あの人が微笑んでいた。
 このうえもなく、穏やかに。
 膝に頭を預ける彼の銀髪を、愛しそうに撫で続けていた。
 体中傷つき、疲れ果てたように眠る男。生ける『英雄』と呼ばれていた。
 彼もまた、笑んでいた。
 嬉しくて、安心したように。
 わけもなく涙が出た。








昨日、見た夢      by 真也







 微睡みから、目が覚めた。ぼんやりとした意識を覚醒させてゆく。濡れたような闇色の目が、見つめていた。
「起きたか」
 囁く低音。返事の代わりに微笑んだ。
「無理をさせたな」
 呟いて、額に唇。目を閉じて受け止めた。そして気付く。目尻を流れていゆく涙に。
 驚いて、目を開けた。
「おれ・・・・泣いてる」
「わからなかったか・・・・泣きながら、眠っていた」
「・・・・そうか」
「すまない」
「サスケ、違うんだ」
 愁傷に閉じられる瞼に、慌てて否定した。そうだ、おまえのせいじゃない。ふたたび開かれた瞳が訊く。
「夢を見たんだ・・・カカシ先生と、イルカ先生の夢を」
 あいつの目が僅かに見開かれて、泣き出しそうに歪む。胸が痛んで、その頭を抱いた。身体に腕がまわり、力が込められる。小刻みに震える黒髪に、想いを込めて口づけた。



 その日、おれ達は落ち忍始末の任務についていた。砂の国との国界近くで標的をとらえたのが昼前。砂の国の目前まで追い詰め、まとめて始末したのは昼過ぎになっていた。予定通り里に帰れると安堵していたそのとき、それは起こった。
『うわあぁぁぁっ!』
 突然、サスケは頭を抱えて跪いた。背を丸め、何かに耐えている。必死で駆けつけて覗きこんだ。見開かれたまま、遠くを視つめる紅い眼。必死で呼んだ。あいつを引き戻したくて。写輪眼から涙が溢れ出し、止まらなかった。
 心配するおれをよそに、あいつは帰投を急いだ。休みなく走り、里に着いたのは夜半。報告を済ませておれ達は森の家に向かった。
 昼間のことがあってから、サスケはずっと黙りこくっていた。眉間にシワを寄せ、前を睨み付けて歩いている。話しかけても返事さえしない。程なくして、家に着いた。
 昼間にあったことが心配だったから、おれは今日ここに泊まるつもりだった。
「サスケッ」
 戸が閉まると同時に、抱きしめられた。動きを封じられたまま、奥の部屋へ縺れ込む。息を奪いながら身体に手を這わせてきた。
「んっ・・・・・あっ!」
 すがるように求めてくる手。搦め取ろうとする舌。切迫したまなざし。いつもはこちらを受け入れられる状態にしてから、身を進めて来た。なのに、今日は性急な交わり。まるで何かを振り払うように、サスケはおれを抱いた。
 おれはただ、身を委ねていた。わかってしまったから。あの時、起こったのだ。サスケをここまで動揺させることが。だから、精一杯受けとめた。
 いつもよりかなり長い時間責められて、倒れ込むように眠った。そして、あの夢を見た。
「悲しい夢、だったか」
 呟くように、あいつが訊いた。
「いや。二人とも笑ってたぜ」微笑んで返した。
「そうか・・・・・よかった」
 息をはきながら、サスケが目を閉じた。
 おれは、その整った顔を見つめ続けた。あたりが徐々に明るくなってゆく。遠くに、鳥の声。朝がやってきていた。





 受付所にはいつもとかわらない風景があった。いや、幾分張り詰めている。集まる人数もいくらか多い。
「ナルト!サスケ君!」
 聞き慣れた女性の声に振り向く。サクラだった。
「サクラ。アカデミーは?」
「休んだの。昨日から、胸騒ぎがして・・・・夢も見たから・・・・」
「夢?」
 おれ達は顔を見合わせた。
「ええ。イルカ先生とカカシ先生の夢なの。あまりに、リアルだったし」
「どんな夢なんだ」
 予感の様なものを感じながら、おれは訊いた。
「イルカ先生がカカシ先生に、ひざ枕してるのよ。カカシ先生怪我してて、ひどく疲れているようだったわ」
「お前と同じ夢だな」
 サスケがおれを見て言った。おれも首肯く。サクラが目を見張った。
「ナルトも見たの?サスケ君は?」
「俺は見ていない。・・・・ただ、写輪眼が奴を視せた。たぶん、最後の」
 低く、しかしはっきりと、サスケが言う。
「カカシ先生を視たの?」
「ああ」
「・・・・そう」



 しばらくして、朝政の場において雲の国戦線の生存者が、帰還の報告をした。それと同時に、生ける『英雄』はたけカカシの消息不明も報告された。
 三代目火影は、暗部に追い忍部隊の編制を命じた。





 おれ達は受付の外に出た。東門で、サクラが待っていた。
「終ったの?」
「ああ。追い忍部隊が出るってさ」
「・・・・・カカシ先生、本当に逝ってしまったのかしらね」
 ぽつりとサクラが言う。まだ信じられないようだった。
「さあな。あの夢をみた後じゃ、なんとも言えないけど」
 苦笑して、言葉を返す。おれだって信じたくない。願わくば、生きていて欲しい。
「おまえはどう思う?」
 振り向いて、あいつに訊いてみた。正直、なにか救いが欲しかったから。
 サスケは何やら考えているようだった。ゆっくりと、口を開く。
「わからない。でも、俺はお前たちの夢を聞くかぎり、これでよかったような気がする」
「サスケ君」
「奴は、全力を尽くしたのだろう。だから、あの人といたんだ」
 迷いなく見つめる目。しっかりとした口調。あいつの答え。
「そうだな」素直に首肯いた。
「うん。そうよね」サクラも微笑む。
「イルカ先生といるんだものな」
「ああ」
「今ごろ、甘えてるわよ」
「なんか・・・ずるいよな」
「こら」



 たぶん、いいのだ。
 たとえ追い忍部隊が彼の亡骸を見つけられなくても。この里で眠れなくても。
 彼は生ける『英雄』になど、なりたくなかったのだから。
 あの人にたどり着けたのなら、それでいい。



 追い忍部隊は、彼の痕跡を見つけることができなかった。
 そして、はたけカカシは死亡したと見なされ、本当の意味での『英雄』となった。





「はあ、もう、くたくたですよ」
「お疲れ様です」
「本当・・・あなたもいい性格してますね」
「あたりまえです。俺の人生を取ってしまったんですから」
「・・・面目ないです」
「カカシ先生」
「はい」
「よく、やりましたね」
「はい。・・・・寝ても、いいですか。眠くて」
「いいですよ」
「膝貸してください」
「今回は特別にね」
「特別ですか。ま、いいか。・・・・おやすみなさい」
「はい、ゆっくりやすんでくださいね」
「・・・・・・・」
「カカシ先生」
「はい」
「お帰りなさい」






<END>




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