真実の愛 〜魔の食欲上忍シリーズ29〜 byつう
おかしい。絶対に、おかしい。
うみのイルカは必死に考えた。どうして、こんなことになるんだ。
担ぎ上げられた脚が、つりそうになる。筋を痛めたらどうしよう。あしたは体術の授業があるのに。
「っ……!」
ねじるようにして、体が返された。一部分は繋がったままで。
今度はこれか……。イルカは心の中でため息をついた。できれば、一度離れてからにしてほしかった。そうすればこちらも、それなりに態勢を整えることができたのだが。
本当に、どうしたんだろう。今日はこの男を怒らせるようなことはしていないはずだ。夕食は煮魚に野菜炒め、レンコンのきんぴらと小松菜のごまあえ、豆腐の味噌汁にはワカメもたっぷり入れた。二回ずつおかわりをして、飯も丼に三杯食べた。
「おなかいっぱいで、しあわせです〜」
いつものようにそう言って、カカシは六畳間で横になった。
このまま寝てくれたらいいんだけどな。そんなことを考えつつ、卓袱台の上を片付ける。食器を洗って、八畳間で取り込んだ洗濯物をたたんでいたとき。
「ねえねえ、イルカ先生」
いきなり、カカシが背中に張り付いてきた。
「そんなの、あしたでもいいじゃないですかー」
拗ねたような口調。どうやらもうひとつの欲求が沸き起こってきたらしい。
伊達に長く付き合っているわけではない。そのあたりの空気はわかる。イルカはさっさと洗濯物を脇へやり、蒲団を敷いた。過去の経験からして、こういうときには下手に逆らわない方がいい。
それが、もうだいぶ前のこと。
まさか、こんなに長引くとは思わなかった。今回は通常モードで事が終わると踏んでいたのに。
いままで、いろんなことがあった。続けて何度か迫られたこともあるし、こまごまとした要求を出されたこともある。それどころか、全パターンを明け方までかかって行なったことも。
さすがに、あの日はまともに動けなかった。考えてみれば、休みの半分はこの男のせいで潰れているのではあるまいか。
あしたも、そうなるかもしれない。体術の授業、だれか替わってくれるやつがいればいいんだが。
「ん……あっ……あ……」
不安定な姿勢のままで、ふたたび突き上げられた。のどから声が漏れる。苦痛と、新たな刺激に対する言い難い感覚。ここに至って、またヘンな技を開発しなくていい。受ける方は大変なんだ。。
あらかじめ予想できているときは、まだいい。それなりに配分を考えて、気力体力の消耗を最小限にするよう準備もする。が、今回はまったく寝耳に水だった。蒲団に入るまで、とくに変わった様子はなかったのだから。
いつもと違ったことといえば。
痺れた頭で考える。そうだ。たしかに、違っていた。今日は……。
昼休み。まるで百メートルダッシュのような勢いで、カカシが事務局に飛び込んできた。
がたん、とデスクに激突して、
「イルカ先生っ、上がりは何時ですか!?」
「え、その、定時ですけど……」
「六時ですね。じゃ、俺、迎えにきますからっ」
それだけ言うと、また疾風のように去っていった。
なんなんだ、いったい。我知らず、首が傾く。が、カカシの不可思議かつ突拍子もない行動はさしてめずらしくはない。そう思って、すぐに失念してしまったのだが。
迎えに来ると言っても、あのカカシのことだ。一時間ぐらいは余裕で遅刻するだろう。そう思って、やり残した仕事を片付けようかと思っていたとき。
「イルカせんせ〜。さ、帰りましょう!」
まるでガイ上忍のようなきびきびとした足取りで、カカシは事務局に入ってきた。
「俺、買い物も手伝いますから」
ここで不用意なことを言うのはやめてほしい。まるで、中忍である自分が上忍をこき使っているみたいじゃないか。それでなくとも、不本意なウワサがあちこちで囁かれているというのに。
むろん、面と向かってなにかしらの非難を浴びたことはない。その点は「コピー忍者」と称される里一番の上忍の名がものを言っている。ありがたいやら、迷惑やら。なんとも微妙なところではある。
「あれえ、主任さん。今日は『同伴』かい」
廊下でアスマに声をかけられた。
やめてくれ。おれはお水な商売をしてるわけじゃないんだ。それに、仮にもここはアカデミーの中だぞ。
「……おつかれさまです」
なんとかやり過ごして、外に出た。そのあと、商店街で買い物をして、家に帰ってきて、夕飯を作って。
カカシは例によっていろいろと「お手伝い」をしたが、その「ご褒美」としては、これはあまりにも暴利である。
最初のアレと、次の……ぐらいはよかったんだけどな。
そのあたりまでなら、こちらも覚悟していた。いわば予定内のことだ。しかし。
これは、どう考えても論外だ。
ぎしぎしと関節が悲鳴を上げている。視野が極端に狭くなった。何度目かの波に飲み込まれ、イルカは敷布に沈んだ。
文字通り、沈んだ。深く、深く。
このまま深海の闇の中で眠りたかった。それなのに。
違和感。まさか……。
イルカはまぶたを押し上げた。目の前に、見慣れた顔。口元にはきれいな笑みが浮かんでいる。そして。すでにカカシはイルカの中にいた。
「あ……あんたねえ……」
なんと言っていいのか、わからない。あまりのことに、思考回路がショートしてしまったようだ。
「うれしいです」
「え……?」
「眠ってても反応してくれるなんて〜」
……………嘘だろ。
たしかに、しっかりばっちり、反応している。認めたくないことだが、これが現実だ。
「やっぱり、真実の愛は偉大ですねっ」
なにが「真実」だ。意識のない人間に好き勝手なことしておいて。
いくらそういう関係になっているからって、これは犯罪だぞ。もちろん、そんなことをこの男に説いてみたところで、ムダだろうが。
馬の耳に念仏、蛙の面に水、なにを言っても聞く耳など持つまい。最初からそうだった。
好きだから。
だから、抱いた。
なんのてらいもなく、この男はそう言ったのだ。
今日の「これ」も、きっとなにか理由があるのだろう。この男にしかわからない訳が。
無意識のうちに応えたことが、この男を満足させたらしい。ゆるやかにそれは進み、やがて終局を迎えた。
翌朝。
這いずるようにして朝食の用意を始めようとしたイルカは、カカシの忍服のポケットから「イチャイチャパラダイス外伝・真実の愛」がはみだしているのを発見した。
「真実の愛」………??
そのサブタイトルに引っかかりを感じて、ぱらぱらとページをめくる。
十秒後。
イルカは昨日の真相を知った。
そういえば。
記憶を辿る。この男は、最初にコトに及ぶ前に、花街の伎女に房事のあれこれを教わってきたんだっけ。訊く方も訊く方、教える方も教える方だと唖然としたものだが。
どうやら、今回もその類であったらしい。いわく、「真実の愛。それは意識下に眠るものである」。
…………………だからって、なあ。
どっと脱力した。
んなモン、鵜呑みにするんじゃねえっ!!!!!
その日。
うみのイルカが朝食を作ったかどうかは定かではない。
(THE END)
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