いつ頃からだろう。それがもう、自分の上には注がれていないと気付いたのは。
 やさしく慈しむような。守られていると安心しきってしまいそうな。
 イルカ先生の視線。
 もちろん、今でもあの人はおれを、おれ達みんなを見守ってくれている。しかし、それはもう一人前の忍びとして認め られた上でのものだ。
 あの、見られているだけで暖かくなりそうな眼差しは、今は誰に向けられているのだろうか。
 誰に。






あなたの瞳にうつるもの     by真也







「アカデミーの出張なんだ。すまん」
 久しぶりに家を訪れた時、イルカ先生はそう言った。
 いつもの、ちょっと困った顔で。
 仕方がないから、次の回に一楽のラーメンをおごってもらう約束をして、その日は帰った。
 あれからもう十日。あの人は帰っているだろうか。
「いてっ」
 頭に衝撃が走った。
「何ボケッとしてんだ。このウスラトンカチ」
「ってぇな。ちょっと考え事だってばよ」
「だいたいお前のせいだぞ。こんなに遅くなったのは」
「ちがうってよ。サスケが遠まわりするからだってば」
「うるさい。お前が後先考えずに飛び出すからだろが」
「うっ、わかってるってばよう」
「サクラがいなくてよかったな。こう足場が悪いとあいつじゃもたないところだ」
「ああ」
 里との境界を目指して、木々を渡る。
 先日から降り続いた雪が枝に積もって、思うように進まない。



「急がねぇとカカシの野郎にどやされるぞ」
「わかってるってば!」
「やばいな。降ってきた」
 サスケが空を見上げて呟く。何やら白い物が次々と落ちてくる。
「またか」
「これば吹雪くな、行くぞ」



 そのとき、おれは見た。
 紅い、ちいさな炎。
 いや、炎に見えたもの。
 舞い落ちる雪の中を、時折輝きながら、ものすごい速さで向かってくる。
「おい!ナルト!」
「サスケ!あれ!」
 サスケはとっさに茂みに隠れた。おれもそれに習う。
 恐ろしい程の、鬼気。
 敵だと思った。
「見つかったってばよ!」
「黙れ!あ・・・あれ、は・・・」
 そう言いかけて、サスケが呆然と見つめる。
 紅いそれは、おれ達の隠れている所から少し離れた所をあっという間に通り過ぎた。
 雪に、見えなくなる。
「サスケ!どうしたってば!」
「写輪眼だ」
「え?」
「あれは、写輪眼だ」
 同じく、両眼を赤くしたサスケが言った。
「写輪眼って、どうしてこんなところに・・・」
「紅い光は一つ。・・・・カカシの野郎か?」
「カカシ先生は里だって!それにおれ達に気付かないはずがないってば!」
「確かにな・・・しかし、あれは紛れもなく写輪眼だった。だとすれば・・・・もしかして」
「なんだよ」
「いや。急ぐぞ」
「あ!待てってば!」
 サスケが以前にも増してスピードをあげた。おれはしゃべる余裕もなくなって、必死で後を追った。





 夜半、おれ達を里で待っていたのは、アスマという10班の担当の上忍だった。
 カカシ先生は別件の用ができたらしい。
 その日は一先ず家に帰された。





 その知らせを聞いてからまる二日、やっとおれは病室を訪れることができた。
 イルカ先生が任務先で遭難した。もうちょっとで凍死してしまう所だったらしい。
「まだ眠っているかもしれないから、静かに病室に行くこと。わかるわね」
 ちょっと怖そうな看護婦さんに言われてそっと病室に向かった。
 少しだけ空いていたドアの中に、それは見えた。


 あの眼差しだった。
 穏やかで、やさしい視線。
 横たわったイルカ先生から注がれてた。
 そして、その先にいたのは。
 ベッドの端に突っ伏しているように見える、銀髪の上忍だった。
 背を丸めて、何をしているのかは見えなかった。でもその姿は、小さな子供がする格好によく似ていた。
「なーにしてるんだ?」
 一瞬で、銀髪が目の前に移動する。
「あっ、みっ、見舞いだってばよ」
「もうみんなに知れちゃってるんだ〜」
「ナルトか?」
「イルカ先生!大丈夫かよっ」
「ああ、今はちょっと起きられないけどな」
「はいっ、おみやげだってば」
「お前、そりゃお見舞いでしょ」
 おれは手に持った包みを差し出した。
「ねっ、イルカ先生。これ食べて元気になって」
「ありがとう。ナルト」
「で、お前。それ、なに」
「一楽のラーメン。お持ち帰り用だってば」
 みるみる二人の顔が歪んで、笑い飛ばされた。
 必死で抗議したが、ひとしきり笑われた。
 まあ、いいか。イルカ先生が笑うんなら。
「ごめんな、ナルト。カカシ先生。おれ、笑ったらのどが乾きました」
「そうですね。取り敢えず何か飲んでもいいか、聞いてきますね」
 カカシ先生が病室を出ていった。おれとイルカ先生が残る。
「・・・かっこ悪いとこ見せちゃったな。凍死寸前だったって」
「そんなことないよ。生きててよかったって・・・あのさ、カカシ先生が、助けたの?」
「・・・・みたいだな。怒られちゃったよ」
 イルカ先生は、いつもの少し困った顔で笑った。とても、嬉しそうに。
「でも、よかった。これで・・・まだ、あの人といられる」
 呟きは本当に小さいものだった。ちょっと気を許していたら、聞きとれないほど。
 そしてたぶんそれは、おれにではなくイルカ先生自身へあてたもの。
 聞こえてない、ふりをした。




 何となく、わかってしまった。
 本当はちょっと、悔しい。
 でも、いいんだ。イルカ先生が笑うから。




「やっぱり奴だったな」
 病院の玄関を出ようとしたら、そこにサスケがいた。
「おまえも見舞いにくればよかったのに」
「けっ、なんで俺がカカシのにやつく顔、見なきゃなんないんだよ」
「なんでだよ」
「お前。わかってるくせに言うな。・・・・イルカ先生は、お前だけの先生じゃないだろ」
「はは・・・・そだな」
「大人のくせに、子供のモン、取るなよな」
「しかたがないって。イルカ先生がそれでいいんだから」
「・・・・」
「一楽、行こうぜ」
「・・・・ああ」



 すこしでも一緒に、あなたといられるならば。




<END>


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