低空飛行   by真也







 おれは、真っ直ぐ見つめて言う。
「サ・・・うちは上忍。おはようございます」
 あいつは一瞥し、背を向ける。
「・・・いくぞ」



 この一ヶ月程、こんな光景を繰り返している。
 周りはどうやら、サスケとおれがコンビを組んだと思っているらしい。それまではおれ単独の任務も時々あったのに、今では二人での任務だけになった。
 厄介払いってとこかな。ぼんやりと思った。
 扱いづらい黒髪の上忍。無愛想な顔。でかい態度。目つきも悪い。
 受付も手を焼いているのだろう。よく他の上忍たちも黙っているものだと思った。
 まあ、カカシ先生を筆頭とする古参の上忍たちは、長期化している前線に駆り出されているのだが。
 任務の内容は主に残忍狩りや里の境界を侵す他国の忍びへの牽制。前回の夜盗などの勢力の壊滅などだった。
 時に、二人でやるには無理なんじゃないかと思われる内容もあったが、おれ達はそつなくこなしていった。
 おれ達のコンビネーションは、上にもそれ相応の評価は受けているらしい。
 でも、皆は知らない。
 任務の後、あいつに求められるおれを。
 ほぼ三日に一度の行為。疲れた身体を、更に追い詰められる。終わった後はいつも、泥のように眠った。
 日に日に身体は重くなってゆく。あいつから開放されている時間は殆どと言っていいほど眠っている。 部屋の中は普段にもまして混沌としているし、激務のためか食欲が落ちた。本当は、もっと消化のいいものを作って食べればいいのだろうが、ただでも家事の苦手なおれがするわけがない。食事を作るくらいならば、眠っていたかった。
 心身共に疲れ切って泣いたあの日、イルカ先生に誓った。
 諦めないと。
 逃げないと。
 きっと、あいつを取り戻してみせると。
 しかし、まだ言葉がみつからない。あいつの心を解かす言葉。
 考えているうちに、身体がもたなくなってしまう。





 こんなことじゃ、駄目だ。そう思い続けていた。
 何とか、なんとかしなくては。
「・・・!」
 後ろから、突き上げられた。思わず、壁についていた手が揺れる。バランスを崩して、溺れた者が何かをつかむように手を動かした。次の瞬間、両肩をつかまれ壁に片頬を押し付けられた形になる。
 あいつが深く奥まで入ってきて、息ができない。
「何とか言えよ」耳元で言う。固い声。
 黙っていたら、そのまま腰を揺らされた。自然とのけ反った姿勢になる。
「それとも、憐れんでいるのか」低く、吐き捨てる。
 違う。違うんだ。
 何か言おうとした。が、次に襲ってきたものに苛なまれ、身を固めるしかなかった。




 普段からそのきらいはあったのだが、サスケは更に話さなくなった。任務の時は、かろうじて必要最低限、訊けば話してくれるのだが。
 あいつが自ら喋るのは、唯一、身体を繋いでいる時。
 耳元で苦しそうに言う。大体おれが返事出来ない状態になってから、たたきつけるように。まるで自ら言いながらも、答えを聞きたくないように。
 どう言えば、あいつに伝わるだろうか。
 何から訊けば、答えてくれるだろうか。



「顔色、悪いですよ」
 声を掛けられた。リーである。心配そうに覗きこんでいた。
「ナルトさん、ちょっと痩せましたね。ちゃんと食べていますか?」
「えっ、ああ。食べてるよ」
「何、食べてますか」
「えっと・・・ラーメンとか。・・・・・ラーメンとか」
「ラーメンばっかりじゃ駄目です!健全な精神は健全な身体に宿るんです。食事はしっかり摂らないといけません!」
「はは・・・でもおれ、料理とか、苦手だし」
「でも、そんなんじゃ、身体を壊してしまいますよ!サクラさんも心配してました。最近、ナルト君がアカデミーに来ないって・・・」
 アカデミー。サスケが帰ってくるまでの二年間、任務の合間におれはよくアカデミーに顔を出した。一つは新米教師のサクラの手伝い。もう一つは・・・ただ、一人の時間をなるべく減らしたかったのかもしれない。アカデミー生の組手の相手をやったり、教材の薬草などを一緒に探した。
 そういえば、久しく行っていない。
「そうだ!今日これからどこかに食べに行きませんか?何でしたらおれ、弁当か何か作っても。料理は得意なんです。サクラさんも美味しいって言ってくれるんですよ」
「へえ。すげぇな」
 ふと、視線に気付く。誰かが、見ている。ゆっくりと振り向いて・・・。
 どきりと心臓が波打った。
 サスケが、見ていた。
 ふいっと視線を外し、あいつは去っていく。まるで何事もなかったかのように。
 気のせいだよな。思い直した。
 おれは、ただ、リーと話しているだけなんだから。
 リーはサスケもよく知ってるし、サクラと付き合っていることも知っている。
 それより、サスケが気にするはずがないよな。だって、サスケにとっておれは・・・・ただの、部下、なんだから。
 でも、なんとなく気が乗らなくて、リーの誘いは断った。





「ここは相変わらずだな」
 緑に囲まれた演習場にある小道を歩きながら、おれは思った。
 リーに言われたこともあってか、気がつけばアカデミーに来ていた。サクラの顔もみたいし。いい気分転換だと思った。
「兄ちゃん!」
「おおっ!木の葉丸かっ!久しぶりだなっ」
「オレ、下忍になったぞコレ!」
「そうかぁ。久しぶりにいっちょやるか?」
「もちろん!今度こそ負けないよっ」
 そのまま組手を始めた。汗を流す。気持ちがよかった。
 他の生徒も交えて一刻ほどはしゃぎあった。子供たちの元気な声。生き生きとした表情。昔、おれ達も持っていたもの。
 それらに触れただけで癒されるような、元気を分けてもらっているような気がした。
「はぁっ、疲れた」
 ひとしきり騒いで、おれは芝生の上に寝転がった。空が見える。その碧さが心を満たして、わだかまるものを浄化してゆく気がした。
 最近はいろいろなことに囚われて、空を見上げる余裕さえなかった。
「ありがと」逆光で人影が落ちる。サクラだった。
「久しぶりだな」
「そうね。誰かさんが顔見せないから」
「あのなぁ。おれだって任務してんだぞ」
「はいはい。頑張ってるのよね」
 文句を言ったら、軽くいなされた。かなわない。
 今年正式にアカデミーの教官になった元同僚のくの一は、更にパワーアップしているようだ。
 だてに毎日、子供相手に仕事している訳ではないということか。
「噂、聞いてるわ。サスケ君と、上手くいってるの」
「・・・・ああ」
「そう。なら、いいけど」
「あのさ。サクラ」
「何」
「サスケって、なぜ暗部に行ったんだろう」
 サクラは緑の目を見開いた。困ったように笑う。
「本当は、自分で考えなければいけないんだけど・・・」 
 言いながら、おれの隣に腰を降ろす。  
「でも、少しだけ、ヒント。サスケ君はね。自分の為じゃない誰かの為に強くなったのよ」
「あいつは充分、強いじゃないか」
「だから、強さにもいろいろあるでしょ。忍術だけじゃないわ」
「強さ・・か」
「そう。生徒たちの相手してくれたから、今日は特別よ。頑張って考えなさい」
「ああ・・・もう、行くよ」
 おれは立ち上がった。服に付いた草を払う。
「あっ、ナルト」
「何だ」
「ちゃんと食事は取るのよ。少し、痩せたみたい」
「わかったよ」
 首肯いて、おれは歩き出した。サクラが見送ってくれていた。
 サスケが求めた強さ。誰かの為の強さ。
 おれは考えなければならない。
 でも、気持ちは楽になった。今日こそしっかり食べて、眠って、考えよう。





「すっかり遅くなってしまったな」
 家の前に着いた時にはもう、辺りは暗くなっていた。呟きながら鍵を回す。扉を開けた。
 雑然とした部屋の中。掃除は・・・・明日しよう。
 なにか食べ物をと思い、冷蔵庫を開けかけて思いだす。しまった。昨日は疲れて何も買わずに帰り、すぐ寝てしまったのだ。
 冷蔵庫には何もなかった。
 まずい。なにか買って来ないと。さすがに今日は腹が減った。
 玄関へとって返す。扉を開けて、おれは凍りついた。
 ドアの向こうには、サスケが立っていた。
「入るぞ」低く、言う。返事も聞かずに中に入ってきた。
「足の踏み場もないな」呟いて、部屋のベッドに腰かけた。
 おれは黙ってドアを閉めた。
「サスケ、あのさ・・・」
「今まで何処へ行っていた」
 黒い瞳がおれを見据える。声に怒りを感じた。どうして。
「アカデミーに行っていた。子供たちの相手をして、サクラに会っていた」
「ふん」鼻で笑った。
「サスケ、おれ、聞きたいことがあるんだ」
「・・・・・」
 何も言わずにおれを見つめ続ける。おれも、目を反らさず言った。
「おまえさ、何で暗部に行ったんだ?」
「・・・・忘れたか。強くなりに行くと言ったはずだ」
「それは、分かっている。じゃ聞くけど、おまえ、なぜ強くなりたいんだ?」
「忍が強くなりたいのは当たり前だ」
「おまえの言う強いって・・・・どんなことなんだ?」
 そこまで言って、おれは目を見張った。サスケが顔を曇らせる。少し俯いて、長い前髪に目の半分が隠れた。
 無表情の中に少しだけ、哀しそうな表情が見える。ぼそりと、呟いた。
「おまえが・・・・それを言うのか」
「えっ」
「おしゃべりは終わりだ。脱いで、こちらへ来い」
 顔を上げた時はいつものサスケだった。
「あのさ」
「俺は質問に答えた。ぐずぐずするな」
 語尾が荒くなる。乱暴なめに会うのは避けたい。
 おれは下ばきを脱いでベッドへと行った。目の前にあいつがいる。今日は、この上でするのだろうか。
 ベッドに上がろうとした時、手を掴まれた。何事かと見上げる。
「今日は、ここでする」そう言った。
 ここで、どうするって?
 意味が分からない。腕を引かれた。あいつの前に立たされる形になる。
「あの、どうしたら・・・」
「座るんだ」
「えっ」
「ここに、自分で座るんだ」
 サスケは自分の膝を指差した。





 どうしてこんなことを、させるんだろう。
 いつもの通り、おれを屈伏させればいいじゃないか。
 あいつがやるように自分をほぐし、膝を跨いだ。ゆっくりと腰を降ろす。
「・・・んんっ・・・」
 圧迫感。身体に支柱を通されるような感覚を受けながら、おれはかぶりを振った。目の前に、サスケの顔が見える。無感動におれを見つめていた。
 息を吐いて、少しずつ進める。いつもより辛いが、少しずつならせば何とかなるはずだ。
「う・・ああっ!」
 いきなり腰を持たれて深く沈められた。思わず何かにすがろうとする。あいつの両腕を掴んだ。
 掴まれた腰が、乱暴に揺さぶられた。熱い身体が、内で荒れ狂っている。
 口を押さえる余裕もない。ただ、あいつにつかまって声を散らした。
 どうして。頭を言葉が巡る。
 なにか、気にいらないことを、言ってしまったのだろうか。
 もう、苦しい。はやく、終わって・・・・。
 そう思った時、身体が大きく振られた。ドアにクナイが放たれる。繋がりは外され、おれはベットに突っ伏す形になった。瞬時にサスケが前を直し、あっという間に出ていった。
 何が起こったか、分からなかった。
 痺れた頭で考える。行為は終わっていなかった。なぜ、あいつは去ったのだろう。
 また、捨てられてしまった。物みたいに・・・。
 寂しさが、波紋のように体中に広がってゆく。そして、おれは気付いた。
 抱かれることよりも、そのあと投げ出されることのほうがつらいということに。
 こんなの、変だ。
 そう思って、自嘲気味に笑うしかなかった。



<END>



『翼翼』に続く




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