感情という名の焔        by真也




ACT 2



「かっこわりぃな」
 俺の上で、充分泣いた奴が言った。
「今に始まったことじゃねぇだろ」
「うるせぇってば」
「重い。早く退け」
「わかってるよ」
 のそり、とナルトが身を離した。合わさっていた部分に風が入る。少し、寒い。
 俺はゆっくりと上体を起こした。
「のど、乾いたな。何か飲もうか」
「何ならあるんだ?」
「えっと・・・・牛乳と・・・・水、かな」
「コーヒーくらいねぇのかよ」
「ない。おれ、コーヒーって眠れなくなるし」
「けっ、お子様が」
「あっ、でも、何かあるかもっ」
 ガサガサと戸棚を探し出す。いろいろと、わけの分からないものが放りだされた。ふくれた缶詰。明らかにカビた品々。
「あっ、お茶があった」
 それはいつのお茶なんだ。と、いう疑問はうやむやにした。
 湯を沸かしてほうじ茶を入れる。香ばしい香り。
「熱いお茶も、たまにはいいな」
「イルカ先生も、好きだった」 
 温かい飲み物。温かい食べ物。
 一人で育った俺達からは、程遠いもの。
 冷えた飯を温めてくれる人なんて、いなかった。冷えてて、当たり前だと思っていた。食べられるだけ、マシだったから。
「おれ、やっぱり、嫌だよ」
 ぽつりと、ナルトが言った。湯のみを見つめて言葉を継ぐ。
「いつだったか・・・イルカ先生、遭難したよな。雪山で。あの時・・・・言ってたんだ。よかったって。これでまだ、あの人といられるって」
 真摯な瞳が言う。
「あの人って、カカシ先生だと思う。イルカ先生、好きだったんだ。すごく。だからこそ、カカシ先生にはちゃんと認めて欲しいんだ。イルカ先生のこと」
 あいつなりに出した答え。
 否定することは出来なかった。
「でもな、ナルト。カカシの野郎は今、危険なんだよ。下手なことするな」
「大丈夫だよ。ただ、思い出してくれるだけでいいんだ。あっ・・・・そうだ」
「何だよ」
「へへへ・・・秘密」
 いたずらを考えついた時の様に笑う。怪しい。
 何かよからぬことを考えているのだろう。問い詰めてやろうとした時、フェイントをくらった。
「でも、サスケがいてよかったよ」
「・・・気持ち悪いぞ」
「本当だって。・・・サスケやサクラがいたから、おれ、イルカ先生のこと、堪えられたんだ。・・・ありがと」 
 そう言って、ニッコリ微笑む。反則だ。頭に血がのぼってゆくのが、ありありとわかった。
 ウスラトンカチ。何でそんなこと、言うんだよ。
「いてっ」
 手が動いた。ナルトが頭を抱える。
「何すんだよ」
「うるせぇ」
「酷いってば。俺は正直に・・・痛いって」
 恥ずかしい奴。黙らせたくて、もう一発殴ってやった。
 あいつは涙目で俺をみていた。





 次の日の任務も、滞りなく終わった。
「はい。今日の任務、終了。解散」
 カカシが告げた。家に帰れると一息ついた時、それは起こった。
「カカシ先生。これ、見て」
「それ、何よ。額当てでしょ」
「あのさ、これはよ」
 ナルトの手にある額当て。まさか。
「初めて『影分身』の術、出来た時にもらったんだ」
 やめろ。
「イルカ先生に」
 言うな。 
「これは、イルカ先生のなんだ」



 一瞬、空気が凍った。
 カカシは右目を見開いて、ナルトの手元を凝視する。何事もなかったように、踵を返した。
「待てってば!」
 ナルトが叫んだ。カカシの足は止まらない。
「カカシ先生!逃げんのかよっ!」
「ナルト!止めろ」声を張り上げる。
「イルカ先生のこと、忘れちまったのか!」
 その時、何かが切れた。
 氷壁が破れた。溢れ出してくる焔。
 カカシの、感情。哀しみという名の。
 焼き尽くしてしまう。全て。



「バカ!逃げろッ!」
 身体が動いた。サクラの悲鳴。
 相手は上忍。速さで叶うはずもない。わかっている。
 でも、嫌なのだ。もう誰も失いたくなかった。
 頭から飛び込んで、その身体を突き飛ばす。金縛りのように動かなかったそれを。
 振り向けばもう、間近にクナイが迫っていた。
 避けることなど出来ない距離で。
 見ているんだ。
 見ているんだぞ。あの人が。
 だから、やめろ。
 カカシ。





 死んだと思った。
 振り降ろされたクナイは、俺の身体に突き刺さったと。
 でも、ちがった。
 クナイは静止していた。俺の目の前、数ミリの位置で。
 目の前にカカシの顔が見える。額当てと覆面で殆ど隠された顔が。
 唯一さらされた藍色の目が濡れていた。湧き出た感情で。
「すまない」
 短く言って、カカシがクナイを降ろした。そのまま、再び踵を返す。
「カカシ先生」ナルトが追おうとする。俺はその身体にしがみついた。
「追うな!」
「サスケ!だって」
「いいんだ。もう。だから、追うな」
「サスケ・・・」
「奴は・・・取り戻したんだよ」
 そう、取り戻したのだ。『人』としての哀しみを。
 だから、もう、追い詰めなくていいのだ。
 俺達の見ている前で、銀髪の上忍の後ろ姿が小さくなって消えた。



 風が吹きわたっている。もうすぐ、日も沈むだろう。
 辺りを朱が染めている丘で、俺達はしばらく座っていた。
 どうしても、そのまますぐ帰る気になれなかったのだ。
「カカシ先生・・・あした、来るかしら」 
 サクラが言う。うす紅の髪を揺らせて。
「くるさ。カカシ先生だもの。な、サスケ」
「ああ」
 そうだ。奴は必ず来る。
 もう逃げやしないだろう、己の哀しみに気付いてしまったのだから。
 哀しみ。たぶん、イルカ先生が育てたであろう『人』の感情。
 奴がそれを捨てるはずがない。
 



「そろそろ、いこっか」
「ああ」
「そうね。明日も早いし」
 服に着いた土をはらって、俺達は歩き出した。



<END>



『それぞれの必要』へ続く



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