小正月〜魔の食欲上忍シリーズ25〜  BY つう








 きのうは、小正月だった。うみのイルカは正月飾りを神社に納め、小豆粥を炊き、鏡開きをした。
 例年なら、早々に餅は冷凍してしまうのだが、今年は餅にカビが生えるまでに消費できる見込みがあったので、あえて裏庭のコンテナに仕舞っておいた。そして、その予想は的中した。
「こんばんはー」
 いつもの声とともに、カカシがやってきた。
「今日のおかずはなんですか?」
 これまた、いつもの台詞。
 イルカは七輪と餅を差し出し、カカシに「お手伝い」を頼んだのだった。





 俗に、「魚は殿様に焼かせろ。餅は貧乏人に焼かせろ」と言う。
 魚はよく焦げ目がついてから一回だけひっくり返せばいいのに対して、餅は小まめに返さなくては美味しく焼けない。一刻でも早く食べたいと、しょっちゅう手を伸ばしてひっくり返すと、結果的にうまく焼けるという寸法だ。
 それを考えると、この銀髪の上忍は間違いなく「貧乏人」である。郊外に豪邸を構えていようとも、俸給がケタ違いであろうとも、あるいは盆暮れの付け届けで倉や納屋がはち切れそうになっていようとも。
「まーだかなー」
 鼻唄を歌いながら何度も何度も餅をひっくり返す。まんべんなく、きれいに餅が焼けていく。
「あーっ、イルカ先生。ふくらんできましたよーっ」
 まるで宝物でも見つけたかのように、カカシは叫んだ。
「お皿に取ってください」
 コンロの前でぜんざいとすまし汁の用意をしていたイルカが答える。
「はーいっ。取りました〜」
 うきうきと、カカシは六畳間に上がってきた。いままでカカシは、三和土に七輪を置いて餅を焼いていたのだ。
「食べてもいいですか?」
 卓袱台の前にすわるやいなや、カカシは言った。焼き海苔やしょうゆやかつおぶしは、すでに卓に用意してあった。
「いいですよ。いま、おすましも持っていきますから……」
 コンロの火を切った直後、六畳間から異様な声がした。
「どうしましたっ?」
 このところ、食生活に関しては比較的まっとうになってきたと安心していたのだが、なんといっても相手はカカシである。精神年齢五歳であることに変わりはない。餅をのどに詰まらせでもしたのかと、イルカは慌てて卓袱台に駆け寄った。
「カカシ先生……」
「……あつかったれす〜」
 犬のように舌を出しながら、カカシは訴えた。どうやら、舌を火傷したらしい。
「あんたねえ……」
 焼き立てなんだから、そりゃ熱いよ。
 いつものことながら、脱力する。わざとやってるんじゃないだろうな。子供が親の気を引くためにいたずらをするのはよくあることだが。
 ちらりと、そんな考えがよぎる。この男なら、それもアリだ。なにしろ、前頭葉も五歳児並みなんだから。
「イルカせんせい〜」
 なにやら、すがりつくような目。イルカはため息をついた。
「ちょっと待っててください。お水、持ってきます」
「あいー」
 不安げな顔が、途端に変わる。心底、ほっとしたように。
 わざとでも、いいか。
 水を汲みながら、イルカは思った。手間はかかるが、仕方ない。それでこの男がしあわせでいられるなら。
 このところ、甘くなったように思う。なぜかはわからないけれど。
 だまし討ちのようにして始まった関係なのに、どうして自分はそれを受け入れてしまったのだろう。たしかに、先にこの男に近づいたのは自分だ。まともなものを食べていなかったこの男に、少しでも食べ物の与える温かさや和やかさを知ってほしかった。
 それだけだった。最初は、ただそれだけだったのに。
「はい、どうぞ」
 コップを差し出す。
「いただきます」
 にっこり笑って、カカシはそれを受け取った。ごくごくと、おいしそうに飲み干す。
「あー、びっくりした。外側はたいして熱くなかったんで、大丈夫だと思ったんですが」
 皿に乗せた餅に、ふうふうと息を吹きかける。子供のように一生懸命な顔で。
 熱いものを熱いうちに、冷たいものを冷たいうちに。
『それが、最高の贅沢だよ』
 イルカの母は、よくそう言っていた。
『どんなご馳走でも、冷めたものやぬるくなったものは美味しくないからねえ。そんな食べ方は、作った人に対しても失礼だ』
 味噌汁にしても天ぷらにしても焼魚にしても、母は必ず、皆が食卓に着く時間を計算して作ってくれた。
 子供のころ、つい遊びに夢中で家に戻るのが遅れたとき。冷めた味噌汁とご飯を卓に置いて、母は言った。
『今度、理由もなく約束の時間に遅れたら、あんたのごはんはずーっと残飯だからね』
 いまでも覚えている。真剣な母の顔を。それこそ、敵と対峙しているかのような。
 なんとなく似ているな。イルカは思った。自分がカカシに食事を作るときの姿勢は、母と同じだ。
 だれかのために作る食事は、きっと単なる「食物」ではない。そこに思いが付加されるから。
「イルカ先生〜」
 また、なにやら情けない声が聞こえた。
「なんですか?」
 吸い物椀を並べつつ、イルカは訊いた。
「固いですー」
「はあ?」
「お餅……固まっちゃいました」
 両手に餅を握り締め、里一番の遣い手と評される銀髪の上忍が、うるうるとこちらを見ている。どうやら冷めるのを待っているうちに、逆に固くなってしまったらしい。
「……しょうがないですね」
「えーっ、これ、もう食べられないんですか?」
「磯辺餅にはできませんけど、雑煮かぜんざいかあべかわ餅にすれば美味しいですよ。どれがいいですか」
 しっかり、きなこも用意してある。カカシはこれ以上はないというぐらい、真剣な面持ちで考え込んだ。
「うーん。どれも捨て難いですねえ。ひとつにしぼるなんて、ムリですよー」
 餅をにらみつけて、さらに考える。
「あっ、そーだ」
 カカシは、ぽん、と手を打った。
「餅は三つあるんですから、雑煮とぜんざいとあべかわ、一個ずつっていうことで」
 嬉々として、言う。予想通りだな。イルカは苦笑した。いちばん、手間のかかるオーダーをしてくれて。
「わかりました。いまから作りますから、待っててくださいね」
「はーいっ。イルカ先生が雑煮とぜんざいとあべかわを作ってるあいだに、磯辺餅用のも焼きますねー」
 いそいそと、七輪の前に戻る。
 そして。
 銀髪の上忍は七輪で餅を焼きはじめ、黒髪の中忍はコンロの前で調理にいそしんだ。



 大寒も近い、寒い寒い冬の夜。
 男たちは、磯辺餅と雑煮とぜんざいとあべかわを前に、温かな食卓を囲んでいた。



  (THE END)

追記:
一般に「鏡開き」は1月11日ですが、地方によっては小正月(1月15日)に行なうところもあるようです。
木の葉の里では15日に鏡開きをする慣習があったということで(笑)ご了承くださいませ。

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