追尾         by真也






「よし。いいな」窓際でおれは、大きく伸びをした。
 すがすがしい朝。食欲も戻ったし、身体も軽い。
 結局、熱出した日を含めて丸二日、ベッドでおとなしくしていた。途中、リーがお粥を作りにきてくれた。
 今日から任務に復帰する。きっと迷惑かけただろう。サスケにも謝らなければ。
 ふと考える。あの時、あいつが来てくれたのだろうか。いいさ、今日会って訊けば済むことだ。
 あんなふうになってしまったから、恥ずかしいけれど。
 思いだして、おれは頭を振った。
 せっかく、大切なことに気付いたんだ。あいつに言わなければ。今度こそ。
 深呼吸して、おれは歩き出した。





 受付所はいつもの喧騒に包まれていた。辺りを探す。サスケは見当たらなかった。
 仕方なく受付にいく。
「あっ、ナルトさん。風邪、治ったんですね」
 受付係が汗を拭きながら言った。季節がら、余計に汗が出るらしい。
「なあ。今日のおれの任務、何?」
「えーっと。ナルトさんはですね・・・」巻き物を広げて、探している。
 任務ランクは・・・C?
「おい」
「はい、なんでしょう」愛想笑いで応えられた。
「おれ、なんでCランクなの?」
「ああ。それは・・・これです。今日のナルトさんの任務は、文遣いですね」
「ええっ。ふたりで文遣い?サスケは上忍だぜ」
「あの・・・ナルトさんお一人ですよ。この任務は」
「一人?じゃあ、サスケは?」
「うちは上忍はたしか、Aクラスの単独任務で雲の国に出ていますよ」
「・・・・なんだって」
 どうしてサスケが。単独任務だって?
「うちは上忍もいい所ありますよね。ナルトさん病み上がりだから、出てきたら楽な任務をふるようにって受付に言ってたんですよ」
 せっかく、今日会えると思ったのに。やっと言えると・・・・。
「おいっ。あいつ、いつ帰ってくるんだ?」
「えっ。ち・・・・ちょっと待って下さいね」
 受付があわてて巻き物を探す。一つ、手がすべって落とした。焦って拾っている。
「ありました!明後日の朝ですね」
「・・・そうか」
 愕然として、おれは受付所を出た。気が抜ける。その場にしゃがみこんでしまった。
 暗部より帰ってきてからずっと、二人で任務をこなしてきた。上の評価もよかったはずだ。
 なのに、何故。
 いや。今回だけなにかの理由があって、単独任務に出たのだ。おれが風邪をひいてしまったし。
 きっと、この次の任務はいつもどおり、二人でやっていくんだ。
 思い直して、おれは任務依頼の寺へと向かった。





 二日後の朝、おれは受付所で待った。任務完了の報告に来たサスケを掴まえるつもりだった。
 しかし、いつまでたってもあいつは姿を見せなかった。焦れて、例の受付に訊く。
「うちは上忍ですか?ええと、調べてみますね」
 何やら奥へと消えていった。まさか・・・・。
「わかりましたよ」
「ケガとか、したんじゃないだろうなっ!」
「えっ。いいえ!ご無事に昨夜、帰還されてます。その足で別の任務へ出られたようですね」
「どこに?休まずに行ったのか?」
「はい。今度はゆっくりした任務のようですよ。波の国へ行かれたみたいです」
 言葉を失くした。それじゃあ、一週間は帰らないじゃないか。
 なんだか、腹が立ってきた。
「おい」
「はい?」
「サスケが帰ってきたら、おれに教えろ。それとあいつの任務予定もだ。いいな」
 むんずと、胸ぐらを掴み凄んでみる。受付は目を白黒させて首肯いた。
 サスケは明らかに、おれを避けている。
 これじゃあ、あの時のおれだ。
 どういうことなんだ。滝でのことが、理由なのか?
 とにかく会いたい。会って、話をしなければ。
 その後もおれは、受付の力を借りてサスケの動向を追った。でも、あいつは巧みにそれを躱してくれた。
 夕暮れの受付所前で、何度目かの空振りを味わっていた時、ふいに肩を叩かれた。
「また、振られちゃったようね」
 驚いて目をやる。サクラだった。
「サスケ君、また飛び入り任務、行ったんだって?そのうち身体を壊すわよね」
「あいつ。無茶しやがって・・・」苛々と落ち着かない。
「あの後、風邪ひいて大変だったんでしょ。リーさんから聞いたわ」
「あの時はありがと。リーにも伝えてくれ。粥、うまかったって」
「こちらこそ。ごめんね。余計なことしちゃって。・・・・・でも、よかったわ」
「なにが?」
「ナルトが元気だからよ。やっぱりあんたはそうでなくちゃ」
「そうか?」
「そうよ。・・・・・サスケ君も、それが分かったのね。いくら束縛したって、ナルトを潰しちゃうだけだって」
「・・・どういうことだ?」
 おれは聞き返した。サクラの目が見開かれる。
「あんた、知らないの?サスケ君、暗部に帰るのよ。だって今日、申請書を見たもの」
 サスケが、帰るって?暗部に?
 そんなこと、聞いてない。会ってもくれないのに。
 また、行ってしまうのか?おれに何も言わずに。
 ふつふつと怒りが湧いてきた。目が据わるのが自分でも分かる。
「ナルト?」サクラが怪訝な顔をした。その時。
「ナルトさぁ〜ん!」
 あの受付だ。汗を拭き拭き走って来る。
「見つかったのか?」
「今、うちは上忍がこっそりと任務完了報告に来たんですよ!今夜は家に帰られるようですっ」
「サンキュッ」思わず、走り出す。早く。早く。あいつが行ってしまわないうちに。
 おれは、走った。アカデミーの演習場をぬけ、サスケの小屋のある森へ。  
 もう、逃がさない。おれもあの時逃げた。サクラがああ言ってくれなかったら、おまえとのこともなかった。あの、身体をつないだ瞬間も。
 必死でおれを追いかけてたおまえ。今度はおれが追いかける番なんだ。
 一生懸命走ってるのに、どうしてこんなに遅いんだろう。焦れてくる。こんなにサスケの家って、遠かったっけ。
 ああ、そうだ。あの時もこんなふうに走った。おまえが、暗部に行ってしまったって聞いた時。
 もどかしくて、泣きそうになって走った。あの時ちゃんと分かってたんだ。
 おまえを失いたくないって。
 おれって、なんて馬鹿なんだろう。
 森を抜けた。見えた。小さな、サスケの家。
 戸を勢いよく開けた。 
 サスケが、いた。






 サスケはいつかの時のように、奥の畳の部屋に座っていた。壁に背をもたせかけ、酒ビンを抱くようにして酒を飲んでいた。
 何を見ているのだろう。空ろなまなざし。おれが入ってきたことに、気がつかない。また何か考え込んでいるのだろうか。
「サスケ」声を掛けた。返事はない。もう一度、大きめの声で名を呼んだ。今度は気付いたらしい。
 あいつが、ゆっくりと顔をこっちに向けた。遠い目。ぼんやりとしていた焦点が、急速に合さってゆく。
 一瞬、顔が綻んだ。すぐに、いつもの仮面になる。
「・・・・何しに来た」低音が響く。
「暗部に戻るって本当か?」
 あいつは応えなかった。おれの言葉などなかったかの様に、コップに残る酒を飲み干した。
 頭に、血がのぼってゆく。
「酒びたりだな」
「いいだろう。酔わないんだから」
「じゃ、何で飲むんだよ」
 また一杯、コップに酒を注ぐ。透明な液体が揺れるのを、じっと見つめていた。
「もう、これしかない」
「どうゆうことだよ」
「おまえを手放して、あっちに帰ったら・・・・・これだけだ」
「だったら何で!」
「もういい!これ以上俺に構うな」
 小さく吐き捨てる。
「何とも思ってないくせに」
「サスケ!」
「それとも、餞別でもくれるのか?俺と離れられて嬉しいだろう」
 あいつが自嘲気味に、顔を歪めた。
 おれは唇を噛んだ。大きく息を吐く。しっかりと吸いなおした。
「・・・・いいぜ」
 コップを持つ手が止まる。口を結び、手に持ったコップを脇へと置いた。
「本気で言ってるのか」
「ああ。そんなに欲しけりゃ、くれてやるよ」
 一瞬、サスケが凝視した。俯いて、口元を歪める。自虐的な微笑み。
「・・・・・俺も、落ちぶれたもんだな。お前に情けをかけられるなんて」
 再び顔を上げる。
「来いよ」
 おれは両手を握り締めて、前へと進んだ。あいつの前に座る。
 視線が絡み合った。
「本当に、懲りないな。それとも身体が欲しがってるのか」
 言いながら、サスケは右手を頬に伸ばす。唇を重ねようと近づいた。その時。
 右手で殴った。拳は頬を直撃。あいつの上体が左に流れた。
 呆然と見上げた瞳を、にらみ返す。
「いい加減にしろ!人の話を聞きもしないで、意地はって。確かにおれはおまえにいろいろされたけど、嫌だって言ったか?やめてくれって、頼んだか?おれは、おまえが何をしても、嫌いにだけはなれなかった。最初の時だって。滝でのことだって。でも今、一人で勝手に思いこんで逃げようとしているおまえなんて、大嫌いだ!」
 一気に言った。
「おれは、どうしても言いたいことがあって、ずっと待ってたのに・・・・今のおまえじゃ、話す価値もない!」
 サスケが目を閉じる。黙って、血の滲む口角を指で拭った。
「勝負だ」
「えっ」あいつが目を開く。
「こうなったら、力で決着つけてやる!」
「ばかな・・・」
「そのかわり、おれが勝ったら話を聞いてもらうからな」
「俺が勝ったら?」
「おまえの好きにすればいい。暗部に行くのも。おれも。明日の夜明け、アカデミーの第二演習場だ。ぜったい来いよ!」
「・・・・わかった」
「逃げんなよな」
 言い捨てて、おれは背を向けた。サスケはそのままの状態で、見送っていた。



<END>



『空中乱舞』に続く



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