籠の鳥    by真也







 翌日の任務は単独のものだった。岩の国までの文遣い。急ぐ文でもなかったので、往復二泊三日の行程で事足りた。
 普段は退屈に感じる文遣いだったが、今回ほどそれをありがたいと思ったことはなかった。
 過日の後遺症はまだ、色濃く身体に残っていた。しかし、なんとか普段とそう変わらずに動くことが出来た。道中、敵や夜盗に遭遇することなく、岩場を跳んだ。
 里への帰り道を急ぎながら、おれは考えていた。形はどうあれ、サスケを拒絶してしまったことの理由を。
 はっきりとは、分からなかった。でも。
 確かに、嬉しさと同じくらいに苛立ったのだ。
 サスケが去って、置いていかれたと感じて、会える日を待った。
 離れていた二年間。おれは考えていたはずだった。
 あいつが、おれを抱いた理由を。
 暗部に強くなりに行った理由を。
 強くなりたい、おれに必要とされたいと思った理由を。
 二年もあったのだ。
 どうして答えは出なかったのだろう。
 ひょっとして、おれは考えているフリをして、それらから逃げていたのではないだろうか。
 岩場を強い風が吹き抜ける。飛ばされないように、さらに足をふんばった。
 息を貯め、一気に岩山の頂上まで登る。あと一刻程走れば、もう里だ。
 気がついて足を止めた。
 夕日、山の上から見える。赤くて、大きな。空を焼いて落ちてゆく。
『逃げるなよ』あいつの声が聞こえた。
 あれは、いつのことだったろうか・・・・。
 ちゃんと考えなければならない。そして答えを見つけなければ。
 でないと、あいつにも分かってもらえない。
「逃げちゃ・・・・駄目なんだよな」
 朱く染まる手を見つめ、自分に言い聞かせた。





 
 里に着き、任務完了の報告書を書き上げた時には、もう夜になっていた。明日は休み。ゆっくりしよう。
 帰りに下町をうろつきながら、惣菜屋で弁当と飲み物を買った。汗臭い。今日は風呂に入らないと。
 身体を休めて、落ち着いて考えよう。あいつは暗部から帰ってきたのだ。時間はある。時間をかけて、しっかり考えて、答えをだそう。そして、ちゃんとあいつに話して、わかってもらうんだ。
 アパートの前までやってきた。気付く。誰か中にいる。
 買ってきた食料をその場においてドアの前で息を殺す。クナイを構えて、そっとドアを開けた。
 暗闇の中、じっと室内を伺う。だれもいない。
 気のせいだったか。そう思いながら荷物を拾い上げ、部屋の中に入った。戸を閉めて電気を点けた瞬間、後ろに気配を感じた。振り向く間もなく、首を絞められる。
 手に持った物がばさりと落ちる。なんとか首に巻きついたものを離そうと手をかけた。
 それは、人の手。
「甘い。気配がなくなっても油断するな」
 耳元に聞き慣れた声。
 サスケだった。
「はなせ・・・よ」
「このまま首を折れば、終わりだな」
 腕の力が強くなる。目の前が赤い。
 フッと締め上げる手が緩んだ。そのまま、へたり込んでむせる。身体が押されて、ごろりと仰向かされた。右肩を押さえられ、抵抗する間もなくベストの前が開かれた。
 アンダーシャツがたくし上げられる。
 おれは顔を背けた。
 見ている。胸の火傷の部分に視線を感じた。
「もう、いいようだな」
 あいつの冷たい手が触れた。肌が粟立つ。
 おれは目を瞑った。
 しかし、その手はそれ以上は動かず、そっと離れていった。気になって目を開ける。
 サスケと目が合う。辛そうな表情。
「・・・・俺が、嫌か?」
「あ・・・ちが・・・」
「嫌なら逃げればいい。ならば、もう追わない」
 そう言って、視線を反らした。





 だめだ。今、逃げちゃ駄目なんだ。
 逃げてしまったら・・・・・。





 口を結んで、あいつを真っ直ぐに見据える。再び視線が合さった。
「おれは、逃げない。逃げたりしない」
 サッとあいつの顔色が変わった。不敵な表情。さっきとは裏腹な。
 口角が上がる。静かに笑った。
「・・・・いい度胸だ」
 言いおわると同時に鳩尾に一発。身を丸めようとする間もなく、うつ伏せられた。
 右腕が後ろにねじ上げられ、床に左肩を押しつけられる。
 なんとか逃れようと身を捩った。が、足の間に割り込まれていて、身動きが取れない。
「暴力に屈しはしない。と、いうことか」
「サス・・ケ」
 更に右腕が押し上げられて、息が止まる。ここままでは肩が。
「どこまでつづくか見物だな」
 下衣が乱暴に下げられる。顔に朱が入るのが、自分でも分かった。
 何かが侵入した。内部を探るような動き。
 頭のなかで誰かが言う。また、するのだと。
 逃げられないにしても、拒否すればいいのかもしれない。
 哀願すれば、聞いてもらえるかもしれない。
 でも。
 おれはサスケを二度も拒絶した。これ以上、そんなことはできない。今は、受け入れるしか・・・・・。
 意識的に、息を吐いた。少しでもダメージを減らしたい。
 前回よりましだとはいえ、それが入って来た時の不快感と圧迫感は拭えない。
 すぐに動かれる。奥歯を噛み締めたが、貫かれるたび呻いてしまう。
 伝えなくては。漠然とそう思ったが、そのうち何も考えられなくなった。






 がたん。身体があいつに投げ出された。まるで役目を終えた物のように。
 動きたくても、膝が細かく震えて力が入らない。そのまま横向きで丸まった。
「お前は『逃げない』と言った」
 身繕いをしながら、サスケが言う。横を向いたまま、言葉を継いだ。
「ならば、これはお前の役目だ」
 聞き返そうと身じろぎして、苦痛に顔を歪めた。それを見つめたまま、あいつは消えた。
 役目。動かない頭でぼんやりと考える。
 これが、役目。
 あいつに制されることが。





『ナルト、おまえは俺に何かしたいと言ったな』
『ああ』
『俺に何かあげたいとも』
『うん。言った』
『・・・くれ』
『えっ』
『欲しいんだ。今』
『サスケ?』
『俺が欲しいものを、くれ』



 あの日、初めて肌を合わせた日。あいつが言った言葉。
 あいつが欲しがったもの。
 おれ。
 おれの、何が欲しかったのだろう。



 考えようとしたが、眠気に襲われた。
 どちらにしても逃げられない。逃げることは出来ない。
 戸の開いた籠に、おれは自ら入ったのだ。
 考えないと。でも。今はただ、眠い。
 諦めて、おれは目を閉じた。



<END>





『囮』へ続く



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