。照れる『うちはサスケ』を。
 何故だかとても照れ臭くて、しかめっ面で言ってやった。


「おごれよな」と。


 簡単なことだったんだ。
 二人とも遠まわりしたけど。
 でも、今は素直に言えるよ。


『一緒に、いたい』と。
 おまえだから。
 本当におまえだから、なんだぞ。

 
 さあ、飽きるまで一緒にいようぜ。



END
 


『番い』に続く



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